第141話 大成、再び罰ゲーム(?)でデートする⑰~もっと自分に自信を持って下さい~

 俺はアルバイトと思われる女性店員にシノロワールと小倉トースト、コーヒーを注文し、店員さんが復唱して戻っていったので、再び俺と石狩いしかりさんは向かい合った。

 でも、店員さんが戻っていったら、急に石狩さんは超がつく程に真面目な顔になった。

 そのまま両手を『バタン!』とテーブルについたかと思ったら、いきなり「すみませんでしたあ!」と言って頭を下げたから逆に俺の方がビビッてしまった。しかも、何で俺に謝っているのか全然想像できない!

「・・・ホントにすまん・・・」

「石狩さーん、とにかく顔を上げて下さいよお、こんな場所でいきなり頭を下げられても俺も意味不明です」

「・・・・・」

 石狩さんはゆっくりと顔を上げたけど、その表情は泣きそうになっていたから俺の方が逆に困惑しているというかビビッてしまった程だ。

「・・・さっきのあたしの話を聞いて、駒里こまさと君は疑問に思わなかった?」

「へ?・・・何を」

筬島おさしま先輩の減量の話をした時に、あたしは『大会前の一週間ほど気を付けるだけで大丈夫』『今の時期は結構ズボラでも平気』って言ったのを覚えてる?」

「うん。だけど、それとどう結びつくのか全然意味不明」

「・・・まだ分からない?」

「いんや、ぜーんぜん・・・いや、ちょっと待て・・・もしかして・・・」

「・・・気付いた?」

「あくまで想像だけど、あの試合の時は・・・」

「そう、あたし、本当は63キロじゃあなかった・・・だから、本当ならあたしは試合をする前に失格だから駒里君の不戦勝だ」

「・・・・・」

「ただ『公式な試合ではない』から、屁理屈に聞こえるかもしれないけど体重をオーバーしていても失格にはならないから試合は有効とも解釈できる。だけど、どうしても言い出せなかった・・・」

 そう言うと石狩さんは少しだけ涙を出した。それに顔が真っ赤になってるけど、試合中に見せた、あの闘志溢れる真っ赤な顔ではなく、弱弱しい女の子の泣き顔そのものだ。

 そうか、それで俺に謝ったのか・・・でも、こんな場所で女の子を泣かせるのはあまりにも失礼な事だ。それに、あの試合は・・・

「・・・石狩さーん、それを言うなら俺だって『背負い投げ』を決める前に負けてますよ」

「・・・どういう事?」

「時間無制限で、しかも判定勝負をしない特別ルールでやってたから『背負い投げ』まで持って行けたけど、通常通り5分間で勝負してたら、石狩さんは『有効』を2つ取ってますけど俺は最初の5分では何一つポイントを取ってないから俺の方こそ負けですよ」

「し、しかしだな・・・」

「石狩さんは制限体重をオーバーしてたかもしれないけど、あの試合の特別ルールでは体重について触れてないから極端な話、64キロの俺より重かったとしても失格になりませんよ。だからあの試合は有効であり、火曜日に話した通り『勝負は俺の勝ち、試合は石狩さんの勝ち』が覆る事はありません」

「・・・・・」

「それに、この結果については青葉あおばも承知したんでしょ?なら、ここであの話を再びぶり返すのはやめましょうよ」

「・・・すまん」

「石狩さーん、折角の可愛い顔が台無しですよ」

「か、可愛い!?」

 いきなり俺に言われたからなのか、少々狼狽しながら石狩さんは頬を赤らめたから俺は内心笑ってしまったけど、それでは石狩さんに失礼だ。だから俺はニコッとしながら

「そうですよ、石狩さんの可愛さは青葉シンパの人も認めてるんだから、石狩さんに涙は似合いませんよ」

「い、いや、あたしは『脳筋女』で『ゴリラ女』だし・・・」

「そんな事を言ってる人は少なくとも俺の周りにはいませんよ。だからもっと自信を持って下さい」

「あたしは綺麗なのか?」

「そうですよ、もっと自分に自信を持って下さい」

「うん・・・ありがとう」

 そう言ったかと思うと石狩さんはニコッと微笑んだけど、うわっ!マジで可愛い!!青葉が隣にいてニコッとしても100人いたら100人が石狩さんに軍配を上げるって思うくらいの笑みじゃあないかよ!


 俺と石狩さんはその後も他愛ない話、正しくは石狩さんが名古屋料理、名古屋名物、名古屋土産の話をずうっとしていたけど、テーブルに小倉トーストとシノロワール、コーヒーが運ばれてきた事で一度お開きとなり、厚切りトースト2枚を互いに1枚ずつ取り、そこにアンコを塗って食べ始めた。

「・・・なーんとなくだけど『焼きアンパン』みたいだね」

「そこが独特の美味しさなんだよ」

「でも、和洋折衷とでも言うべきか全然違和感なく食べられますねー」

「だろ?あたしも結構好きなんだ」

「これが名古屋人の感覚なんですかねえ」

「そんな事を言ったら、あたしは道民が何故寿司で『タコの頭』を食べるのか、今でも分からないぞー」

「ま、そこは地域性という事で」

「そうだね」

 たしかに日本の食文化の多様性には凄い物があるし、「あそこの地域の料理はマズい」とか「あの料理は最低だ」などというのは失礼だ。自分の口には合わないかもしれないけど、そこに住んでいる人にとっては当たり前の料理、当たり前の味であり、それを自分の基準だけで判断するのは間違っている。そこにしかない美味しさ、そこにしかない食を楽しむべきだ。少なくとも俺はそう思っている。

 俺も石狩さんも終始ニコニコしながら小倉トーストを片手に持ちながら時々コーヒーを口してるけど、特に石狩さんはご機嫌そのもとしか言いようがないほどだ。

 そんな石狩さんに俺は『さっきのお返し』とばかりに少々意地悪な質問をしてみた。

「ところで石狩さーん」

「ん?」

「『小倉あん』と『粒あん』の違いが分かりますかあ?」

「ちょ、ちょっと待ってくれー。あたしは『粒あん』と『こしあん』をただ単に混ぜただけのが『小倉あん』だと思ってたのけど、間違ってるのか?」

 石狩さんはちょっと驚いたような顔をしたけど、この答えに関しては俺はクイズ研究会の連中から聞いていたから少しだけ意地悪そうな顔をしながら

「ま、たしかに『こしあん』と『粒あん』を混ぜただけのアンコを『小倉あん』と呼ぶ時もあるけど、正しくは『こしあんに、蜜で煮た「大納言小豆」などの大粒の小豆を粒状のまま混ぜたアンコ』ですよ」

 そう言って俺はニコッとしたけど、石狩さんは『目から鱗が落ちた』と言わんばかりの表情で

「マジかよ!?」

「因みに、この『小倉』は、百人一首でも有名な京都の北西部にある『小倉山』に由来があって、昔は大納言小豆は小倉山周辺を産地とするものが最も良質と言われていたんだ。平安時代に空海が中国から持ち帰った小豆の種を小倉山近辺で栽培し、和三郎という菓子職人が砂糖を混ぜて練り上げアンコとして御所に献上したのが発祥だと言われているけど、その後、小豆の生産地が移ったり品種改良が進んだりしたことから、本来の「小倉大納言小豆」は減少していったけど近年になって再び小倉山周辺でも栽培されるようになったんだ。江戸時代では茶道のお菓子として使われていたようだけど、江戸周辺ではこの大納言が生産されていなかった為、とても貴重な物だったんだよ」

「へえー、あたしも勉強になったよ」

「でも、『こしあん』派の人にとっては『粒あん』も『小倉あん』も同類の扱いなんだろうね。当麻は『粒あん』派だけど『こしあん』でも『小倉あん』でも平気で食べるけど、双葉さんは「ぜーったいに『こしあん』以外はダメ!」と言い張って、俺や青葉の面前でもマジ顔で喧嘩する時があるけどねー」

「たかだかアンコの種類くらいで喧嘩するとはねえ」

「双葉さんにとっては死活問題みたいですよ。因みに当麻は『めでたい焼き』は『粒あん』だけど双葉さんはカスタードですよ」

「なるほどねー。因みにあたしは『めでたい焼き』は『粒あん』オンリーだよ」

「俺はどの味でもいけるよー」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あーんな事を言われてるけどー、気分はどうなのー?」

「店の売り上げに貢献してくれるのは感謝しますけど、それとこれは別です!」

「ご機嫌斜めだねえ」

「う、うるさい!」

「「まあまあ」」


「別に『こしあん』だろうが『粒あん』だろうが、たい焼きには違いないと思うけどねー」

「それは同感だけど、個人的には『めでたい焼き』はカスタードオンリーだ」

「あら?和菓子として考えるなら、たい焼きは『あんこ』が正当だと思うし、わたくしも『めでたい焼き』は『粒あん』しか食べませんよ。何といってもたい焼きは庶民の味ですよ」

「えーーー!」

「何を驚いているのですか?」

「い、いや・・・まさか『庶民の味』という言葉が出てくるとは・・・」

「それはあなたの勝手な思い過ごしです。『めでたい焼き』を知らない人は不幸です!」


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