第62話 大成、先輩の振舞いの真意を知る

「未来が無い?どういう事ですか?」

「・・・・・」

 それだけ言うと華苗穂かなほ先輩は黙ってしまった。俺は何か聞いてはいけない質問をしたような気になって、俺も先輩と同じく黙ってしまった。

 そのままお互いに無言の時間が1、2分続いたけど不意に華苗穂先輩が俺の方を向いて

「・・・ボクは男から嫌われるように振舞っていると言った方が正しいかもしれない」

「・・・どういう事ですか?」

「仮に誰かがボクを好きになってくれたとしても、ボクがその人を好きになったとしても、絶対に別れる事になるからだ」

「別れる?」

「そうなった時に相手に失礼だから、わざと好かれないようにしていると言った方がいいかもしれない」

「それって・・・もしかして・・・」

「・・・ボクには親同士が勝手に決めた相手がいる」

「!!!!!」

「その相手の名前まではボクは知らない、いや、ボク自身が聞くのを拒否していると言った方が正しいかもしれない」

「・・・・・」

「もしボクが男の子だったら糸魚沢いといざわ院長の三人のお嬢さんの誰かと結婚させるつもりだったようだが、女の子だったから理事長の血筋の誰かの許嫁いいなづけにしたというのは中学1年の春の段階で知った。だけど、それ以上を聞くのが怖くてボク自身が父や母に聞くのを拒否している」

「・・・若菜わかな先生のところは三人とも女の子なのは俺も知ってる。まあ、いとこ同士の関係になるから知っていて当たり前だけどね」

「ま、そりゃあそうだろうな」

「理事長の血筋で独身の男性は悪いけど俺を含めて対象者が結構いる、というより殆ど男しかいなくて女の子の方が珍しいくらいだ。例外なのが若菜先生のところの三姉妹だけと言っても過言ではないから、対象が多すぎて誰なのか全然分からない・・・」

「政治家や財界の大物は、親族の婚姻は親が決めるというのはよく耳にする話だ。糸魚沢理事長や糸魚沢院長としても広内金ひろうちがね家の財力を背景にして事業を拡大したいという思惑があるし、広内金家も医療・福祉の分野に進出したいという思惑があるから、両者の思惑が一致したから本人の意思なんか無視して話を進めたと考えるのが自然だ」

「・・・それはいつ頃の話なんですか?」

「ボクが幼稚園の頃には既に決まってたらしい」

「マジですかあ!?」

「実際、ここ5、6年で糸魚沢病院との共同事業の形で広内金家は次々と医療・福祉の分野にも進出している」

「言われてみればそうですね」

「まあ、恐らく君は対象外だろうな。理事長の血筋には違いないけど、糸魚沢家と関係が薄く、ほぼ間違いなく駒里こまさと家の人間と言っていいからなあ」

「たしかに・・・俺は糸魚沢家にはほとんど関わってませんから」

「でも、正直に言うけど君が糸魚沢理事長の血筋になるとは今日まで知らなかったぞ」

「俺は広内金先輩がセレブのお嬢様だという事そのものを知りませんでしたよ」

「おいおい、まだ罰ゲームは終わってないぞ」

「あっ!すみません、華苗穂先輩って呼ばないと駄目でしたね」

「まあいいや、どうせもうすぐ札幌駅だ。そうなれば君とは改札口でお別れだから、いまさら『華苗穂先輩と呼べ』と言っても意味がない」

「すみません・・・」

「・・・ま、ボクが広内金という物を全部捨てて相手と駆け落ちでもすれば、あるいは強引に既成事実を作っちゃえば認めてくれるかなあって考えた事があるけど、下手をすると相手の親族をも破滅に導きかねないから、中学1年の秋頃にはボクは恋愛という物を諦めたよ」

「・・・・・」

「・・・話を戻すけど、この話は父と母が決めた事なのでお爺様やお婆様は関与していない。ただ、二人とも父から聞いてるはずだ。兄や姉もそうだ。実際、既に二人とも事実上結婚が決まっているけど、親同士が勝手に決めた結婚で二人共それを受け入れた。喜んで受け入れたかどうかまではボクは知らない、いや、ボクが聞くのを拒んでると言うべきかな。まだ公にはしてないが、聞けば大成たいせいだったら腰を抜かすような大物の子だからなあ。ボクだって聞いた時にはマジで腰を抜かしそうになったほどだ」

「・・・・・」

「それに、お爺様はともかくお婆様がボクが私的にデートしていたなどと知ったら間違いなくボクを叱責するのは目に見ている。ある意味、昭和の人間だから『女が貞淑を守れないようでは駄目だ』とか言い出しかねないからなあ」

「あのー・・・先輩のお婆さんはそんなに怖い人なんですか?」

「ああ、その通りだ・・・広内金はな、『広内金家のゴッドマザー』とまで呼ばれている人物が知っているくらいなのだから、お爺様と総帥の耳にも入ってるのは間違いないだろう」

「あのー・・・話の腰を折るようで申し訳ないですけど、『ゴッドマザー』なら総帥の奥様にあたる人の方が相応しいんじゃあないですか?」

「・・・元々、総帥の奥様はお婆様の双子の妹だ。しかもボクが生まれた直後に亡くなっているけど、それ以前からお婆様は『ゴッドマザー』だったんだからな」

「マジですかあ!?」

「あくまでお爺様の話だけど、元々は双子の姉が兄である山東雲さんとううん、妹が弟である山大樹さんたいきの妻になる筈だったのだが、なぜか姉妹の方が、互いに逆の方を気に入ったのでトレードみたいな形でお婆様がお爺様と結婚する事になったらしい。双子だったし、どちらと結婚しても広内金家の妻になるのは一緒だったからスムーズに話は決まったらしいけどね」

「いわば、『北のホテル王』をも動かす、まさに女帝といえる人物が先輩の祖母という事ですね」

「その通り」

「だからさっき紅葉山もみじやまさんに言われた時に焦ったんですね」

「そういう事だ」

「だったらあの店に行かなければ良かったじゃあないですか?」

大狩部おおかりべさん・・・あのマスター大狩部拓北たくぼくさんは口が堅く、お爺様や父とも個人的信頼関係がある。だからあの店は閉店後にお爺様や父が財界や政治家の超大物本人やその秘書と秘密裏の会談をする場所として使われる事もしばしばあるくらいのところだから、ボクも安心して使ってるというのもある」

「その話は本当ですか?」

「嘘じゃあない」

「大人の世界って結構複雑なんですね」

「そう言う事だ。表に出せない問題や私的な相談事をする時に、世間の目や新聞記者の目を誤魔化す意味でもあの喫茶店はうってつけなのさ。普通、こういう話は料亭でやるって誰しも思うから、まさにあの喫茶店は『灯台下暗とうだいもとくらし』だね。世の中、綺麗ごとだけでは動かないという事だ」

「その店に紅葉山さんがいたのが大誤算だったという事ですか?」

「まあ、それは事実だな」

「お互い、紅葉山さんには色々とやられてますからねえ・・・」

「・・・仮定の話だが、ボクが本当に君の許嫁だと知ってたら罰ゲームと称して君をお婆様のところへ強引に連れていくはずだぞ。そうすれば君は糸魚沢病院だけでなく駒里建設と駒里運輸も人質に取られたも同然になるから、昨日の言葉ではないが校内中に君との噂話を広げる事なんか容易い」

「そうかもしれないですね」

「お婆様はそれくらいの威光を放ってる。まあ、さすがにお婆様の機嫌を損ねる事がなければ普段の生活態度や行動を咎められる事はしない。お婆様も根は温厚な方だからな。その証拠に、母が軽自動車に乗って自分で買い物へ行く事も広内金家の者からすれば非常識であるけど、お婆様は逆に『広内金という家を一般の人に知ってもらう、大変良き行動である』と言って褒めているくらいだからな」

「へえ」

「君が本当にボクの・・・」

「ん?何か言いましたか?」

「い、いや、何でもない」

「?????  (・・? 」

 それっきり、俺と華苗穂先輩は黙ってしまった・・・。

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