第75話 大成、エキシビジョンマッチをやる⑧~君は現代の宮本武蔵~

 ジイが白旗を上げて俺の勝ちを宣言した事で『死合』が終わった。でも、誰一人として拍手をしたり歓声を上げたりする人はいなかった。見ていた誰もが、今まで行われていたのが試合ではなく『死合』だったという事に気付いて、何をすればいいのか分からなかったからだ。

 俺はこの時初めて両方の肩の力を抜いて大きく息を吐いた。正直、ここでドッと疲れが襲ってきたけど、それを顔に出す事はしなかった。

 滝川たきかわ先輩が面をつけたまま美留和びるわ先輩のところへやってきて、軽く肩に手を当て何か言ったみたいだけど、それでも美留和先輩が泣き止む事はなかった。青葉あおばが駆け寄ってきて「美留和先輩」と声を掛けた時に美留和先輩が頭を上げたけど、そのまま青葉に抱きついてさらに大きな声を上げて泣き出したから、青葉は困惑したような顔をしていた。けど、決して美留和先輩を突き放すような事をせず、まるで母親のように美留和先輩を抱きしめてやった。

 俺のところには鬼鹿おにしか先生が来て、俺の肩を軽くポンと叩いて「お疲れ様」と声を掛けたけど、この結果を責めるような事はしなかった。いや、むしろ一昨日の言葉ではないけど「よくやってくれた」というねぎらいの言葉だと感じた。かえでみどりも俺のところに来たけど、楓はニコニコ顔だけど緑はツンとした表情だ。

「兄貴!ちょっとやり過ぎだ!」

「いやあ、スマン、久しぶりに本気を出したから」

「あー、それはひどーい、ウチとみどりんは毎回遊ばれてるってことなのー」

「そうだそうだ!」

「ちょ、ちょっと待て!駒里こまさと、お前は普段は妹二人相手に今の勝負のような練習をして平然としてるのかあ?」

「そんな事はないですよお。結構ギリギリの勝負であざだらけになる事もありますからね」

「はー・・・どちらにせよ、滝川と美留和の二人が子供同然に遊ばれた奴とギリギリの勝負してるって言うんだから、この妹ちゃんたちも相当のツワモノだという事だよなあ」

 そう言うと鬼鹿先生は「はーー」と短くため息をついたけど、楓と緑はあからさまに不満の表情をしながら

「それはそうと鬼鹿せんせー、あの組み合わせはちょっと酷いですよー」

「そうだそうだ!冗談抜きにあたしの場合は大人と子供の試合だぞ、断固抗議したいくらいだあ!」

「まあまあ、そこは勘弁してくれ」

 鬼鹿先生は軽く右手を上げて謝ったけど、もちろん、楓も緑も本気で不満を言った訳ではない。それは俺にも分かる。

「それより兄貴、そんな余裕のセリフを言った罰だ。次は青葉ちゃんを入れての3対1でやってもらうぞ」

「えー!勘弁してくれよお。いくら俺でも青葉を入れた2対1では勝てないんだぞ。それを3対1にしたらどうなるか分かるだろ?」

「それならさあー、早く先輩を慰めてあげなさいよねー」

「そうだそうだ!兄貴に足りないのは女の子の気持ちを理解してやる事だあ!!」

「はいはい、分かりましたよ」

 そう言うと俺は2本の竹刀を緑に預けて美留和先輩のところへ歩いて行った。楓と緑、鬼鹿先生も俺の後ろに続いて美留和先輩のところへ行った。

 美留和先輩はというと、泣き止んで正座をしたまま面を外そうとしているところだった。でも、三川みかわ先輩や他の剣道部員も周りに来ていて、青葉と三川先輩が面を外すのを手伝っている感じだ。

 やがて美留和先輩は面を外してから正面を向いたけど、その顔は汗と涙でぐちゃぐちゃになっていて、言うなればシャワーをした直後のような感じだった。

「・・・駒里君、負けたわ」

 そう言うと美留和先輩は俺に向かって微笑みかけたけど、やっぱり悔しいのか少しだけ涙が出て来た。

 俺は出来るだけ美留和先輩の感情を逆なでしないよう、はにかんだ。

「・・・それにしても、二人で攻め続けても傷一つ負わないどころか、全然息切れもしてないなんて殆ど化け物ね。こんな化け物相手に、まともに勝負しようとしたわたくしが馬鹿だったと正直思いますよ」

「せんぱーい、化け物は勘弁してくださいよお。俺は正真正銘の人間ですよ」

「まさに君は現代の宮本みやもと武蔵むさしですね」

「俺は宮本武蔵にはなれないですよ」

謙遜けんそんしなくて結構ですよ。それにしても、こんな凄い剣士を育て上げたあなたの師匠は凄い人ですね」

「まあ、俺の自慢の師匠だ」

「そうですか・・・あなたなら既に師匠を上回ってるかもしれませんね」

「それはないない。一刀の俺と青葉の二人を相手に遊んでるような人だ」

「それは本当ですか!?」

「ホントだよ」

 ここで青葉が話に割り込んでくる形になった。青葉はニコッと微笑んだかと思うと

「大成が言った事は本当だよ。私も1対1ではボコボコにされるし、大成と組んでもボコボコにされるからね」

「おいおい、マジかよ。オレは駒里の師匠は余市よいちさんだと思ってたけど、たしかに言われてみれば余市さんが二刀流をしているところを見た事がないから、本当の師匠は余市さんでも駒里先生でもない別人って事かあ!?」

「そうですよ。大成の師匠は名目上は余市おじさんだけど本当は違うよ、別の人だよ」

「余市さんも達人の域だけど、それをも上回る駒里の本当の師匠は、まさに現代の宮本武蔵だな」

「鬼鹿先生、あの人は『現代の宮本武蔵』って言われるのが嫌いだから、そう言われると逆にツンとするよー」

「それじゃあ何か、死神しにがみとか阿修羅あしゅら羅刹らせつとでも言えばいいのか?」

「うーん、そう言った方がシックリ来るかもしれないよ」

「そうなのか、はああああー・・・ますます駒里がうちの剣道部にいないのがつくづく残念だよなー」

 そう言うと鬼鹿先生は俺の方を見て皮肉たっぷりにニヤッとしたけど、俺は直接相手をせず美留和先輩に向かって

「まあ、青葉が今言った事は本当だ。楓か緑を入れた三人でやるか、俺が二刀を持って青葉と組んで勝負して、ようやく互角になるくらいの人物だ」

「はーーー・・・そんな人に鍛えられたのなら、わたくしも納得できます。串内くしないさんも三川君を子供扱いしてましたし、あなたの妹さんたちもあれだけ小柄にも関わらず深川ふかがわ君や砂川すながわ君と互角に渡り合ったのだから、相当な実力の持ち主だというのが分かりますよ」

「それはそうと美留和先輩、手の方は大丈夫ですか?」

「あー、それなんだけど、正直言って小手をつけていたとはいえ相当痛いわよ。今だって面を外すのが出来なくて三川君が外してくれたほどよ」

「そうなんですか・・・すみませんでした」

「いえ、別に構いません。それにこの延長戦はどちらかが負けを認めるまで続くっていうのが分かってましたから。駒里君が防具を外した事で、これは剣道ではないと直感したわ」

「そうだったんですか・・・」

「駒里君、一つ聞いてもいいかしら?」

「何ですか?」

「どうして左手の小刀で攻めて右手の大刀を受けに使ったの?」

「あー、その理由は・・・まあ、簡単に言えば右手に小刀、左手に大刀を持っても良かったのさ」

「はあ?」

「つまり、どっちの手に小刀を持ったとしても、俺は左手で攻撃をするって事ですよ」

「勘弁してよー。それじゃあ、まるで遊んでたのと一緒よー」

「あー、すみません、まさかそう捉えられるとは思ってなかったので・・・」

「でも、見方を考えれば左利きと同じよね」

「そうとも言えると思いますよ。あ、箸や鉛筆、それに柔道の時の俺は右利きですから」

「それじゃあ、両利きなの?」

「うーん、そう言ってもいいかも」

「そう言えば、駒里君はピッチャーをやれるって話を聞いた事があったのを思い出したわ」

「ま、それは事実ですよ」

「どちらにせよ、1つの武道を極めるだけでも大変なのに、2つの武道で並外れた実力を見せつける駒里君には正直わね。それに、恐らく串内さんと試合をしてもわたくしが勝てたとは思えないし、あんな無様な姿をみんなの前で晒してしまったし、もうプライドとか変な意地もぜーんぶ纏めて失ったって感じね」

 それを言うと美留和先輩はヨロヨロと立ち上がった。少しフラフラしているけど、それでも気丈に振舞って滝川先輩に

「滝川君・・・助けに入ってくれてありがとう」

「い、いや・・・おれは当然の事をしたまでだ。まあ、2対1で負けたのは正直悔しいけど仕方ないな」

「ううん、滝川君は悪くない。ごめんなさい」

 それだけ言うと美留和先輩は滝川先輩に頭を下げたけど、正直、滝川先輩は困惑の表情をしている。

 美留和先輩は鬼鹿先生に向かっても頭を下げながら「鬼鹿先生、ご迷惑をお掛け致しました」と言ってたけど、こっちも困惑したような顔をしていた。そりゃあそうだろうな、あの高飛車な性格で知られる美留和先輩が神妙な顔をして頭を下げているんだから。

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