第60話 大成、二人で『あーん』をする

 俺は華苗穂かなほ先輩の一言で固まってしまった。そう言えば、どっちが先に相手に食べさせる、つまり、逆に言えばどっちが先に『あーん』をするのかという事を全然考えてなかった。

「あ、あのー・・・」

「そ、それは当然だが君が先に『あーん』をするに決まってる」

「ちょ、ちょっと待ってください、ここはレディファーストで先輩が先に『あーん』すべきです!」

「そ、それはおかしいぞ!ここは男である大成たいせいが先にすべきだ!」

「こういうイベントは女の子の方が『あーん』して男の子が食べさせてやるのが普通ですから先輩が先に『あーん』すべきです!」

「それは君の妄想に過ぎない!当然君が先に『あーん』すべきだ。これは風紀委員長としての命令だ!」

「こんなところでは風紀委員長などという肩書は意味がありません!」

「じゃあ先輩命令だ!大成、『あーん』するんだ!」

「そんなの無茶苦茶です!だいたい先輩は3月生まれで俺は4月生まれです!しかも誕生日の関係で3週間ほどしか違ってませんから、この程度で先輩後輩だと言うのは間違ってます!」

「3週間だろうと先に生まれたのはボクだ!しかも1学年上なんだから先輩の命令に従え!」

「冗談じゃあありません!とにかくここは超美少女の先輩が先に『あーん』するべきです!」

「こんなところで媚を売っても無駄だ!とにかく大成が先だ」

「いいえ、先輩です!」

「いいや、大成だ!」

「先輩です!」

「大成!」

「先輩!」

 とうとう俺たちは立ち上がって睨み合いになったけど、睨み合ったところで解決する訳じゃあない。結局はどっちかがやるしかないのだ。お互いの破滅を防ぐ意味でも・・・

「あのー・・・先輩」

「・・・何だ?」

「ジャンケンで決めますか?」

「・・・却下」

「何故ですか?」

「ボクはジャンケンが弱い」

「ジャンケンは運ですよ。確率二分の一です」

「絶対に却下!」

「それじゃあ、どうすればいいんですか?ジャンケンでなければコイントスで決めるつもりですか?」

「はーーー・・・」

 そうため息をつくと再び華苗穂先輩は椅子に座った。俺もちょっと頭に血が上ったのを反省して座る事にした。

「・・・大成、運が介在する方法はやめよう」

「じゃあ、どうするつもりですか?」

「・・・同時にやろう」

「へ?・・・」

「つまり、お互いに『あーん』して、お互いに食べさせるという事でどうだ?」

「・・・それなら文句ないです」

「じゃあ決まりだ」

 そう言うとお互いにパッキーを1本ずつ右手に持ったけど、俺も華苗穂先輩も右手がブルブル震えているのが丸分かりだ。

「いいか、『1・2・3』で同時に口を開けるんだぞ」

「先輩、『ん』は口を閉じないと発音できませんよ」

「うっ・・・たしかに」

「それなら『3・2・1・0』のカウントダウンの方がいいです。『お』の列の発音をする時は必ず口を縦に開くから、『あーん』するのと同じになります」

「分かった・・・いいか、『3・2・1・0』だぞ」

「いいですよ。俺が言いますよ」

「いいや、ボクが言う」

「俺が・・・先輩、また口論になるからやめましょう」

「そうだな・・・じゃあ、同時にいくぞ」

「ええ」

「せーの!」

「「3・2・1・ゼロ!」」

 俺たちはほぼ同時に素早く相手の口にパッキーを入れて食べさせた。い、いや、食べさせるというよりは互いの口に無理矢理押し込んだ形だ!

 そのまま俺も華苗穂先輩もあっという間に食べ切って殆ど同時にカウンターを向いたけど、言い出した本人の紅葉山もみじやまさんは拍手しているしマスターも紅葉山さんの横に立って拍手している。

「「こ、これでいいですよね!」」

「うーん、1本じゃあ駄目ね。そうだよね、お爺ちゃん」

「そうそう」

 それだけ言うと紅葉山さんもマスターもお互いの顔を見合わせてニコッと笑った。

 当然だが俺も華苗穂先輩も納得できない!

「えー、勘弁してくださいよお」

「そうだそうだ!約束は守ったぞ!!ボクとしてはこれで十分だと思うぞ!!」

「だってさあ、周りのお客さんだって『全然ダメ』って顔をしてるわよー」

「「はあ?」」

 そう言われて俺と華苗穂先輩は「ハッ!」となった。全然気付いてなかったけど、この店にいた他のお客さんが俺たちのテーブルを見て拍手していた。しかも全員が『もう1回、もう1回』言わんばかりの顔をしている!

「おふたりさーん、ぜーんぶ食べさせないとみんな納得しないわよー」

「そういう事ですよ」

 紅葉山さんとマスターが言うと他のお客さんも「そうだぞー」「もう1回やれー」「罰ゲームだからと言って手を抜くなー」「頑張れー」とか言ってる!マジで勘弁してくれえ!!

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