第139話 大成、再び罰ゲーム(?)でデートする⑮~制限時間は3分~

 たぬき小路こうじは南2条と南3条の中通で、西1丁目から西10丁目まである横長の街区になっている。ここの特徴は西1丁目から西7丁目までが屋根付き歩道、いわゆるアーケードになっている事だ。ただし、国道36号線の部分だけは屋根がない。総延長が約900mもあり、その中に200以上の店舗が並んでいる道内でも歴史ある商店街は24時間歩行者専用になっており、許可を得た車両以外の通行を禁止しているのは俺でも知っている。

 土曜日の午後の狸小路は大勢の人で賑わっていたが、その中を俺と石狩いしかりさんは並ぶようにして進んだ。

 ただなあ、やっぱり石狩さんは超がつくくらいに目立つから、周囲の視線が集中してるのがアリアリと分かるんですけどお・・・

 その石狩さんの目的の店は狸小路二丁目にあった。

「・・・ここだよ」

 そう言って石狩さんはの前で足を止めた。

「あれ?・・・たしかこの店は・・・」

「そう、これも名古屋に本店がある喫茶店だよ」

 石狩さんが店の前にある看板に手を掛けながら言った店の名前は『コメヤ珈琲』だった。

「・・・たしかに言われてみれば、ここに名古屋の有名な喫茶店の支店があるという話をクラスの連中から聞いた事があったなあ」

「道内にあるコメヤ珈琲は駐車場付きの郊外店ばかりだけど、唯一の例外が狸小路店なんだよねー」

「へえー」

「それじゃあ、入ろうか」

 そう言ったかと思うと石狩さんはドアに右手を掛け、手前に引いた。


『いらっしゃいませー、コメヤ珈琲にようこそ』


 店内は大勢の人で賑わっていたがお昼時ではないので待たされる事はなく、俺たちは店のほぼ中央付近の席に座った。

 席に座った俺だけど、メニューを開くよりも前に石狩さんは約束通り時計台で撮ったを見せてくれた。ニコニコ顔でこれを見せてくれた石狩さんだったけど、写っている石狩さんも同じくらいにニコニコ顔、いや、殆ど歓喜していると言うべきか満面の笑みだ。俺の方はというと普通の笑みに近く、石狩さんほどの笑みをしてないと感じるのは俺だけか?

「・・・これを駒里こまさと君にも送ろうか?」

「うわっ、ぜーったいにパス!」

「えー!折角のスナップ写真なのにー」

「青葉どころか楓も緑も俺のスマホを勝手にいじるし、だいたい三人とも俺のパスワードを知ってるぞ」

「あれ?そうなの?」

「そういう事」

「パスワード変えれば?」

「変えてもいいけど、変えても母さんがパスワードを教えろって言ってくるから、結局は同じだぞ」

「マジ!?」

「ああ。ようするに高校生らしからぬ使い方をしないよう、定期的にチェックしてるからだよ」

「それじゃあ、送っても見られる前に消去するしかないって事だよなあ」

「そういう事。その証拠に石狩さんのメールは全部消去してあるぞ」

「どれどれ、ちょっと見せて」

 そう言うと石狩さんは右手を差し出したから俺は自分のスマホを渡したけど、石狩さんは俺のメールを全部確認して「ホントにあたしの分は全部消されてる」と感心してた。

「・・・でもさあ、あたしの連絡先は消してないみたいだけど」

浜中はまなか先輩や筬島おさしま先輩とかの女子柔道部の何人かは入ってるから、石狩さんの名前が入っていても大丈夫だと思うよ。お兄さんの石狩先輩も入ってますから」

「なーるほど、『木は森に隠せ、人は人混みに隠せ』と同じ理屈か」

「おー、今度は正しく言えましたね」

「ほっとけ!」

 そう言うと石狩さんは笑いながら俺にスマホを返し、そのままメニューを手に取って開いた。石狩さんがメニューを見ているのを俺は逆向きに見ているのも先ほどと同じだ。

 石狩さんはメニューを見ながらニコッとしたかと思うと

「・・・駒里君はコメヤ珈琲には行った事があるの?」

「いんや、ない。峠下とうげしたさんや幌加内ほろかないさんを始めとした『スイーツ食べ歩き女子同盟』が狸小路店ではないけど行った事があるのは知ってる」

「あたしは道内1号店が開店したその日にお父さんたちと一緒に行ったよ」

「マジ!?」

「というより、お父さんが強引にみんなを連れ出したという方が正しいのかなあ」

「ふうん」

「お父さんは毎月のように行ってるみたいだけどね。あたしも狸小路店に来たのは初めてだけど、店によって多少の違いがあるみたいだけど基本的には同じだよ」

「へー、詳しいですね」

「まあね」

「石狩さんのお勧めは?」

「その前に駒里君にクイズだ」

「へ?」

 俺は思わず間抜けな声を上げてしまったけど、石狩さんは少し意地悪そうな顔をしながら

「この店の、正しくはコメヤ珈琲店のメニューは他の喫茶店と大きく違うところがあるんだけど、分かる?」

「大きく違うところ?なんだそりゃあ?」

「制限時間は3分。すたーとお」

「ちょ、ちょっと待って下さいよお」

「だーめ」

 石狩さんはニコニコしながら俺を見てるけど、俺もクイズ、いや、与えられた勝負を不戦敗の形で逃げるのは『らしくない』と思って真剣に考え始めた。でも、コメヤ珈琲店と他の喫茶店の違いって何だあ?

 でも・・・石狩さんはメニュー表を見て問題を出した。という事はこのメニュー表に答えが書いてあるに違いない。

「・・・確認のために聞きますけど『名古屋にしかないメニューが書いてある』などという意地悪クイズのような答えは無いですよねえ」

「そんな意地悪問題ではありませーん。あくまでコメヤ珈琲店と一般的な喫茶店との違いについてのクイズというか質問でーす」

「ちょーっと待って下さいよー」

 俺は再び必死になってメニュー表を覗き込んだけど、喫茶店なんて殆ど行った事がないから全然分からない。恵比島えびしま先輩のように喫茶店に行き慣れている人なら分かるかもしれないけど・・・

 あれ?・・・そう言えば恵比島先輩は・・・たしか・・・言われてみれば変だぞ!?

 俺はテーブルの上に広げてあったメニュー表を手に取って間近で眺め始めたけど、たしかに変だ。いや、正しくはお昼ご飯を食べた宮島屋のメニュー表には載っていたけど、コメヤ珈琲店のメニュー表には全然載ってない!

 俺は勝ち誇ったような顔になってメニューをテーブルに戻すと

「・・・石狩さーん、答えてもいいですかあ?」

「いつでもいいよー」

「・・・お米を使った料理が無い」

「ぴんぽーん、大正解!」

 そう言って石狩さんはニコッと微笑んだ。俺も正解できて正直ホッと一息といったところだ。

「そうなんだよねー。コメヤ珈琲店は米屋さんが作った喫茶店なんだけど、何故かカレーライスやドリアと言ったお米を使ったメニューが無い事で有名なんだ」

「それって初耳です・・・」

「お店の看板とも言えるコーヒーだって基本的に一部を除き店舗では抽出せず、自社工場で抽出したものを配達して加熱して提供しているため、店舗による味のバラ付きは最低限に抑えられているんだ。それにパンも一部地域を除いて自社製造のものが提供されている。自由に読める雑誌や新聞が店内に多数用意されているのは、コーヒーそのものの味を楽しむことを主眼に置いた最近のカフェ店スタイルとは違い、昔ながらの喫茶店に近い雰囲気を重視した、コメヤ珈琲店として基本戦略だよね」

「へえー」

「あとさあ、さっき、名古屋のモーニングの話をしたと思うけど、コメヤでは開店から午前11時まではドリンクを注文すると追加料金なしでトースト・ゆで卵が付くモーニングサービスを提供していて、それ以外の時間でもコーヒーなどのドリンク類を注文すると豆菓子などのお茶菓子がオマケでついてくるんだ」

「うわっ、それってマジ!?」

「ホントだよー。嘘だと思うならメニュー表を見れば書いてあるよ」

「どれどれ・・・うわっ、本当だあ!」

 いやあ、ホントに驚いた。まさか北海道にいながら名古屋の雰囲気を味わえるとは。たしかにさっきの宮島屋ではこんな事をやってないし、恵比島先輩が聞いたら「そんなのは喫茶店じゃあなーい!」とか言い出しそうだなあ。

 石狩さんはなおもニコニコしながら

「それじゃあ、あたしのお勧めメニューを発表するけど、お昼ご飯を食べた喫茶店でも言ったけど『名古屋独特のトースト』と言えば・・・」

「厚切りパンを使った『あんこのトースト』ですよね」

「そう、厚切りパンを使った、あんこのトースト。正しくは『小倉トースト』だけど、『小倉トースト』と呼ぶくらいだから『小倉あん』だけど駒里君は大丈夫?」

「俺は全然OKですよ」

「じゃあ大丈夫だね。でも、もう一つ、お勧めの物があるんだけど・・・」

「もう一つ?」


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「ねえ、『小倉あん』でも大丈夫?」

「『小倉あん』以前の問題でお金が無いから却下」

「同じく却下」

「えー、折角コメヤ珈琲に来たのに『小倉トースト』を食べないのー?」

「本音は食べたいよお」

「お昼だってトーストオンリーだからお腹すいたよお」


「だいたい、『こしあん』『粒あん』などと拘っている人は贅沢です!」

「そうそう、アンコはアンコだぞ!」

「でもねえ、厚切りパンは正直勘弁して欲しいです」

「おいおい、『郷に入ったら郷に従え』だと思うけど」

「あれー、厚切りでないパンも選べるって書いてあるよー」

「折角だから厚切りにすべし!」

「えー、厚切りは嫌いですー」

「それじゃあ、ジャンケンで決めよう!」

「あのー・・・」

「何?」

「1つずつ頼めば済む話だと思うけど・・・」

「・・・・・ (・_・;)」


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