苦労人

第114話 大成、玉虫色の和解をする

 俺と青葉あおばは2年1組の教室へ入る直前に、2年3組の教室に石狩いしかり太美ふとみさんが入っていくところを見たので声を掛けた。

「太美さーん」

「あれ?会長に駒里こまさと大成たいせい・・・相変わらずの登校風景だなあ」

「石狩さーん、『相変わらず』は余計ですよお」

「まあ、それは冗談だ。あたしに何か用か?」

「その事なんですけど、お兄さんの具合はどうなんですか?」

 青葉は結構真面目な顔をして石狩さんに話し掛けたけど、石狩さんはニコッと微笑んだかと思うと

「あー、それなら大丈夫だよー。レントゲンを撮ったけど、骨には異常がなかったそうだ」

「という事は普通の捻挫ですか?」

「恐らく。ただ、念のためMRI(作者注釈:核磁気共鳴画像法かくじききょうめいがぞうほう=magnetic resonance imagingの略)を撮るって事になったんだけど、一般の予約客優先だったから昨日は検査が出来ず、今日の午前中にやる事になったんだけど、病院と学校の往復に掛かる時間、それに検査に掛かる時間を考えると早退や遅刻では無理だから今日は学校を休むよ」

「そうなんですか。でも、大ごとにならずに済みそうですね」

「そのようだ。今までを受けた二人は骨折だったから、兄様は運が良かったのかもしれないなあ」

「石狩さーん、呪いなんて迷信ですよお」

「そうよ、大成の呪いなんて迷信以外の何物でもありません!それにあの勝負は無効ですから、呪いなどと言わせません!」

「おいおい、昨日の試合はあたしの勝ちだ!何度も言わせるな」

 そう言うと石狩さんと青葉の二人とも『昨日の続き』と言わんばかりに顔を近づけて睨み合ったから、さすがの俺も朝から喧嘩するのはマズいと思って、咄嗟に二人の間に体を入れて青葉と石狩さんを遠ざけた。

 そのまま俺は石狩さんに出来るだけ優しく

「石狩さーん、俺は昨日の試合は『勝負に勝って試合に負けた』だと思ってるけど、石狩さんはどう思いますか?」

「『勝負に勝って試合に負けた』だと!?何だそりゃあ?」

「あくまで俺個人の感想だけど、俺から言わせれば、あの『背負い投げ』で一本勝ちした筈だけど、結果は『指導』4回の反則負けで勝負が決しただろ?だから俺から見れば『勝負に勝って試合に負けた』だと思うぞ」

「・・・たしかに、あたしから見たら、あの『背負い投げ』で負けた筈だったが、結果は君が『指導』を4回受けた事による一本勝ちだ・・・まさに『試合に勝って勝負に負けた』だな」

「昨日の結果を勝負と見るか試合と見るかは勝手に判断すればいいけど、南先生は最初に『試合』と宣言している以上、試合は石狩さんの勝ちと見るべきだ。俺は形はどうであれ、試合に負けたんだからな」

「分かった。あたしも昨日の結果についてはあーだこーだ言わない。あたしは『試合に勝ったけど勝負には負けた』。玉虫色の決着だけど、それでいい」

 そう言うと石狩さんはサッと右手を差し出したので、俺も右手を差し出して握手をして、互いにニコッとしてから手を離し、そのまま別れた。

 青葉は俺と石狩さんが握手をした事に少々不満そうな顔をしていたけど、実際の対戦をした俺と石狩さんが納得して別れた以上、再び話を蒸し返しても仕方ないと思ったのか、何も言わずに引き下がった。この話がこじれた最大の原因は青葉自身の暴走だったのは事実なのだから。


 次の日の昼休み、俺と青葉は二人揃って3年7組の教室へ出向いて石狩先輩を見舞った。

 石狩先輩は開口一番「いやー、駒里君には色々と心配を掛けさせてしまい済まなかった」と笑顔を返し、診断結果を教えてくれたけどMRI検査の結果も特に問題なかったから足のギブスは土曜日には外すとの事だった。

 ただ、俺に向かって「やっぱり駒里君とは『試合』ではなく、普段通り『練習』でお手柔らかくやるべきだったかなあ」と、おどけた顔で話してたのが印象に残った。俺も『石狩先輩には今後も『練習』のお相手を務めさせて頂きますよ』と言って、互いに笑顔で右手を振って別れた。


 そして今日は木曜日。明日は午後から生徒総会があるけど既に生徒総会に使う冊子の準備は出来ているから、今日の生徒会は特に大きな仕事はない。まあ、清風せいふう祭の準備作業を進める必要があるから完全にゼロという訳ではないけど、生徒総会の準備が終わった以上、ちょっと肩の力を抜けられる日でもある。

 その木曜日の1時間目の休み時間・・・


「おーい、駒里、お前に会いたいと言って3年生の女子が来てるぞー」

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