第150話 大成、めでたい焼きの店の前に駐車している黒塗りの高級車に気付く

 青葉あおばの言葉に俺たちは手を止めて適当に机の上を片付けてから立ち上がったけど、その動作はいかにもノホホンといった感じで、まさに全員がノホホン病(?)の患者かのようで、よく言えば和やかムードである。青葉は生徒会室の鍵を掛けた後に俺と一緒にらん先生の机に鍵を返しに行ったから広内金ひろうちがね先輩たちとは生徒用玄関で待ち合わせの形になったが、その時もまさにノホホンとしていて例外なくニコニコして青葉と俺たちが来るのをまっていたというのだから、普段の俺たちから見れば異常(?)である。

 そんな俺たちは学校を出て仁仁宇ににう駅前の信号機の横断歩道を渡って『めでたい焼き』に向かって歩いている。

「・・・ようやくいつもの調子に戻ったかなあ」

恵比島えびしまクンもそう思うか?」

「ああ。さっきまでは何か考えようとすると急に力が抜けてダラーッとなってしまったけど、今は逆に頭が冴えてるからなあ」

「僕もですよー。なーんか今日は全然生徒会の仕事をしたっていう実感がないけど、今なら夜中までやれそうな気がしますから」

「となると、やっぱりノホホン病は学校から出れば自然に治るのかなあ」

「広内金先輩、多分、明日の午後にかえでが宿泊研修から帰ってくればノホホンの思念体が楓の元に戻るから、明日は大丈夫じゃあないですかねえ」

「そうなってくれないとボクも色々な意味で困るけどね」

「おれとしては広内金がこのままでいてくれた方が色々な意味で助かるけどな」

「はあ?恵比島、ボクがノホホン病に感染したままだったら楽とはどういう意味だあ!?」

「おれのストレスの元が一つ減る」

「はあ?恵比島クンこそボクの最大の障害だあ!」

華苗穂かなほ先輩、ここで夫婦めおと漫才まんざいをやれるって事は完全に復活した証拠ですよね」

「うっ・・・ま、まあ、今日はこのくらいでやめておいてやるが、明日はそんな台詞を吐いたらこの程度では済まないと警告しておくぞ」

「はいはい、それじゃあ明日は耳に栓でもしておくかなあ」

「そうしてくれ。ボクも耳に栓をしておくから」

 そう言うと恵比島先輩も広内金先輩も「フンッ」と言わんばかりに顔をソッポに向けたけど、やれやれ、ようやく全員がいつもの調子に戻ってくれて俺としても色々な意味で一安心(?)だ。

「・・・ところでかいちょー」

「ん?キラキラちゃん、何か言った?」

「はーー・・・ノホホン病から回復しても『キラキラちゃん』だけは変わらないみたいだけど、今月の季節限定味は『よもぎ餡』だというのは知ってるけど、来月の限定味は何になるんですかあ?」

 美利河さんはため息混じりで青葉に聞いたけど、青葉は「うーん・・・」と少し唸ってからニコリとした。

「ホントはナイショの話なんだけど、5月の限定味は「さくら餡」だよー」

「あー、やっぱりそうなんだー」

「あれ?バレバレだった?」

「まあ、今年は「さくら餡」をまだ出してないし、「さくら餡」が6月とか7月だったら変だから、あるとしたら5月だと思ってたからねー」

「あー、それはボクも思ってた」

「華苗穂先輩もですかあ!?」

「ま、正しくはボクの母だけどね。『5月はぜーったいに「さくら餡」だから今年は100個くらい買って冷凍しておく』とか言って来月になるのを今か今かと待ちわびてるからね」

「うわー、華苗穂先輩のお母さんに宜しく言っておいて下さい」

「ああ、言っておくぞ」

 珍しく広内金先輩がニコニコ顔になって歩いているから俺は不思議に思ったけど、恐らく広内金先輩自身も『さくら餡』を楽しみにしてるんじゃあないかなあ。

 そんな俺たちの視界にも『めでたい焼き』の店が入ってきたのだが・・・めでたい焼きの店の前の駐車スペースには、こういうと失礼かもしれないが庶民の店には相応しくないような黒塗りの高級車が止まっているのに気付いた。

「・・・あれあれー、なーんか物凄い高級車が止まってませんかねえ」

「たしかにな。おれの目にも超セレブの連中が乗っていそうな車に見えるけどな」

「いやー、僕は一度でいいからさあ、ああいう車に乗ってみたいよー。何しろ僕の家はコンパクトカーと軽自動車だからね」

「虎杖浜!お前、軽自動車に乗れるのか!!」

「恵比島くーん、それは言い過ぎだよー」

「おれは虎杖浜が軽自動車に乗り込む姿を想像できない!」

「恵比島せんぱーい、わたしもちょっと言い過ぎのような気がしますよー」

「私もそう思いますよ、いくらなんでも虎杖浜先輩に失礼のような気がします」

「俺もそう思いますよー。あの校内一の長身の古瀬ふるせ先輩だって足を怪我した時には軽自動車に乗って学校に送り迎えしてもらってましたよね」

「まあ、それは冗談だ。おれは先週、月形つきがたが母親の運転する軽自動車で登校した現場に出くわしてるからな」

「うわっ、石狩先輩が軽自動車に乗って登校してたなんて信じられない!」

「キラキラちゃーん、君だって言い過ぎだよー」

「あー、そうでしたー。すみませんでしたー」

「「「「「アハハハハー」」」」」

 俺を含めた五人はそう言って笑い合ったけど、そんな中で一人だけ笑っていない人がいた。いや、その人物は笑うどころか緊張のあまり引き攣ったような顔をしているからだ。

 俺はその事に気付いて青葉の隣からその人物の隣にさりげなく場所を変えた。

 その人物は俺が隣に来た事に気付いたのか、俺に小声で喋り出した。


「あれは・・・お婆様の車だ」

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