第73話 大成、エキシビジョンマッチをやる⑥~有構無構~

 美留和びるわ先輩は一度座ると自分で面を静かに外し、黙って俺を見ていた。

 俺はというと・・・一度座ると今までつけていた面を外そうとした。いや、かえでが俺のところに来て「ニコッ」と微笑んでから俺の面に手を掛けたので、俺は「楓、頼んだぞ」と言って楓に全てを任せた。楓が俺の面だけでなく俺の全ての防具を外し、その間にみどり鵜苫うとま伯父さんのところへ行って、伯父さんが持っていた物を受け取ると俺の所へ戻ってきた。青葉あおばはニコニコしながら俺を見ている。

 緑が持ってきた物、それは竹刀袋だ。

 その竹刀袋に入っていた物を緑が取り出した時、会場内から歓声というか驚きの声が上がった。そう、そこにはが入っていたからだ。

 当然だが剣道部のメンバーも全員が驚きの声を上げた。無理もない、剣道では二刀流は認められているが、二刀流を試合でやっていいのは大学生以上だからだ。高校生以下は二刀流で試合する事が禁止されているから、ジイは事前に「これは試合ではない」と念押ししていたのだ。

 しかも俺は全ての防具を外しているのだから、傍から見たら無謀以外の何物でもない。普通ならこの状態で竹刀が当たったら、あざ程度では済まないのは素人でも分かる。

 全ての防具を外した俺に緑は

「兄貴、負けるなよ」

 それだけ言うと「ニコッ」と微笑んで俺に大小2本の竹刀を渡した。それを俺は黙って受け取ると立ち上がった。


「延長戦を始める。両者前へ」


 そうジイが言ったので美留和先輩も面を再びつけて立ち上がった。

 美留和先輩は開始線のところへ立ったら困惑したような仕草をしながら

「・・・駒里こまさと君、本気なの?防具もつけずに試合に挑むなんて」

「ああ、元々俺はが先では後だからな。むしろ俺にとっては、これが本来の姿だ」

「怪我をしても、わたくしは責任を負いかねますよ」

「構いませんよ。ただし、それは美留和先輩の竹刀が俺に触れられたら、の話ですよね」

「・・・それもそうね。さっきはに等しいから、本気の本気で挑んで君を倒すしかなさそうね」

「頑張って下さい」

「まあ、これで負けたらホントにプライドはズタズタでしょうね」

「・・・両者、私語はそのくらいでお終いにしたまえ」


 そうジイが言ったので、俺も美留和先輩も喋るのをやめた。

「えー、それでは延長戦を始めるが、制限時間は無しじゃ。どちらかが1本取った時に勝ちとする。よろしいな」

 俺も美留和先輩も無言で首を縦に振った。

「・・・大成たいせい、1つだけ言っておくが

「ジイ、分かってる」

 それだけ言うと俺は二本の竹刀を両手に持った。右手に大刀、左手に小刀だ。


「始め」


 ジイの掛け声で延長戦が始まった。だが、美留和先輩は先ほどとは違いすぐには前に出てこなかった。いや、もしかしたら二刀流と戦った事がないから警戒しているのかもしれない。

 俺はというと・・・簡単に言えば二本の竹刀を持ったまま腕を降ろし、一見するとような感じだ。つまり、俗に言う、いわゆる『下段の構え』なのだ。

 でも、美留和先輩はそれを知らないらしく

「ちょ、ちょっと駒里君!ふざけているつもり?どうして構えないの?」

「美留和先輩、二刀流の極意は『有構無構かまえあってかまえなし』ですよ。どんな時にも、どんな敵にも対処できる、ただ『斬る』という目的のために最も振り良い位置に太刀を置くことこそが構えそのものであるという、実に合理的な考え方ですよ。『五輪書ごりんのしょ』を読んで心構えを勉強して下さいね」

「・・・まあ、たしかに『五輪書』は読んだ事がないから駒里君には失礼な事を言ったわ。そこは認めるわよ。でも1つだけ教えて」

「・・・いいですよ」

「その二刀流を駒里君に教えたのは駒里先生なの?」

「いや、違う」

「じゃあ誰なの?」

「それは二つ目の質問です。その質問に対する回答は拒否します」

「・・・それもそうね」

「まあ、俺の師匠がこの構えをしているから、俺も自然とこの構えをしていると言った方が正しいですけどね」

「・・・・・」

「何も言わないなら、こちらから行きますよ」

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