○○箱なカノジョ
要 九十九
○○箱のいいところ1 『何でも入る』
「違う!」
俺の名前は佐藤太郎。運動もそこそこ出来て、勉強は中の上から、中の下を行ったり来たり、容姿も含め、至って普通の高校二年生。
そんな俺でも他とは違う事が一つあった。それは漫画家を目指しているという大きな夢がある事だ。
既に漫画雑誌の賞にだって応募している。今だってこんな風にバンバン漫画を描いて……
「これも違う!」
――漫画を描いて
「これもダメだ!」
――漫画を描いては
「これも、それもダメ! ダメ! ダメ!」
――漫画を描いてはいない
慣れた手付きで紙を丸め背後に放る。さっきから何度この流れを繰り返したか、正直覚えていない。
漫画雑誌に応募したのは本当だ。でも一つだけで、その結果もまだ返ってきてすらいない。
普通に生きてきた俺が、普通じゃない漫画を描こうとするのは本当に難しい事で、アイデア出しの段階でこうなっている。
漫画雑誌に出したものは、我ながら力作だとは思う……だが、他に作品を描こうとしても全く何も思い浮かばない。
「あぁ~! クソッ! 美少女のアシスタントでもいれば直ぐにでもいい作品作れそうなのに」
そんな馬鹿げた冗談を言いながら、紙を丸めて背後にまた投げる。
――瞬間。
目の前が真っ白になった。いや、別にモンスター同士の戦いに負けたとか、限界まで作業し続けたせいで倒れかけてとか、そういう話じゃない。実際に眩い光で視界が白く染まったのだ……
「あれ……?」
前言撤回! どうやら俺は作業し過ぎたみたいだ。だって、ゆっくり体が傾いて瞼も閉じていく。これは間違いなく気絶だ…………
……
…………
………………
………………うん?
そんな感覚も一瞬だった。机に置いてある時計を確認する。正確に時間を覚えていた訳じゃないが、多分数分も経っていない。何これ? 何かヤバイ病気なんじゃ?
ガサッ……
「えっ?」
後ろから大きな物音がして動けなくなる。俺の部屋は、ドアから入って手前にクローゼット、左側に机や本棚が並んでおり、右側にはベットや窓がある。
机に座っているとドアがイヤでも見えるので、何かが正式に入ってくるなら絶対に確認できる位置だ。
だが、何かが入って来たのは見ていない。いや、気絶(仮)中にドアを開けてきた可能性もなくはないが、背後には窓がある以上略式的なやり方で、誰かが無理矢理入って来た可能性だってある。
というか、あの物音は絶対に略式の方だ!今からナイフを突き付け金を出せと言われるか、もし相手がド変態なら服を脱げと要求してくるはずだ。
(俺にそんな趣味はねぇ!)
咄嗟にお尻を庇おうとするが、相手が筋骨隆々な強盗なら庇った手ごと、ナニかが突き抜けて来るだろう……
(勘弁してくれよ! 頼むから、何でもするから!)
そんな言った事を逆手に取られて、酷い事をされそうな言葉を考えながら、意を決して後ろを振り向く事にする。
ガサッ、ガサッ…………
また大きな物音! つい俺は反撃する気はないと、アピールする為に両手を挙げてしまう。
「待て! 待ってくれ! 俺は出せる物なら何でも出す! だからお尻だけは……」
ゆっくりと、ゆっくりと振り向いた先にはいかにも強面の筋骨隆々な強盗がい…………ない?
「なん……だと?」
代わりに俺の背後にいたのは凄まじい美少女だった。
ベットの上にちょこんと座った彼女はこちらをジッと見ている。
(そのシーツは一生洗わない……)
長く腰まで伸びたストレートな髪は光を反射するような綺麗な白色。
整ったお人形のような睫毛に、優しげな青い瞳と艶やかな唇。
顔と首を見て色白だと分かる。そして何より、体のラインが出にくそうな制服を着ているのに、胸がデカイ。片手で持て余しそうな大きな胸の下には、これまた両手でも抱えきれなそうな大きなボテ腹が……
――あれ?
目を擦ってウエストと呼ばれる部分をもう一度確認する。ふくよかな胸の下には、大きな大きな膨れ上がったボテ腹があった。
「身籠ってる!?」
着ている制服じゃ入りきらないのか、色白なお腹だけがぽっこり丸出しになっている。食いしん坊キャラが食べ過ぎて……なんてのはよく漫画で見るが、こんな美少女が腹丸出しなのはどうなのか?
「……まぁ、アリ……かな?」
――即答だった。
「そうじゃない! 君、誰? こんな所で何を?」
流石に強盗ではないだろう。いや、可能性としてはなくはないかも知れないが、妊娠してる女の子が強盗は、背景が重すぎて俺のキャパを軽く超える。
「……私は、
「今、設定って言った!?」
「……冗談です」
落ち着いた、抑揚のない声音でそう言ってくる。
護博ミオ……勿論そんな名前に覚えはない。というか佐藤太郎という平々凡々な名前の俺からしたら、こんな珍しい名前は絶対に忘れないだろう。ま、まぁ……美少女だからというのも多少はあるが。
「で? 名前の他には?」
「……………………」
「いや……」
「……………………」
「あの……」
「……………………」
「それだけかよっ!?」
終始無言な彼女に思わず突っ込みを入れる。俺の話ちゃんと聞いてる?
「なぁ? ここは俺の家で、あんたは全く知らない人間だ。だからそろそろ帰ってくれないか?」
正直、美少女来たぁぁぁぁぁ! って喜びより 、いつの間にか部屋に居たという不気味さの方が勝って、さっきから怖くて仕方ない。丁寧に帰る事を勧めたが、許されるなら今から部屋を飛び出して、下にいるだろう母さんに通報を頼みたいくらいだ。
「………………」
「さっきから人の話、聞いてるか?」
「…………いて」
「えっ? 何だって?」
「……こんな体にしておいて」
「……ん?」
今何て言った? 聞き間違いだろう。そんなはずはない! もう一度ゆっくり聞いてみよう……
「……こんな体にしておいて」
「やっぱり言ってた!?」
「……こんな体にしておいて」
「いや、それ何回言うの! 壊れたロボットみたいだからもう止めて!」
どういうことだ? 全く身に覚えがない。というか、まず俺童貞だし!
「……責任はとって貰います」
「俺、何にもやってないのに責任!? ねぇ? 俺何したの?」
責任という重い言葉に動揺が隠せない。いつ、何処で、ナニしたの? 俺ぇぇぇ!!
「……あんなに激しく入れておいて忘れたの?」
「ナニを!? いや何を!?」
この子は本当に何を言っているんだ? いきなり部屋に現れたと思ったら、身に覚えもないお腹の子は俺のだと?
「お前、目的は何なんだ?」
分かってる! テレビで見た! きっと認知して貰いに来たんだ。もし、詐欺か何かなら、こんな甲斐性もない高校生の所までわざわざ来ないはずだ!
もしかして俺に記憶がないだけで、酒に酔った(未成年で舐めた事すらありません)とか、夜の町で出会ってそのまま(夜十一時以降は家を出ません)とか、勢い的な何かで、行く所まで行っちゃった可能性も……
「……私は」
「うん?」
「……あなたの役に立ちたい!」
そう言ってベットから立ち上がり、こちらに近付いてくる。その目は何だか艶っぽい……
「いや、ちょっと待って!」
俺の制止も聞かず、どんどん距離が縮まっていく。これ完全に抱き付く気なんじゃ?
「待って! まだ心の準備が!」
童貞には刺激が強すぎる! これはダメだ!
「ちょ! 本当にま…………」
――その時だった。
身を守るように出した俺の両手が、彼女の膨らんだお腹にぶつかり……
「………………」
「いや、心の準備って物がま……」
「オエッ! オロロロロロローー!」
彼女は見事に俺の前で吐いた……
「えぇーーーー!?」
「とりあえずティッシュを……」
「……あり……がとう。ウッ……」
床に座り込んだ美少女の背中を擦りながら、机の上にあるティッシュを渡す。彼女は口元の涎を拭きながら、まだ吐き気と少し戦っているようだ……
これが噂に聞くつわりなのか? いや、それにしてはお腹を押したから出たみたいな感じだったけど……
「えっ!?」
そこで気付く――彼女の見事にあったボテ腹が、完全にへこんでいる事に!
「何で? 何で?」
驚いて背中を擦りながら、お腹も触ってみる。
「……ちょ……やめ! くすぐった……フフフ!」
笑い始めた彼女を尻目に、背中とお腹がくっつきそうな程ひたすらまさぐってみたが、何処にも膨らみはなく、ウエストは元々のスリムな体型に合ったサイズに戻っていた。
「何だこれ? どういうことだ?」
訳が分からない。何がどうなっているのか? 笑いすぎて涙目になっている彼女にティッシュをまた差し出して、床に置いてある口元を拭いた紙くずを拾い、いつもの場所に投げ――ようとして気付く。
「俺のゴミ箱がない!?」
俺にとっての必需品。定位置に置かれているはずのゴミ箱がいつの間にかなくなっていた……
「どこ行ったんだ?」
机の上、ベット、本棚、クローゼット、彼女の吐いた物……からは目を逸らし、辺りを確認するが、影も形もない!
あれは亡くなった父親が昔買ってくれた俺の相棒とも言える物で、本当に大事にしていたのに……
「……あの」
「うん?」
「……私、知ってます」
そう手を挙げながら言う美少女。強盗説は否定していたが、妊娠していた訳じゃないなら話は別だ!
部屋をザッと確認したが、他に無くなっていた物はなかった。まさか、わざわざゴミ箱を盗みにここまで来たってのか? もしそうなら俺の知る中で一番の狂人はこの子だ!
「………………」
何も言わず彼女は自分を指差している。どういう意味だ? 自分が犯人だと自首してるのか?
「いや、どういう事?」
「……私が、そのゴミ箱です!」
「は?」
決まった……やっぱりこの子は俺が知る中で一番の狂人だった。とりあえずこの部屋から逃げよう。うん! そうしよう!
「……ちょっと、何処に」
立ち上がろうとした俺の腕を美少女が掴む。普段ならやったぜ! と内心ガッツポーズを取る所だが、今はそれ所じゃない! 逃げないと!
「本当にお願いだから離して! 部屋にあるものなら何でも持っていっていいから!」
「……そんなにイヤなの!? 待って、あれを見て! あれを!」
体全体で捕まえながら、俺の頭を自分が吐いた物に無理矢理向けさせようとする彼女…………何コレ? どんな新しいプレイ!? 人の吐瀉物を見る趣味は俺にはありません! ちょ! 本当にやめ……
「えっ?」
彼女が見せたのは見るに堪えない吐瀉物――何かではなく、俺がゴミ箱に何度も捨てていたくしゃくしゃに丸めたアイデア出しのメモの山だった……いや、よく見ると唾液みたいなのは沢山ついてるけど。
「で、本当に自分が俺のゴミ箱だと?」
「……はい」
とりあえず彼女の吐瀉物――もとい俺のメモを床に纏めつつ話を聞く。
「……太郎さんが上手くいかずに悲しそうだったんで、励ましたい! と思ったらこうなってて」
「うーん……」
確かに俺がアイデア出しすら、出来ずに苦しんでたのは本当だ。でも、だからといってこれだけで信用は出来ない。
「何か証拠は?」
「……証拠。あっ!」
彼女は床に纏めてあったメモの山を両手で掴み口に放り込んだ。
「何してんの!?」
咀嚼もなくぺろりと全てを呑み込んでしまう。
「嘘だろ……」
代わりにさっきのようにお腹がまた膨らんでいるのを見ると、ゴミ箱って話は信じるしかない!
「えいっ!」
「………………オエッ! オロロロロロローー!」
興味本意でまたお腹を押してみたが、綺麗にまたゴミを吐き出した。こんなガバガバなゴミ箱あるか? いや、種類にもよるがゴミを入れた後、傾けたら中身は普通こぼれる物で……そう考えたら、おかしな事ではない?
――その時だった。
ガチャリとドアが開き……
「太郎! あんた夏休みだからって朝からバタバタバタバタうるさ……いよ…………」
突然だが、俺の状況を説明しよう。
床には濡れた紙の山(唾液まみれの俺のメモ)、衣服の乱れた美少女(背中とお腹を擦ったのが原因)、半泣きの美少女(吐いた後だから)、これを普通の人が見たらどう思うか……
「…………………………」
――ガチャリ
「そっと閉じないで! 母さぁぁぁぁぁん!!」
叫び声を上げる俺を余所に、ゴミ箱の美少女との、この奇妙な生活が今始まったのだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます