第65話 大成、1本の電話に血相を変える

 今日も俺の右にはかえで、左にはみどり、前に青葉あおばという並びで学校へ向かう事になったけど、既に校内の隅々まで話が行き渡っていると見えて誰も騒がなくなった。何となくだが『これが自然』になってしまったのかもしれない。

 俺は正直、校内で『土曜日に俺が広内金ひろうちがね先輩とデートしていた』、あるいは『土曜日に俺がどこかの美少女と会っていた』などという噂話が出ているかと思ってヒヤヒヤしていたのも事実だが、登校しても、昼休みになっても、ましてや放課後になってもそんな話は出てこなかったのでホッとしている。まあ、俺が緑と一緒に伊勢国書店にいたというのは川湯温かわゆねさんと森簾もりみすさんに店内でバッタリあったから既にバレてるけど、緑が俺の妹だというのを二人とも知ってるから「あれ?駒里こまさと君、今日は妹ちゃんとお出掛けなの?」程度の会話で終わったし、その事で変な(?)噂話が出回っている訳でもなかった。


 そのまま放課後。


 いつも通り生徒会メンバー6人が集まっている。6人いるという事は当たり前だが広内金先輩もいるのだが、いつも通りノーメイクでガサツな態度は先週のままだし、俺に接する態度も先週までと全然変わってない。どうやら別れ際に言った通り『彼女にしたくない女ナンバー1』『史上最怖(?)の風紀委員長』として振舞っているようだ。

「・・・ところで虎杖浜こじょうはま先輩、生徒総会の冊子原案の手直し、終わってる?」

「あー、大丈夫ですよ。会長から言われた箇所と恵比島えびしま君から指摘があった点は修正済です」

「ありがとう。これで修正は全部終わりだと思うけど・・・」

「ちょっと待ってくれ!」

 青葉の話を折るようなタイミングで広内金先輩が割り込んできた。しかも珍しく真面目な顔をしている。

「あー、はい。華苗穂かなほ先輩、何かあったんですか?」

「会長、ボクは以前にも言ったはずだぞ。どうして女子の制服規則の改定に関する提案事項がゴッソリ削られてるんだ?これで2回目だぞ!」

「えっ?私はそんな事をした覚えはないですよ?」

「あー、それはおれの権限で削った」

「えびしまー!」

 いきなり恵比島えびしま先輩がクールな表情で割り込んできた。しかもそれを見た広内金先輩は明らかに激怒した顔をしている。土曜日に見せた優雅な顔とは別人のような広内金先輩に、明らかに青葉はビビっている。でも、そんな広内金先輩を前にしても恵比島先輩のクールな表情は全然変わってない。

「当たり前だ。そんな話が生徒総会で承認される訳がない」

「やってみないと分からない!」

「既にらん先生と事前にすり合わせもした。生徒指導担当の蕗ノ台ふきのだい先生とも金曜日の昼休みに折衝した。二人にお願いして今日の職員会議で提案してくれるように頼んでみたけど『一応提案してみるけど多分無理だろうな』って言ってたから削った。職員会議か生徒総会のどちらかで承認されれば正式に校則改定の発議ができるが、どちらも期待薄の事案に労力をかける意味はない」

「そんなのやってみないと分からないだろ?勝手に削るなあ!」

「それに、この提案と提案趣旨の説明を入れると行数の関係で1ページ増える。こんなアホらしい提案で紙を無駄にしたくない」

「アホらしいとはなんだー!」

「ちょ、ちょっと華苗穂先輩、落ち着いて下さい!」

 いきなり広内金先輩がテーブルを『ドン!』と叩いて立ち上がったから、慌てて美利河ぴりかさんが横から止めに入ったけど広内金先輩が納得してないのは明白だ。


“プルプルプルー、プルプルプルー”


 あれ?何でこんな時に内線電話が鳴るんだ?生徒会室に内線で連絡してくるのは一般生徒ではなく先生方しか有り得ない。校長先生や一部の理事が連絡してくる可能性もあるけど、普通は先生、それも蘭先生しか有り得ない。

 いきなり内線電話が鳴ったから広内金先輩も水を差された格好になって「何だあ?」という表情をしているし、それは青葉も同じだ。恵比島先輩だけはクールな表情を崩してない。

「たいせー、悪いけど電話に出てー」

「はいはい、分かりましたよ」

 俺はそう言うと立ち上がって内線電話を取った。

「もしもし」

『もしもし。あー、その声は駒里だな?』

「へ?鬼鹿おにしか先生ですかあ!?」

『そうだ。そこに串内くしないはいるか?』

「青葉ですか?ここにいますよ」

『すぐ校長室へ来るように言ってくれ!』

「ちょ、ちょっと鬼鹿先生、そんなに慌てた声で何を言ってるんですか?」

『とにかく急いで来てくれ!恵比島と広内金もいるなら三役まとめて校長室へ来い!』

「どういう事ですか?」

美留和びるわの奴、職員会議に乱入して校長先生へ直訴してきたんだ!これだけ言えばお前にも意味が分かるだろ!』

「マジですかあ!?」

『とにかく、すぐに来るように伝えてくれ!』

「分かりました。すぐに行くよう伝えます」

 俺は内線電話を切ったけど、事態は明らかに風雲急を告げている。正直、美留和先輩の暴走に内心では「勘弁してくれよお」と文句を言いたいほどだ。

 だけど、青葉は俺のそんな気持ちを知ってか知らずか呑気に

「たいせー、鬼鹿先生がどうしたの?結構慌ててたみたいだけど?」

「青葉、そんな呑気な事を言ってる場合じゃあない!」

「「「「「どういう事?」」」」」

 いきなり俺が半ばキレ気味に大声を上げたから他の5人の頭の上には『?』マークが2、3個つく位の表情で疑問の声を上げた。

 だが、その次の言葉で全員の表情が変わった。

「美留和先輩が職員会議に乱入した!」

「「「「「はあ!?」」」」」

「しかも校長先生に直訴したようなんだ」

 この言葉が全員が沈黙したが、最初に沈黙を破ったのは恵比島先輩だった。

「・・・とういう事は駒里、直訴したのは例の件って事か?」

「恐らく。鬼鹿先生は言ってなかったけど、それしか考えられないです!」

「マジかよ!?美留和クン、何て事をしてくれたんだ!」

「下手をしたら停学だぞ。あいつ、それを分かっているのか?」

「恵比島先輩、広内金先輩、そんな事を言ってる場合ではありません!とにかく青葉を含めた三役はすぐに校長室へ来いって鬼鹿先生が言ってましたから行って下さい!」

「分かったわ。華苗穂先輩、恵比島先輩、校長室へ行きましょう」

 そう言うと青葉は立ち上がったけど、恵比島先輩と広内金先輩は明らかに迷惑顔で立ち上がった。

「勘弁して欲しいぞ!ボクも美留和クンの尻ぬぐいはゴメンだぞ」

「それはお互い様だ。今日は貧乏くじを引いたな」

「そうも言ってられない。美留和クンを宥めに行くかしかないだろ?」

「そうだな」

「「はーーー・・・・」」

 青葉に続いて広内金先輩、恵比島先輩も生徒会室を出て行ったから俺と虎杖浜先輩、美利河さんは生徒会室で待ちぼうけの形になってしまった。

「・・・それにしても美留和先輩、勘弁してくれよなあ」

「ホントですよねー」

「僕も同感ですよ。ある意味、恵比島君と広内金さんの口論以上の問題ですからねえ」

「・・・校則改定の件は恵比島先輩の方が正論だと俺も思うから、広内金先輩が引き下がるしか手がないと思うけど・・・」

「そうですよね、華苗穂先輩もゴリ押しなのは自分でも分かってるし・・・」

「でも、こっちの問題は美留和さんに非がある上に美留和さんが引き下がるとは思えないですから、余計に質が悪いよ」

「そうだよな」

「「「はーーーーー・・・」」」

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