第4話 大成、今年も青葉と同じクラスになる

 俺たちが通っている私立清風山せいふうざん高校は今年で創立70周年を迎える伝統校だ。俺と青葉は2年生だから第69期生という事になる。

 地名は清風山だが実際にはなだらかな丘のような場所で、清風山高校はその中腹にあたる場所に建てられている。俺と青葉の家から学校までは徒歩で15分くらいだ。この学校が創立された当初は付近には住宅がほとんどなかったので広大な敷地を確保できたのだが、今は周辺の宅地化が進み学校周辺に農地を見る事が出来なくなっている。そのあたりは学校の空撮写真や地図を年代に沿って並べると変化が一目瞭然で分かる。

 各学年のクラスは8クラス、全校生徒の数は800人を超える学校で人工芝の陸上競技場と野球場、サッカー場を有し、他にもテニスコートやラグビー場、屋内練習場も完備していて、それ以外にも大小2つの体育館や弓道場、プール、2階建ての武道館もあり、他にも講堂や隣接した敷地には遠方出身者のための寄宿舎もある。

 もちろん、学習の場として本校舎には視聴覚教室や化学実験室、調理実習室、情報処理室、音楽室、図書室、小ホールなどもあり1階には500人近くが一度に入れる食堂、購買もありソフト、ハード面も充実している。

 でも、今日の学校周辺は閑散としている。一部の運動部の連中は練習のために登校しているけど一般の生徒はまだ春休みなのだから今日は登校してないのだ。だから俺と青葉がこの15分ほどの間に見た連中というのは両手の指で数えられるほどだった。

 今年の俺たちのクラスはまだ公表されていない。仕方なく俺と青葉あおばは3月までの靴箱に靴を入れ・・・まあ、青葉は縦三段あるうちの一番上、俺は青葉の下で真ん中の段だ。青葉とは1年生の時は同じクラスだったから、当然靴箱は出席番号順にあてがわれていて青葉は出席番号10番で、俺は11番だから青葉の下だ。

 その去年までと同じ場所に靴を入れて、上靴を自分の鞄から取り出して履いた後は職員室へ。今日は生徒会の仕事のために登校したのだから、まずは原稿を生徒会顧問の先生に渡す必要がある。当然ではあるが最初に職員室へ向かう事になる。

 でも、4月だから当然3月までとは机の並びが違う。だから職員室入り口にある教師の配置図を確認してから行く事になる。

「えーと、東室ひがしむろ先生、東室・・・東室ひがしむろらん・・・あった、ここね。今年は2年1組かあ。となると、もしかして担任かもね」

「確率2分の1だな。俺も青葉も1組か2組のどちらかしかありえないからな」

「そうね。まあ取りあえず入りましょう」

「そうだな」

 青葉は職員室の扉を元気よくあけた。

「おはようございまーす」

 普段のこの時間なら先生と生徒でごった返しているが、今日は形式的には春休みだから先生方しかいない。さすがに春休みに早朝練習をやる程の運動部はないし、運動部の連中は部の活動場所か部室に行くから職員室に来る物好きはいないからなあ。

 俺たちは配置図にあった場所にいた東室先生、まあ、生徒の間では苗字の「ひがしむろ」が長くて言い難いから名前の方のらん先生で呼ばれているが、その蘭先生の所へ行った。

「おはようございまーす、蘭先生」

「あら、おはよう。会長と書記さんの登場ですね」

 そう言うと蘭先生は右手の中指で眼鏡を少し上に持ち上げつつ俺と青葉にニコッと微笑んだ。

「相変わらずあなたたちは一緒に来ますねー。先生はちょっと羨ましいですよ」

「蘭先生、相変わらずとはちょっと酷いですー。それに『羨ましい』は語弊があると思います。他の生徒に勘違いされる原因を作られるのは困りますよー」

串内くしないさん、そこが相変わらずなんですよ」

「 (・・? 」

 はー・・・青葉の奴、やっぱり俺の事を空気としか思ってないのかあ?それとも・・・

「あー!もしかして蘭先生、来月誕生日だっていうのに苗字が『ひがしむろ』のままなのを僻んでるんですかあ!?」

「う、うるさいわね!北浜きたはま先生だって去年の夏に36歳で結婚したんだから、まだわたしは来月になっても3年の猶予があるわよ!串内さん、そんな余計な詮索をしないで下さい!!」

「でもさあ、北浜先生は可能だったけど蘭先生は難しいと思うぞ」

「えっ?・・・駒里こまさと君、どうしてそう思うの?」

「そりゃあそうでしょ?だって北浜先生のフルネームは『北浜きたはま千歳ちとせ』だけど、元の名前は『高砂たかさご千歳ちとせ』。こう言えば蘭先生もピンと来ませんかねえ」

「そ、そんな事ないわよ!わたしにだって『東室ひがしむろらん』が『むろらん』になる可能性はあるわよ!!」

「蘭先生、可能性が1つしか無いとやっぱりキツイと思うわよ」

「ゼロじゃあないから希望は捨てないわ!それに無理矢理2つ3つ位くっ付けて『〇〇室蘭』とかでもいいし、それがダメなら誰かを婿養子に取るつもりよ!!だいたい、『蘭』の字が最初に来るのは『蘭越らんこし』『蘭島らんしま』『蘭留らんる』っていうのがあるのに、どうして一文字の『蘭』だけにしたのか、このわたし自身が知りたいくらいよ!」

「蘭だけだったら女性の名前にピッタリだけど、他の3つを女性の名前にするのは苦しいからじゃあないんですかねえ?」

「お願いだからそれだけは言わないでー!」

「蘭せんせー、きっと今年こそ素敵な出会いが待ってるから気落ちしないで下さいよお」

「串内さん!先生はあなたの言葉に感動したわ!!」

「でもねえ、作者がそう都合よく蘭先生の為にやってくれるんですかねえ」

「へ?・・・駒里君、作者って・・・誰の事?」

「そうそう、私も分からないから大成に教えて欲しいんだけど・・・」

「まあまあ、そこは俺でも上手く説明できないんだけど、とにかく、この世界の創造主は蘭先生を独身のままにしておきたい理由があるって事ですよ」

「えー!お願いだからそれだけは勘弁してよお」

「蘭せんせー、新学期を前にそんなに落ち込まないで下さいよお」

「はーーーー・・・まあ、それはいいとして串内さん、原稿はあるの?」

「あー、はい、ありますよー」

 そう言うと青葉は鞄からさっき印刷したA4の紙を入れたクリアファイルを取り出して蘭先生に渡した。

「・・・うーん、なるほどねえ、さすがともいうべき内容ね。後で返すから今は預かっておくわ」

「あー、はい、お願いします」

「それと串内さん、それに駒里君にも言っておくけど、明日は新入生よりも先に登校する事になるから靴は新しい場所に入れてね。あなたたち二人はわたしが受け持つ2年1組ですよ」

「はあ?また大成たいせいと一緒のクラスですかあ!?」

「あら?別のクラスの方が良かったの?」

「いや、そういう意味じゃあないんですけど、という事は来年も1組確定だから、こいつとは3年間同じクラスですよお。しかも出席番号も私が大成の前ですから、変わり映え無い事この上ないわよ」

「あらー、ますますもって羨ましいじゃあないの」

「蘭先生!『羨ましい』は取り消してくださいよお」

「またまたー、串内さんも照れなくてもいいわよー」

「勘弁して下さいよー」

「あー、そうそう、出席番号は串内さんが10番、駒里君が11番だから、去年と同じ番号ね」

「はああ・・・色々言いたいけど、『くし』と『こま』の間にあたる苗字の人がうちの科にはいないのだから、同じクラスなら並びが変わらないもの無理ないですね」

「そういう事ですよ」

「「・・・・・」」

「新しいクラス分けは入学式が終わった後に掲示されるけど、まあ、クラスの半分が入れ替わるだけだからあまり代わり映えしないわよねー。因みに2組の先生は去年の1年8組の担任だった蕨岱わらびたい先生ですよ」

「うわっ、あの堅物ですかあ!?」

「駒里君、今は蕨岱先生がいないからいいけど、本来ならその言い方は蕨岱先生に失礼です!」

「あー、すみません」

「まあ、蕨岱先生が堅物なのは先生も認めますよ。ここだけの話ですけど、この学校の教師は一癖も二癖もある人が揃ってますからねえ」

「蘭先生もその一員ですかあ?」

「駒里君、新学期初日から国語の課題を2倍与えてもいいんですよ」

「うわっ、今の発言は取り消させて頂きます」

「わかればよろしい。あ、そうそう、駒里君、明日の予定表を渡すから確認しておいてね」

 それだけ言うと蘭先生はニコッとして1枚のプリントを俺に渡した。俺と青葉もニコッとして軽く挨拶した後、職員室を出て今日の本当の目的地である生徒会室へ向かった。

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