第98話 大成、自分を無視して周りが口論している事にキレる

 さあてと、もうここに残ってる生徒も残り少なってきたし、そろそろ他の柔道部の人が練習に来る筈だから帰ろうかな。

「おーい、こまさとー」

 あれ?今度はあちら側から鬼峠おにとうげ先生が俺に声を掛けて来たぞ。しかもニコニコ顔で・・・この瞬間、俺は鬼峠先生が何を言いたいのかピンときた。

駒里こまさと!反則負けなど情けない!オレがお前の根性を鍛え直してやるから柔道部へ入れ!」

 やっぱりー。マジで勘弁してくれよなあ、俺だって好きで負けたんじゃあないぞ。それに少なくとも俺は『背負せおい投げ』で1本勝ちした筈なんだからさあ、文句は青葉あおばに言ってくれよお。

「ちょーっと待ったあ!その話は無効だあ!!当然、駒里は柔道部ではなく剣道部に入るべきだ」

 そう言って鬼鹿おにしか先生が俺と鬼峠先生の間に体を割り込ませてきた。

 当然だが鬼峠先生は烈火のごとく怒りだして

「鬼鹿先生!いくら大学の先輩といえどもこれは譲りません!駒里は柔道部に入るべきです。それにこれは約束でしたよね」

「あー、それは『石狩月形いしかりつきがたが駒里に勝ったら』という条件だろ?石狩月形は病院へ行ったから当然不戦敗。勝負は駒里の不戦勝だから剣道部がもらい受ける」

「はあ?石狩太美ふとみは兄の代理で勝負して勝ったのだから、当然この勝負は有効だ。駒里は我が柔道部の物だ」

「生徒は物じゃあないぞー。大人しく剣道部に譲った方が身の為だ」

「鬼鹿先生こそ脅迫紛いの言動は慎んでください。それに剣道部は駒里に負けてますよね」

「あれは試合ではなくエキシビジョンマッチだ。しかも高校生は二刀流の試合は禁止だから当然あれはノーカウントだ」

「それこそ屁理屈です!」

「とにかく、駒里は我が剣道部がもらい受ける!」

「いいえ、柔道部です!」

「剣道部だ!」

「柔道部だ!」

「剣道!」

「柔道!」

 おいおい、マジで鬼鹿先生も鬼峠先生も勘弁してくれよなあ。少なくとも俺はどちらの部に入るとか、そんな話は一切した覚えがないんだぞ。

 結局、この鬼鬼コンビの口論は目名めな先輩や滝川たきかわ先輩が二人の間に割って入った事で収まって、どちらも不満そうな顔をしたまま柔道場を出て行った。美留和びるわ先輩も鬼鹿先生たちと一緒に柔道場を出て行ったけど、出て行く前に俺に軽く左手を振ったので俺も右手を軽く上げて挨拶した。

 さーて、うるさい鬼鬼コンビの口論が終わったから俺もそろそろ帰ってもいいのかなあ、みなみ先生、どうなんですかねえ。

 そう思って俺は南先生の方を振り返って・・・はあ!?こっちはこっちで口論してる!

「・・・だーかーら、何度も言ってますけど無効だって言ってるじゃあないですかあ!」

「そんな事はありません!だいたい、太美さんが勝った時点で賭けはわたしの勝ちですから東室ひがしむろ先生の支払いは決定です!」

「冗談じゃあありません!石狩君が病院に行った時点で彼は不戦敗です。当然、駒里君の勝ちという事で、賭けは野花のばな先生の負けです!」

「太美さんが代理で駒里君と試合する事は東室先生だって認めたんですから、当然、この勝負はわたしの勝ちです!」

「だいたい、生徒に押し負けて自分の判定を覆すような教師では駄目です!そもそも一度は自分で駒里君の勝利を宣言しているのですから、この勝負は野花先生の負けです!」

「高校の先輩だから抑えてましたけど、言っていい事と悪い事があります!素直に東室先生は負けを認めるべきです!」

「野花先生!そうまでして他人のお金でケーキバイキングを食べたいのですか!」

「その言葉はそっくりそのまま東室先生にお返しします!」

「野花先生が払え!」

「東室先生が払うべきです!」

「野花先生!」

「東室先生!」

 おいおい、勘弁してくれよなあ。何でらん先生と南先生がこんなことで口論してるんだ!?そんなにケーキバイキングを相手の金で食べたいのかよ!そんな事より部長の浜中はまなか先輩は何で口論を止めないんだ?・・・マジかよ!?何で浜中先輩と筬島おさしま先輩が口論してるんだあ!?

「・・・当然、ここは筬島さんの負けという事で決まりじゃあないですか!」

「そんな事ないわ!月形君が負傷して試合してない以上、不戦敗という事で浜中さんの負けよ!」

「駒里君が負けたのは事実でしょ?当然、わたしの勝ち!いい加減に諦めたら?」

「勝負は月形君と駒里君の試合が条件だったんだから、太美さんが駒里君と対戦したという事は月形君の試合放棄と同じよ!だから浜中さんの負け!」

「だーかーら、太美さんが月形君の代理で試合する事は部長のわたしだけでなく顧問の南先生も認めたんだから、賭けは当然有効だから筬島さんの負け!」

「そんなのは認めません。当然支払いは拒否します!」

「冗談じゃあないわよ!だいたい『デートしてたから金が無いからカラオケこま犬のお金が払えない』って泣きついてきた筬島さんが吹っ掛けたんだから、諦めて立て替えた分を素直に払え!」

「ノリノリで話に乗った浜中さんだって卑怯よ!だいたいさあ、そんなケチケチの性格だからいつまでたっても彼氏が出来ないのよ!」

「言っていい事と悪い事があるわよ!だいたい、あんたの彼氏はわたしが譲ってあげたというのを忘れた訳じゃあないでしょ!」

「それは浜中さんが勝手に言ってるだけよ!わたしに取られたからって僻んでるだけでしょ!」

「言わせておけばいい気になってるんじゃあないわよ!この場で勝負してもいいのよ!」

「望むところよ!」

 おいおい、こっちは女子柔道部の部長と副部長がカラオケ代などというクダラナイ事で俺と石狩先輩の勝負を賭けの対象にしてたのかよ!だいたい、こんな事をしていたら広内金ひろうちがね先輩が風紀委員長の強権を発動して・・・はあ!?広内金先輩が恵比島えびしま先輩と口論してるだとお!

「・・・いつまでグダグダ言ってるんだあ?勝負は駒里の負け、いい加減に認めろ!」

「冗談じゃあない、月形が試合してない以上、あいつは不戦敗だから駒里クンの勝ちだあ!そっちこそいい加減に認めろ!!」

「だーかーら、駒里は負けを素直に認めたんだろ?」

「それは妹との試合の結果だ。月形は試合をするどころか棄権してるから不戦敗につき、この勝負は恵比島クンの負けだ!」

「却下。だいたい、駒里の最強伝説にはおれも正直ウンザリしてたからなあ。毎回のように紅葉山もみじやま先輩に頼まれてジジイや顧問を宥めるのに相当骨を折ってきたんだから、今回の勝負で最強伝説に終止符が打たれた。それは同時におれがジジイにペコペコ頭を下げる事の終わりを意味する。広内金こそ素直に負けを認めて、せめておれの過去の苦労にねぎらいの言葉を掛けて欲しいものだ」

「断る!だいたい、紅葉山さんが勝手にやっていた事だ。ボクが知らなかった事を持ち出されても『あー、そりゃあどーも』としか言えない!恵比島クンの言ってる事こそ『負け犬の遠吠え』だあ!!素直に負けを認めろ!!!」

「はあ?そっちこそ素直に負けを認めて約束通り2週間、購買でパックジュースをおれに奢れ!」

「そっちこそ負けを素直に認めてボクに2週間パックジュースを奢れ!」

「断固拒否する!勝負は駒里の負けだ」

「駒里クンの不戦勝だ!」

「負けだ!」

「不戦勝だ!」

 おいおい、二人の副会長がこんなクダラナイ賭けをしていたのかよ!?虎杖浜こじょうはま先輩も困惑したような顔をして二人を宥めようと必死になっているけど、広内金先輩も恵比島先輩も睨み合ったままで、まさに夫婦喧嘩(?)じゃあないか!?

 あれ?もう一人の生徒会役員である美利河ぴりかさんは?・・・はあ!?こっちはこっちでキラキラ姉弟が口論してるだとお!

「・・・だーかーら、いい加減に諦めて素直に片付けの手伝いをしなさい!」

「冗談じゃあありません!だいたい、姉ちゃんが『柔道場の片づけが大変だから手伝ってね』とか訳の分からない事を勝手に言い出したんだぞ!僕は完全な被害者です!!しかも駒里先輩が負けた以上、約束通り僕は帰らせてもらいます。さっさと宿題と明日の課題を片付けたいので、姉ちゃんの手伝いは出来ません!」

「はあ?それは『石狩先輩が大成たいせい君に勝ったら』でしょ?石狩先輩が病院へ行った時点で不戦敗だから、美流渡みるとが片付けを手伝う事は確定しています!」

「それは姉ちゃんの屁理屈だ。妹さんが代理で勝負して駒里先輩が負けた以上、僕は片付けを手伝う必要はありません!」

「そんな事はお姉ちゃんが認めません!素直に片付けを手伝いなさい!」

「手伝いません!」

「手伝え!」

「手伝いません!」

 おいおい、キラキラ姉弟も俺と石狩先輩の試合を掛けの対象にしてたのかよ!?マジでみんないい加減にして欲しいぞ、ったくー。だいたい青葉あおばは何で止めに入らないんだ?あいつは生徒会長だろ?一体、何をやって・・・はあ!?青葉が石狩さんと口論してるだとお!

「・・・だいたい、セクハラで反則勝ちしたからっていい気にならないでよね!本当なら大成の一本勝ちよ!」

「フン!自分から『1本』を取り消しておいて何を言ってやがる!あたしは正々堂々と勝負した!セクハラで勝ったなどと言われる筋合いはなーい!」

「セクハラでないなら色仕掛けかしら?どっちにせよ、こうでもしなければ勝てなかった人に言われたくないわよ!そんな脂肪の塊のどこがいいのよ!」

「無いからって僻んでるじゃあない!あたしだって好きでデカくなったんじゃあないからな!」

「私にだって立派な物があるわよ!だいたい大き過ぎると肩が凝って困るからこの程度で十分なのよ!セクハラするだけの物なら取っちゃいなさい!」

「セクハラ、セクハラ言うなー!色仕掛けも同じで言うなあ!とにかく勝ったのはあたしだ!誰にも文句は言わせなーい!」

「自分から誘惑しておいて恥ずかしくないの?そんなのは生徒会長として認める訳にはいきません!当然、この勝負の結果は無効よ!!」

「うるさい!とにかくあたしの勝ちだ!」

「私が無効と言ったら無効よ!私がルールブックです!」

「そんな物はあたしは知らん。いい加減にあたしの勝ちを認めろ!素直じゃあない奴め」

「認めません!」

「認めろ!」

「認めません!」

 だーーー!おまえらー!!俺を無視して勝手に口論してるんじゃあなーい!!!

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