第74話 大成、エキシビジョンマッチをやる⑦~死合~

 それだけ言うと俺は素早く動いた。美留和びるわ先輩も前へ出て俺に斜め上から竹刀を繰り出したが、それを俺は右手に持った大刀で受け流すと左手の小刀を容赦なく美留和先輩の右の小手に叩き込んだ。

 もうそこからはほとんど一方的だった。俺は立て続けに美留和先輩の面に、胴に、小手に左手の小刀を、時には右手の大刀を叩きつけ、美留和先輩も俺に一太刀浴びせようとして竹刀を繰り出すけど、それの殆どを右手の大刀で受け流している。そう、普通なら小刀は防御で使い大刀を攻めに使うのだが、俺はその逆をやっているのだ。

 だが、ジイは旗を上げない。その理由も俺は分かっている。だから俺も容赦なく美留和先輩を攻め続けている。とうとう美留和先輩は防戦一方、いや、ほとんどサンドバッグ状態になったけど、それでもジイは旗を上げない。鬼鹿おにしか先生も、それに余市よいち伯父さんも分かっているから何も言わないけど、剣道場にいる生徒からは悲鳴に似たような声が上がっている。

 そのまま俺は右の大刀で美留和先輩の竹刀を薙ぎ払い、ほぼ同時に左の小刀で右の小手を打ち込んだので美留和先輩は右手を竹刀から離してしまった。その一瞬の隙を突いて右の大刀で払うようにして美留和先輩の竹刀に叩きつけたから、美留和先輩の竹刀は弾き飛ばされ、青葉あおばが避けるようにして右手で竹刀を払ったから青葉の目の前の床に落ちた。

 竹刀を失った美留和先輩は両腕を前に出したけど、俺は駆け抜けるようにして右の大刀で美留和先輩の胴を薙ぎ払い、振り向きざまに小刀も打ち込もうとした。

 その時だ!


”バチーン”


 いきなり強烈な音ともに俺の小刀をもう1本の竹刀が薙ぎ払い、美留和先輩の胴に触れる寸前に叩いた格好になった。


「どおおおおりゃああああ!」


 滝川たきかわ先輩がここで割り込むような形になって俺と正面から相対し、息もつかせぬ攻撃を続けながらも大声で

「美留和!早く竹刀を拾え!!」

「滝川君!」

「二刀流相手に防御に回ったら終わりだ!とにかく攻めるんだ。だから早く拾え!こんな化け物相手に一人は無理だ!!」

「分かったわ」

「言ってる暇があったらさっさとやれー!!」

 滝川先輩は美留和先輩が竹刀を拾って参戦するまでの時間を稼いでいるつもりだろうが、俺は滝川先輩が打ち続ける竹刀を相手の勢いを使って受け流して懐へ飛び込み小刀を胴に、大刀を面に叩きつけたが、振り向きざまに滝川先輩の面を狙おうとした時に


「たああああああああ!」


 美留和先輩が俺の右から襲い掛かってくる形になったので右の大刀で受け流し、そのまま一度距離を取った。

 俺たちは睨み合う形になって相対しているけど、どちらも攻め込もうとしていない。俺の方は額から汗が出ているが呼吸は全然乱れてない。だけど美留和先輩は明らかに肩で息をしているし、滝川先輩も早くも肩で息をしている。

「美留和、あいつの二刀流は変則だ!どう考えてもおかしい!!」

「どういう事?」

「普通は軽い小刀を防御に使って大刀を攻めに使うはずだが、あいつは逆だ!」

「言われてみれば・・・」

「俺も二刀流と対戦した事は無いけど、どう考えたっておかしいだろ?」

「たしかにそうね」

「とにかく、二刀流を相手にする時に有効なのは『突き』だ。両手対片手なら両手の方が強いから奴は受け流す事しか出来ない。常に2対1で攻め続けて駒里こまさとの体に竹刀を当てればこっちの勝ちだ!」

「分かったわ」

「いくぞ!」

 滝川先輩と美留和先輩は俺に向かって斬り込んできたが、俺は二本の竹刀を巧みに操って二人の攻めをいなしつつ場所を少しずつ変えている。そう、滝川先輩の言う通り、いくら二刀流とはいえ同時に二人を相手にして両方の竹刀を防御に使われては力負けする。だから巧みに立ち位置を変えて常に1対1になるようにしている。

 当然、滝川先輩も美留和先輩もそれが分かっているから常に2対1になるよう攻め続けている。でも、俺は剣道部ナンバー1とナンバー2の攻めを受け流しつつ1対1の状況を作り出して容赦なく小手を、正確には手首をピンポイントで集中的に攻めている。そう、わざと懐に飛び込まず、相手が繰り出してきた手を集中的に攻めているのだ。それが分かっていても滝川先輩と美留和先輩は攻め続けている。これは試合ではない。言うなれば『死合』だ。どちらが先に根を上げるかの勝負なのだ。

 この延長は時間制限がない。おそらく5分はとっくに超えているから美留和先輩も滝川先輩も既に肩で息をしながら攻め続けているのが俺には分かる。でも、二人とも足を止める訳にはいかない。俺が場所を少しずつ変えながらも常にしているから、攻撃の手を緩める訳にはいかないのだ。

 だが、俺は滝川先輩が繰り出した竹刀を右の大刀で受け流して、そこに左の小刀で竹刀を持つ右の小手を、いや右手首を強烈に叩きつけた事で滝川先輩は右手を竹刀から離してしまった。その一瞬の隙を突いて右の大刀で強烈に滝川先輩の竹刀を叩いて滝川先輩の竹刀を弾き飛ばした。振り向きざまに美留和先輩が繰り出した竹刀を右の大刀で受け流し左の小刀で右の小手を、いや右手首を強烈に叩きつけた事で美留和先輩も右手を竹刀から離してしまったが、ほぼ同時に左手も離してしまい竹刀を落とした。

 そのまま俺は美留和先輩の懐に飛び込み、右の大刀を真っすぐに、ほぼ美留和先輩の面の正面に向かって突きつけた。美留和先輩は両手で防ごうとしたが間に合わず、俺は美留和先輩の眼前に大刀を真っ直ぐ突き出した!


 が・・・・俺が繰り出した大刀は美留和先輩の面に触れるか触れないかの所で止まった。そう、まるで再生中の録画を一時停止したかのように・・・


 会場は静寂が支配した。いや、まるで時間が止まったかのように誰一人として動こうとしなかった・・・


 美留和先輩は固まっていたけど、やがて両手を降ろして膝をついた。そのまましゃがみ込み、土下座するような恰好になった。


「・・・負け、ました」


 それだけ言うと美留和先輩は「う、ううう・・・うわーーーーーん」と、そのままの姿勢で号泣した。


『勝負あり』

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