第54話 大成、バブルの亡霊の存在を知る

「ボクと犬猿の仲だから排除しているのではない。今の彼女の家はセレブと呼ぶのは無理があるからだ」

「どういう事なんですか?」

「それを言うとボクの生まれる前まで歴史をさかのぼる事になるのだが、あまりボクも昔の話は詳しくない。今は見なくなったけど、マルの中に美しいという漢字が書かれたマークのカニサケ秋刀魚サンマの缶詰を覚えてるか?」

「えっ?まさか・・・あの水産会社の・・・」

「そういう事だ。マルミのマークで知られた『マルミ水産』の創業者であり、かつて『北の水産王すいさんおう』と呼ばれた美留和びるわ国縫くんぬい美留和びるわクンだ」

「マジですか!?」

「ああ。明治初期にニシンで巨万の富を築いたのは広内金ひろうちがね家と同じだが、広内金家はその後は石炭に軸足を移した事で広内金山遠矢さんとおやは『北の炭鉱王たんこうおう』となったが、美留和家はいわゆる北洋ほくよう漁業ぎょぎょうに軸足を移した事で美留和国縫は『北の水産王すいさんおう』と呼ばれるようになった。『北の炭鉱王』と『北の水産王』は互いに料亭で席を共にするほどの仲だったから、互いの領分である炭鉱事業と水産業を犯さない紳士協定を結んで戦後にかけて発展していったのさ。もちろん、他の分野では競合する事はあったけど良好な関係だった」

「・・・・・」

「でも、簡単に言えば1970年代の200海里問題で北洋漁業が危機に陥った後は、美留和クンの家は水産業主体から不動産やリゾート事業に経営の主体を移し、バルブの頃は飛ぶ鳥を落とすほどの勢いがあったのだが、逆にバブルの時にあちこち手を広げ過ぎた結果、バブル崩壊後に立て直す事ができず右肩下がりに業績が下がっていき、5年前に破綻状態になって経営再建どころか資産の多くを差し押さえられた挙句、メガバンクを中心にした企業団の支援を受けて解体的出直しを強いられているくらいなのだから、とてもではないが『お嬢様同盟』の中に入れるような家ではなくなってるのさ」

「そうなんですか・・・」

「言い方は悪いけど、美留和クンの家はまさに最後の『バブルの亡霊ぼうれい』であり、美留和クンは『元・セレブのお嬢様』と例えた方が分かりやすい」

「そうかもしれませんね、本人には失礼ですけど」

「それと、ボクはそう思ってないのだが美留和クン側が、いや、美留和クンの家が広内金家を嫌っているのさ。『うちの会社が作った物をタダ同然で買い取って成功させた成り上がり者』という感情を美留和クンの家が持っているという事だ」

「へ?・・・それってどういう事なんですか?」

「『北の水産王』美留和国縫はバブルが始まった頃には既にこの世にはいなかった。広内金家はエネルギーの主役が石炭から石油に代わった事でバルブが始まった時には経営再建の真っ最中で、『北の炭鉱王』広内金山遠矢は息子の山東雲さんとううん山大樹さんたいきに経営再建の全てを託して表舞台から引退し、その数年後にひっそりと亡くなった。広内金家はバルブが崩壊する直前にようやく再出発をしたから、逆にバブルに乗り遅れた『負け組』だったのが幸いしてバブル崩壊の影響を殆ど受けなかった。美留和クンの家が手放した幾つかのシティホテルを広内金家が買い取り、それをうまく軌道に乗せた事で広内金家は再び業績が上向いて、結果的に美留和クンの家が手掛けたリゾートホテルやスキー場、ゴルフ場、高級温泉旅館などは広内金家が全部元値の20分の1から50分の1、場所によっては100分の1という殆どタダ同然で買い取って、しかもそれを全部再建に成功させた事で『北の炭鉱王』の息子である広内金山東雲は『北のホテル王』と呼ばれるようになったんだから、美留和クンの家から見たら面白くないさ」

「たしかに・・・」

「広内金家がラッキーだったのは、経営再建が丁度バブルと重なった事で経営再建に20年以上かかると言われたのが3分の1程度の期間で済んだ事だ。全ての炭鉱が閉山して経営が破綻した事で、建築や運輸部門を始め多くの事業を縮小又は切り離してグループ全体の規模は一時は3分の1にまで小さくなったけど、昨年度には『北の炭鉱王』の最盛期の頃から比較しても20倍では済まないほどの規模にまでなったのも事実だ」

「マジですかあ!?」

「本当の話だ。でも、美留和クンの家が不幸なのはバブル崩壊によって経営が急に苦しくなったけど、経営再建を模索しつつ少しずつ経営規模を縮小していった事が仇になって、こんな時代になってから経営が破綻した事だ。お陰で美留和クンの家の個人資産の大半は差し押さえられたし、全ての経営権を手放す事にもなったから、今の美留和クンの家の個人資産は君の家の美容室といい勝負、いや、ほぼ間違いなく君の家の方が大きいぞ」

「そうなんですか・・・バブルが崩壊して20年以上経つのは俺も知ってますけど、たしかにバブルの呪いを今でも引きずっているような物ですね。美留和先輩側から見たら華苗穂かなほ先輩の家は恨み連なる相手というのは俺にも理解できますよ」

「そんな訳だから美留和クン本人もボクと話す事を避けているくらいだ」

「そうなんですか・・・」

「ある意味、全盛時の頃の美留和家のプライドだけは今でも持っているから、美留和クンは相当厄介だというのは君も知ってるはずだ」

「まあ、俺もそう思いますよ。女子剣道部が男子剣道部に吸収された最大の原因は美留和先輩本人ですからね。美留和先輩の実力は認めますけど、その話は恵比島えびしま先輩や鬼鹿おにしか先生からも愚痴として聞かされた事がありますから」

「そうか・・・ならこれ以上は話さなくてもいいな」

「そうですね。ですから」

「罰ゲームねえ・・・ま、シケた話は終わりにしよう」

「ええ」

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