第76話 大成、エキシビジョンマッチをやる⑨~勝負を終えて~

 美留和びるわ先輩は俺の方を見てニコッツと微笑みながら

駒里こまさと君、本当は君と握手したいんだけど、両方の手首が相当腫れていて上手く手を動かせないのね。だから言葉だけになるけど、ホントにありがとう、いい経験になったわ」

「せんぱーい、早く保健室へ行った方がいいですよ」

「それもそうね」

 そう言うと美留和先輩は鬼鹿おにしか先生と一緒に会場を後にし、かえでも美留和先輩について行く形で一緒に会場を後にした。美留和先輩たちが会場を出て行く時には全員から暖かい拍手が沸き上がり、それに応えるかのように美留和先輩は一礼してから立ち去った。


 この後に理事長から今日のエキシビジョンマッチの講評があった。

「えー、今日のエキシビジョンマッチは非常に有意義な物であったと思っている。皆が全力を出し切った後に見せた清々しい笑顔はとても印象的であった。それはさておき、今日の駒里こまさと武道館チームの4人は我が清風山せいふうざん高校の生徒でありながら剣道部に所属しておらぬ、いや、正しくは剣道部にのは個人的にも非常に勿体ない事であると考える。ここにいる生徒全員が知っていると思うが、スーパー特進科と特進科の生徒は週4日以上活動する部・同好会への参加を認めないという、校則のがあるから4人は剣道部に所属できない。これについては、あくまで私案であるが明日開催予定の臨時理事会で事を提案する!」

「「「「「「おおおおおーーーーー」」」」」」

 この理事長の発言で会場からはの後に拍手と歓声が上がった。理事長がこれだけの人数の前で、しかも理事である校長先生、鵜苫うとま伯父さんがいる前で発言しているのだから、後になって「あれは間違いだった」とひるがえす事は有り得ないし、だいたい、この発言に対して二人の理事が何も反応してないところをみると、既に根回しは済んでると見て間違いない、まさにビッグニュースだ!

「・・・なぜ今年度からにしないかと言うと、今年の1年生の募集要項の中にスーパー特進科と特進科の生徒の部活動については制限があると書かれているから、これを即時撤廃するという事は1年生の保護者に対して説明がつかないからである。ただ、規制の内容については募集要項の中に書かれてなかったので、緩和する事にしたい。これもあくまで私案であるが『週4日以上』という部分を『週5日以上』と緩和する事を提案する。あー、ただ、明日の臨時理事会で承認されても、各校へ通達した段階で部活動の入部締め切り日まで1週間を切っている事になるので、今年度限定で4月末日の放課後までを仮入部期間とする事も合わせて提案するぞ」

 この理事長の発言に改めて歓声が上がった。1年生の体験入部期間が延長されると言ったに等しいのだから、一部の部は大歓迎だし、逆に折角確保した部員を持っていかれる部も出て来そうだ。なにしろ練習場の確保に苦労している一部の運動部は、元々土日に加え平日のどれか1日を休みにしていたのだから、理事長の発言によってスーパー特進科と特進科の生徒を勧誘する事が可能になったからだ。それ以外にも、例えば文芸部や手芸部は今までも特進科の生徒を確保する為に、わざと活動日を火曜日から木曜日の3回にして金曜日は『私的な集まり』と称して非公式活動日にしていたけど、これを堂々と活動日にする事が出来るようになる。そう考えると勧誘活動が去年以上に激しくなりそうだな。

「・・・同時にみんなも知ってると思うけど、国として運動部にも文化部にも休養日を設けるようにとの指針も出ている。しかしながら、我が校では特に運動部を中心に土日も活動していて、こちらも問題があると考える。そこで昨日の緊急理事会での決定事項として『日曜日は全ての部・同好会活動を今月末までに全面禁止』とし、校内の施設そのものを使用禁止し、同時に校外の施設を使っての練習も禁止する事となった。土曜日と祝日についての判断は各部・同好会に任せるとしたが、理事会としては活動時間について制限を設ける事を決め、具体的な数値は緊急理事会で決定する事にしている。今のところの案では最大4時間までで、これが守れない部・同好会には活動停止を含めた厳しい処置を行う事も検討しておる。もう1つ、今までは交流試合、親善試合と言えば、わが『桑園マルベリーガーデン』が運営する道南の函館はこだて五稜郭ごりょうかく高校、それと道北の旭川あさひかわ神楽岡かぐらおか高校、十勝の帯広おびひろ柏林台はくりんだい高校がメインであり、これらに遠征する経費や保護者の負担も年々重くなっているのを憂慮しているのも事実である。あくまで個人の意見ではあるが、この清風山高校の周りにも公立高校や私立高校、大学は幾つかあるけど、逆にそちらと交流する機会は少ない。だから各部・各顧問が希望すれば、理事長であるわたし自らがそれぞれの学校へ赴いて定期的な交流を、あるいは定例的な交流を提案してきても構わないと思っている。既に柔道部がそれを行っているが、他の部・同好会も検討するよう、切に願っておるぞ」

 それだけ言うと理事長は着席したけど、最後には大歓声と割れんばかりの拍手が上がったのは言うまでもない。運動部の日曜練習禁止の発言の時には一部の運動部の生徒が不満そうな顔をしていたけど、俺個人としては賛成だし部活動漬けの高校生活を送るのが本当に良い事なのかという考えを持っているのも事実だからだ。


 結果的に、美留和先輩はプライド(誇り、自尊心)と面子(体面、面目)を失った事になったけど実利を取った形になった。鬼鹿おにしか先生としては渡りに船だ。何しろ柔道部と同じように毎週1回交流日に設定して土日を休養日にすれば、表向きは『週4日の活動日、実質週5日の練習』となって、かえでみどりを剣道部に入部させる条件がそろう訳だ。それは同時に俺と青葉あおばを剣道部に途中入部させる事にもつながる。当然だが柔道部は既に条件が揃ってるから、鬼峠おにとうげ先生が今日にでも俺と青葉を引き込もうとしてくるだろう。それは目名めな先輩や浜中はまなか先輩も同じだ。


 どうやら俺の周辺も慌ただしくなりそうだな。

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