第120話 大成、針の筵(むしろ)

 俺はその女の子が、石狩いしかり先輩の妹が、石狩太美ふとみさんが電話を受けてWcDに来るまでの間は、まさに針の筵だった。いくら石狩先輩が『罰ゲームだと思って』などと言っても、実際にデート事には違いない。

 だいたい俺は2週間前にも広内金ひろうちがね先輩と罰ゲームと称したデートをさせられてるし、その事が今回の罰ゲームを引き起こした遠因だとも捉えられなくもないぞ、ったくー。それに、広内金先輩は最後の別れ際に『来るべき青葉あおばとのデートの予行演習だ』と言ってたけど、このままだと青葉ではなく石狩さんになっちゃうじゃあないかよ。しかも本気か冗談かは知らないけど、石狩先輩は俺と石狩さんが付き合う事を認めるような発言もしているし・・・。

 たしかに石狩さんはルックスだけを見れば、青葉を上回るのは間違いない。それは青葉シンパの連中も認めている事だ。

 その石狩さんはWcDに来たけど、こちらもラフな服で現れた。どうやら俺たちが座っている場所が分からないようだったけど、石狩先輩が右手を上げた事で気付いたようで、コーヒーだけを注文してトレーにコーヒーを乗せ、こちらに向かって歩き始めた・・・が、俺が一緒にいる事に気付いたようで、明らかに顔色が変わった。何というか、急に挙動不審に陥ったような感じになり、しかも空いている席は石狩先輩の隣、つまり、俺と向き合う形で座るしかないのだから、座った途端に顔を真っ赤にして、しかも意識して俺と視線を合わせず、鶴沼つるぬま先輩の方だけを見てるのが丸わかりだ。

 俺も石狩さんとこういう席で一緒になるのは初めてだけど、どう見ても意識過剰になってるとしか思えない。そうなると、やっぱり鶴沼先輩や石狩先輩の言ってる通り・・・

「と、ところで兄様、あたしに何か話したい事でもあるの?」

「当たり前だ。用があるから呼び出した」

「そうだよー。太美ちゃんに用があるから呼び出したんだよー」

「んで、その用ってのは何?」

 石狩さんは鶴沼先輩の方をずうっと見てるけど、その鶴沼先輩は一瞬だけ意地悪そうな顔をしながら

「太美ちゃーん、悪いけど大成たいせい君とデートしてねー」

「「はあ?」」

 俺も石狩さんも思わずハモッてしまたけど、石狩さんが驚くのはともかく、俺もまさか鶴沼先輩がストレートに話を持ってくるとは想像してなかったからマジで心臓が止まるかと思ったぞ!

 その鶴沼先輩は石狩先輩の方をチラッと見たけど、石狩先輩も鶴沼先輩も互いの視線が合った途端にニヤニヤしたかと思ったら、急に二人とも超がつく程の真面目な顔になって

「悪いけど、これは決定事項です。ぜーったいにデートしなさい!」

「以上!これは兄貴としての命令だ」

「ちょ、ちょっと待て!だいたい、あたしが何故駒里とデートするのか、全然意味不明だぞ!?」

「あー、その事だけど、全ては大成君が知ってるから彼に聞いて下さい」

「そういう事だから、おれと羽帯はおびはこれで帰るから後は二人に任せたぞ」

「「はあ?」」

 俺と石狩さんはまたまたハモッてしまったけど、そんな俺たちを無視するかのように石狩先輩と鶴沼先輩は真面目な顔からニヤニヤ顔になったかと思ったら、鶴沼先輩は俺の方を向いて

「そういう事だから大成君、太美ちゃんの相談相手になってあげてねー」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺だって困りますー」

「羽帯さあん、相談相手ってどういう意味なんだあ!?」

「細かい事は大成君に聞いてねー」

「そうそう。だから、おれと羽帯は帰る」

「「じゃあねー」」

 そう言うと鶴沼先輩と石狩先輩は立ち上がり、さっさと帰ってしまった。さすがに石狩先輩は松葉杖を使ってるから動きは早くないけど、それでも俺と石狩さんが話し掛けてる事が聞こえないかのように、ササッとWcDの店内から立ち去ってしまった。後には俺と石狩さん、それと他の大勢の客しか残ってない・・・。

 石狩さんは俺と目を合わせたくないのか、鶴沼先輩と石狩先輩が出て行ったドアの方をずっと見たままだったが、「はーーーー・・・」とため息をついたかと思う俺と向き合う形になった。でも、視線が安定しないというか、ソワソワしているというか・・・試合中に見せるような落ち着き払った雰囲気が全然ない。

 でも、石狩さんが一向に話し掛けないから、仕方なく俺の方から話し始めた。

「あ、あのー」

「ん?何?」

 そう言うと石狩さんは初めて俺の方を見たけど、俺と視線が合ってドキッとしたような表情をしたかと思うと、顔を真っ赤にしたまま

「だいたい、どうしてあたしが駒里こまさととデートする事になってるのか、その理由を教えてくれ!返答次第では、あたしは貴様をぶん殴らないと気が済まない!」

「石狩さーん、俺だって被害者ですよお。聞いてないかもしれませんけど、石狩先輩と鶴沼先輩が言うには、元々、俺が石狩先輩に負けた時には、俺と石狩さんをデートさせる事になってたみたいですよ」

「マジかよ!?お前はそんな約束をハイハイと呑んだのかあ?」

 そう言うと石狩さんはさっきまでとは別の意味で顔を真っ赤にしてるけど、まあ、気持ちが分からない訳じゃあないけどね。

「違いますよお、石狩先輩は『デートしてもらう』って言っただけだから、俺はてっきり、去年の運動部の連中みたいに石狩先輩が青葉とのデートを賭けて勝負をしてきたと思い込んでたし、青葉もそう受け取ってた。これは広内金先輩を始めとした生徒会メンバーに聞いても構いませんよ。でも、本当はこうなってるとは全然知らなかったのは事実だぞ」

「それじゃあ何かあ、あたしは自分のデートを賭けて兄様の代理で試合をして、それで勝っちゃったから無条件で駒里とデートしろって事かあ!?」

「そういう事ですよ。青葉あおばの横槍が結果的に俺と石狩さんのデートを確定させたって事ですよ」

「そういう事になるよなあ、とほほ・・・」

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