第94話 大成、青葉に横槍(?)を入れられる

 俺も石狩いしかりさんも思わず声を出してしまった。それくらいに意外な言葉を聞いて、力を抜いてしまった。それに俺と石狩さんは殆ど顔と顔を近づけたかのような体勢でいるから、お互いに目を合わせて「はあ?」という表情をしているのがアリアリと分かる。


『ゴツン!』


大成たいせい!いい加減に太美ふとみさんから離れなさい!!」

 おい、何だあ!いきなり頭を殴られたけど・・・青葉あおばかよ!?

「ちょ、ちょっと串内くしないさん!『抑え込み』が無効ってどういう意味なの?先生に分かるように説明して下さい!」

 みなみ先生も血相を変えて俺と石狩さんのところへ飛んできた。当然だが周りの観客も「何があったんだ?」「何をやったんだ?」と騒めいている。もう一人の副審の浜中はまなか先輩も南先生と同じように血相を変えてやってきた。

「と、とにかく大成の『後腰うしろごし』から『袈裟けさ固め』までの一連の技は無効よ!南先生も分かるわよね!!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!わたしには串内さんが何故無効だと言ってるのかが全然分かりませんよー。それに浜中さんはどう思ってるんですかあ?先生は『1本』は無理だとしても『技あり』のポイントを奪うに十分だと思ってますよー」

「わたしも南先生と同じですよ。『1本』は無理だとしても駒里こまさと君の『技あり』、それに続いて『抑え込み』の判断も間違ってないと思います。太美さんも駒里君も勝負が続いてると判断してた筈ですよ」

 南先生と浜中先輩の判断は俺と同じだ。それに石狩さんも同じ考えだったから必死になって『後腰うしろごし』を振り解こうとして、何とか『1本』だけは防げたけど連続技として掛けられた『袈裟けさ固め』から逃げる事が出来ず、そのまま抑え込まれたのだから・・・

 青葉は顔を真っ赤にしたまま

「だいたい、大成は『後腰うしろごし』の体勢を取った時、思いっきり太美さんのいましたよね!これは明白なですから、この時点で無効です!!」

「「はあ?」」

「ぜーったいに、誰が何と言おうと、これはです!」

 そう言ったかと思うと俺のところへいきなりやってきて

「いつまで二人で!!」

とか言って俺の頭にもう1回『ゴツン!』とゲンコツを叩き込んだから、俺も正直『ムカッ』と来たけど、仕方ないから右手で抱え込んでいた石狩さんの首を離して俺自身も起き上がった。石狩さんも釈然としない顔をしながらも起き上がった。

 南先生は青葉の顔を見ながら、それも釈然としない顔をしながら

「串内さん、セクハラの意味がよく分からないんだけど・・・」

「だーかーら、大成は思いっきり胸を掴んでました!私は真正面から見てたから間違いありません!大成の『後腰うしろごし』そのものが無効だから、その後の『抑え込み』も当然無効です!しかもさっきまでの大成を見ればわかる通り、挙句、ほとんどよ!!ここは如何わしいホテルじゃあありませーん!!!」

「えー!串内さーん、『袈裟けさ固め』なんだから抱き合ってたなんて言われても・・・」

「と、とにかく、こんなのどう見たって『抑え込み』じゃあないわ!おかしい!!『技あり』も当然取り消し!!!大成には『指導』を与えるべきです!!!!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!串内さん、越権行為じゃあないですかあ?」

「待ってくださいもへったくれもありません!それにこの試合は女子柔道部と生徒会の責任において行われている特別ルールですから、生徒会と柔道部は同格と考えます!だから華苗穂かなほ先輩、風紀委員長として今の大成の行動はどう思われますか?セクハラ行為でないとするならセクハラではない、セクハラだと思うならセクハラだとハッキリ言って下さい!」

 それだけ言うと青葉は後方の椅子席で見ていた広内金ひろうちがね先輩の方を見た。当然だが周囲にいた連中も一斉に広内金先輩の方を向き、広内金先輩もいきなり話を振られた格好になって自分で自分を指さしながら「えっ?ボクが答えるの?」と間抜けな顔をしてポカーンとしてしまった。

 ちょっと間が空いて広内金先輩は顔を真っ赤にしながら立ち上がって

「・・・ま、まあ、ボクもほぼ正面から駒里クンが太美クンを投げる瞬間を見ていたから分かるけど、たしかに胸を掴んでた。これが即セクハラかという判断だが、あくまでボク個人の意見だが、勝負の最中に無意識のうちに相手を抱え込んだと見るべきだと思うから、いきなり『セクハラをした』という理由で反則負けにするのは酷だと思うよ。ただ、審判団がどう判断するかだけど、投げ技は問題ないとしても、その後の『抑え込み』はちょっとねえ・・・まあ、ボクはあくまで柔道は専門外なのでいち風紀委員の発言と捉えてもらって結構です」

 それだけ言うと広内金先輩は座ったけど、周りの連中からは「そうだそうだ」「あれはセクハラだー!」「当然駒里は失格だあ!」などと盛んにヤジが飛んだ。鬼峠おにとうげ先生はというと『やれやれ』という顔をしているし、鬼鹿おにしか先生は「お前らー、何を考えてるんだ」と言わんばかりの顔だ。らん先生はルールがイマイチ分かってないようで首を傾げたままだ。

 南先生は困ったような顔をして鬼峠先生のところへ行って意見を聞こうとしたけど、鬼峠先生が「そこは審判の三人が協議して決めることだ」と言って取り合わず、仕方ないといった表情で南先生は青葉、浜中先輩の三人であーだこーだ言って話し合いを始めた。その間、俺と石狩さんは自分の道着を整えた後は最初の立ち位置に立って三人の審判を見ている事しか出来なかった。

 青葉は最後まで顔を真っ赤にしたまま猛烈に抗議してたけど、最後には渋々といった表情で引き下がったようだ。やがて三人の輪が解けて南先生が俺と石狩さんの間に立ち、青葉と浜中さんは最初の位置に戻った。


「えーと、協議の結果、駒里君の『技あり』は認めます。ただし、駒里君には抑え込みの際に『柔道の精神に反する行為』、ぶっちゃけて言えばセクハラ行為があったと認定して『指導』を与えます」

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