第82話 大成、悪役扱いをボヤく・・・

 石狩月形いしかりつきがた先輩。3年7組のスポーツ特待生だ。

 身長は195センチ!その高さは男子バレー部のエースアッタカーである198センチの古瀬ふるせ先輩に次いで校内で2番目に背が高い。体重は95キロだから柔道のクラスで言えば上から2つ目である100kg以下級だ。

 校内で1、2を争うイケメンでもあるが、その理由は日本人離れした顔立ちと手足の長さから分かるとおり、日英のクオーターだからだ。正しくは日本人の父親と日英ハーフの母親との間に生まれた子だ。

 だが、石狩先輩の強さは身長と体重ではない。まさに柔と剛を兼ね備えたその戦いぶりは時には敵を圧倒し、時には敵を唸らせる。筋肉隆々の体型ではなく、このクラスの中では珍しく力で押すタイプではない。

 長い手足と体の柔らかさを活かした戦い方をし、同時に『返し技のスペシャリスト』である。足技、手技、腰技・・・相手が技を掛けてきた瞬間に切り返すのは、もはや天性の素質とでもいうべきか誰にも真似できない。

 本来ならインターハイや高校選手権の全国大会に出場してもおかしくないほどの実力なのだが・・・ある意味、悲運の選手でもある。1年生の時のインターハイ予選は直前の練習で足を捻挫して出場を断念したし、昨年のインターハイ予選では団体は惜しくも予選決勝で敗退したけど、翌日に行われる筈だった個人予選は宿泊したホテルの食中毒騒ぎで、我が校だけでなくそのホテルに宿泊した他校の生徒と共に棄権せざるを得なかった。高校選手権の時は2回ともインフルエンザの為に出場を辞退せざるを得なかった。まさに悲運の選手、無冠の帝王と言ったところだ。

 俺は正直、この先輩とは分が悪い。何しろ俺は柔道のクラスで言えば下から2つめの66kg以下級だ。身長で約20センチ、体重で約30キロも差があるのだから、この時点で不利は否めない。で勝負したら間違いなく勝負は俺の勝ちだが、を使う訳にはいかない。それにこれはだから柔道で勝負せざるを得ない。

 俺も自分より大柄の選手に対しては、返し技で相手のバランスを崩したり相手の力を逆に利用する攻撃を得意としてるけど、石狩先輩には俺の攻撃手段を完封されてしまい力負けするパターンがほとんどだ。


 しかも今回の俺は完全な悪役ヒールだ・・・


 俺だって好きで『災いをもたらす者』になった訳ではないのだが・・・


 青葉あおばは入学当初から『1年生の女子ナンバー1』『妹にしたい女子ナンバー1』とまで言われ、当時の生徒会長だった紅葉山もみじやまさんと並んで校内の人気を二分していた(我が校の生徒会の任期は1月から12月までの1年間で、前期・後期という区分は無い)。だから青葉に告白する連中やデートを申し込む連中が学年を問わず続出したが、それら全てを青葉は「ごめんなさい」と断った。

 ほとんどの連中はそれで諦めたが、中には2回、3回と諦めずに青葉に挑む奴がいたので、とうとう青葉も根負けした形になり「あなたが大成たいせいとのに勝ったら考えてもいいわよ」と言ってしまった。


 ここから全てのが始まった・・・


 最初に俺に勝負を挑んだのは、野球部のエースで打順は三番の3年生だった。キャプテンで四番のキャッチャーが球を受ける形で俺と対決して、10球勝負でどちらがどれだけ柵越えできるかを競う事になった。当然だが青葉も勝負に立ち会う事になった。

 ジャンケンの結果、俺が先に投手、エースが打者をして対戦する事になり、勝負は始まった。最初、俺は「次はスライダー」「次はシュート」「次はフォーク」などと投げる球を宣言して投げたけど、エースは凡打を繰り返した。だから周りにいた他の野球部の連中が「変化球ばかり投げるなよ」「そうそう、ストレートで勝負しろよ」とか結構口汚いヤジを飛ばしたから、俺もヤジに左手にはめていたグローブをいきなり投げ捨て、「次はストレート」と宣言してズバッとストレートを投げ込んだら誰もヤジを飛ばさなく、いや、誰一人としてヤジを飛ばせなくなった。あまりの速さに野球部員たちが度肝を抜かれた、と言うより、右手でも左手でもピッチングが出来る奴が目の前にいるという事が信じられないし、右手の変化球では全部凡打だったし、左手のストレート、しかも残る全球投げたにも関わらず、1回もバットにかすりもしなかったから、女子マネージャーを含め野球部全員が唖然とした表情をしていた。結局、俺が10球を投げ終えた時点でエースが勝負を放棄してギブアップを宣言してしまったほどだ。名門清風山せいふうざん高校野球部のエースにして三番のプライドがボロボロになってしまったのかもしれない。

 次にサッカー部のキャプテンであるゴールキーパーが俺とのPK対決を挑んできた。だが、俺は「PKではなくペナルティエリアの外から蹴って勝負しましょう」と言って、最終的に『ペナルティエリアのラインの上の好きな場所から10本交互に蹴る』と勝負内容を変更する事になり、先攻の俺は強烈なミドルシュートを、鋭く曲がって落ちるフリーキックを、左右のどちらの足でも、しかも正面だけでなく左右の45度の位置からも蹴って全部ゴールを決めた。当然だが、キャプテンだけでなく女子マネージャーを含めた他のサッカー部の連中も顎が外れるのではないかと思うくらいに口をあんぐりと開けていたし、キャプテンは俺に3本止められて1本は枠外で1本はバーに当たって、結局俺が球に手を当てたけど弾いた球がゴールに吸い込まれた時の2本しか決められず、「悔し涙も流せない」と完全に落ち込んでいた。

 その次は陸上部の長距離のエースが得意とする5000メートル走で勝負を挑んできたが、俺はトラック半周近い差をつけて圧勝した。しかも、1500メートル走をやって、陸上部の部長以下4人に5秒近い差をつけて圧勝した。だいたい、5000メートル走の直後に1500メートル走をやるという事そのものがだったけど、女子部員のほぼ全員が相当強い口調で止めたにも関わらず勝負を強行した挙句、俺に完敗したから、陸上部顧問の先生が後日その話を聞きつけて「お前ら、これが伝統ある清風山高校陸上部のやる事なのかあ!卑怯な勝負をしたのも許せんが、それでも負けたんだから恥を知れ!!この勝負を止めなかった連中も同罪だあ!!!」とマジ切れしていたらしい。(俺のところにも顧問の先生が直接謝りに来たけどね)

 次は水泳部の今の部長(当時は2年生)が200メートル平泳ぎで、当時の部長が800メートル自由形で勝負を挑んできた。本当は陸上部と同様の勝負して俺を負かしたかったのだろうが、生徒指導担当の蕗ノ台ふきのだい先生が勝負の話を聞きつけ、水泳部の顧問と一緒に青葉の隣で勝負に立ち会ったので、30分のインターバルを空けて、お互いに正々堂々と勝負したのだが二人とも惨敗に終わった。

 冬休み明け直後にはスキー部のエース格の二人が得意の滑降でタイム勝負を挑んできたが、二人とも俺に惨敗している。


 だが、これらの部は全てこの後に不幸が続いている・・・


 野球部はこの後は練習試合、公式試合を含めて全敗で1度も勝った事が無いどころか、毎回5点以上の差をつけられるボロ負け続きだ。

 サッカー部は俺と勝負したキャプテンが、次の試合中に相手選手と交錯して左の上腕骨にヒビが入っただけでなく、こちらも以後は練習試合、公式試合を含めて引き分けも無く、毎回2点以上の点差をつけられて全敗だ。

 陸上部も水泳部もインタイーハイの常連だったにも関わらず、これ以後まったく振るわなくなり、予選決勝に進出するどころか、ほぼ全員が1次予選すら通過できなくなった。当然の事だが無関係の女子部員からは男子部員に対しブーイングの嵐が起き、水泳部と陸上部の女子から俺は恨まれる事はなかったけど、両方の男子部員からは相当恨まれている。

 スキー部の二人は俺と勝負した翌週の大会で二人とも転倒し、一人は左ひじ、もう一人は右の手首を骨折してシーズンを棒に振ったし、他の部員も昨シーズンは不振に陥った。ただ、幸いにして不振に陥ったのは男子部員だけで、女子部員は不振に陥らなかったのが(?)だ。

 男子テニス部と男子バドミントン部はもっと悲惨で、俺と勝負するはずだったテニス部の3年生が当日の体育のバスケの授業で利き手の右の中指と人差し指を骨折し、バドミントン部の2年生は当日の朝の自転車通学時に、道路に飛び出してきた野良犬に自転車がぶつかって転倒して右ひじを骨折し、どちらも勝負が中止になっただけでなく、男子テニスと男子バドミントン部の過去の、今の不祥事が次々と明らかになり、男子テニス部と男子バドミントン部は理事会命令で全ての対外試合が禁止になっただけでなく、殆どの部員が退部処分や謹慎処分、特待生資格の剥奪などの処分を受け、一部は自主退学した者も出て、顧問も責任を取る形で辞任し、解体的出直しを強いられる事となった。

 その余波(?)を受けたのか、無関係の女子テニス部と女子バドミントン部まで不振に陥ったが、幸いにして女子部員の怒りの矛先は男子テニス部と男子バドミントン部に向かったので俺が女子部員から恨まれる被害はなかったけど、当然の事だが男子部員(元・男子テニス部員、元・男子バドミントン部員を含む)からは相当恨まれている。


 夏休み明けのバドミントン部の一件があった後、誰も俺との勝負を、いや、青葉に告白する連中や青葉とのデートを望む者がいなくなり、誰が一番最初に言い出したのかは分からないけど俺は『串内くしない青葉のボディーガード』『災いをもたらす者』と呼ばれるようになった。

 その『災い』『呪い』を払拭すべく、全ての運動部の声援(?)を受けた形で挑んだスキー部に事で、とうとう生徒だけでなく先生方を含めて誰一人としてその噂を疑わなくなった。

 石狩先輩が『』という言葉を使わなかった理由はそこにある。青葉に先に声を掛けなかった理由もそこにある。男子柔道部に、自分に呪い(?)が降りかかるのを防ぐ意味もあるけど、同時に俺の呪い(?)を受けた他の部から見たらともいうべき石狩先輩が俺と勝負するのだから、俺が負けるところを期待して、試合を見に来るのは目に見えている。


 愚痴になるけど・・・青葉がキッパリと「しつこいです。いい加減に諦めてください」と言えば済んだ事なのだが、今さら言っても始まらない・・・。

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