第6話 フィナーレ

 9番最終ホール 555ヤード パー5。


 有戸、木藤は美華の豹変ぶりに動揺し調子を崩したが、武羅のデータを参考にし、その甲斐あってか一つのバーディーを取ることができ、+1ワンオーバーで52位タイ。


 美華は一から五番ホールは5連続バーディーだったが、さすがにショートホールではパーが精一杯でここまで+3スリーオーバーで63位タイ。


尾関が「もはやプレイしているのはこの三人で、58位タイの+2ツーオーバーが5人。予選通過の60位タイのボーダーラインは+2でほぼ決まりだな」


 美華のティーショット。


『ねこ~~パン~~』


 一本足打法で構える美華。


『チイィーーーーー!』


”ズドゴーーーーン!”


『エクセレントォーー!!』


 武羅の雄叫びとともに、ボールは280ヤード先の、バンカーと木の間に止まった。


「280ヤード! 尾関さん! こりゃもう世界ランキング選手並ですよ」


「馬鹿野郎! どこ見てやがる! ありゃ“飛ばしたんじゃねぇ”! 280ヤード先にあるバンカーと木の間のベストポジション、“あそこに置いたんだよ”!」


「じ、じゃあ……」


「ああ、闇雲にぶっ飛ばせば300,いや320はいくぜ。こりゃもう化け猫じゃねぇ。最早猫又プロはロングホールをミドルホールに変える《幻術師《イリュージョニスト》》だぜ!」


「でも尾関さん、この9番ホール。《5555フォーファイブ》の異名通り、今日バーディーとれたのは犬神プロと坂上プロだけですよ。有田プロと木藤プロはボギーでも56位タイで予選通過できますが、猫又プロはバーディーをとって+2ツーオーバーにしないと……」


「この9番ホールが5555と呼ばれるゆえん。ここのグリーンの外側はほとんどバンカーで包まれて、さらに表面は波のようにデコボコしている。高いボールで落とそうにも、うねりに当たってどこへ跳ね返されるかわからねぇ……」


 尾関の視線はグリーンへと向く。


「バーディーを取るにはグリーンの左側の唯一の安全地帯に落とすしかないが、例えそこに落としても、スピンでボールの動きを止められなければ転がってバンカーまで一直線。ただの飛ばし屋ではクリアできない、猫又プロの真骨頂が問われるわけだ」


 二打目、美華は相変わらず一本足打法で240ヤード稼ぎ、グリーン手前のフェアウェイに止める。


 尾関が

「真正面からいくのか! 犬神プロも坂上プロも二打目はグリーンの左側を狙っていったぞ!」


 有戸、木藤の第三打。


 双方ともグリーン左の安全地帯を狙うが、うまく止められずバンカーへと落ちる。


 赤木が

「やっぱりこのルートを狙うしかないですよね?」


 尾関が

「ああ、猫又プロ、そして武羅は何を考えているんだ?」


 美華の第三打。


『ねこぉ~! だまぁ~~! しぃ~~~!』


”ドッパァァーン!”


 フェアウェイを削り取り、ボールを直上に飛ばす美華。


 有戸が「まさか、イーグル狙いで直接イン!?」


 木藤が「ダメ! 全然足りない!」


”ポスッ!”


 ゆっくりと落ちてきた美華のボールは、手前のバンカーの最もグリーンに近い場所にめり込んだ。


 赤木が

「かなりめり込んで”目玉”になっちゃいましたね。あれじゃ波状のグリーンを超えて、それこそ直接インしないと……万事休すですね」


 尾関が

「だがな、二人の目の光は全く変わっちゃいねぇ。何をどうするつもりだ……?」


 有戸、木藤は四打目でバンカーから脱出し、続けて打ち木藤はパー、有戸はボギーでカップインし、予選通過が決定する。


 そして、美加の第四打目。

 ゆっくりとバンカーに入る美華。それを見た尾関の体に電流が走る!


『バンカーショット!』


「え? どうしたんですか尾関さん。バンカーでバンカーショットをするのは当たり前……」


「馬鹿野郎! 『ねこだまし』と叫びながらフェアウェイやラフにクレーターを作るあの打ち方! あれがすべてがバンカーショットだとしたら……」


「そ、そんな!」


「猫又プロにはフェアウェイだろうとバンカーだろうと、あの打ち方でボールを自由自在に”操れる”! 砂にボールを”めり込ませた”のも、一本足の着地でボールが動かない為だ! こいつぁひょっとして!」


「最初に謝っておくわ武羅。砂まみれにするね」


「お気になさらずに。むしろ逆境の中でのプレーこそ、擬人ゴルフクラブの、そしてプレイヤーの格が示されます」


「猫又美華流ショットの心得その二! プレーにおいてピンチやミスは存在しない! ここまでは”予定通り”よ! 後はフィナーレを飾るだけ!」


「かしこまりました。ここにいるすべての”観客”に魅せつけてやりましょう!


 ”私たち”が彩る『幻影イリュージョン』を!!」


 武羅を持ち、バンカー上をゆっくり歩き、そおっと構える美華。


『ねこぉ~!』


 そしてゆっくりと振りかぶりながら、左足を掲げる。


『だまぁ~~!』


 武羅の体が、美華の重心が、美華の左足が、インパクトの瞬間に一つになる。


『シイイィィィーーー!』


”ドッパアァァァーーン!”


 噴火のように砂が爆発し、その中からボールがゆっくりと浮かび上がる。


『『『出た!』』』


 観客、記者、そして他のゴルファーも心の中で叫ぶ。


 佐次が「チップイン狙いか!?」

 雷刃が「いや、それでもやや弱い!」


 ボールはピン手前に落ち、一回跳ねてカップへと向かう。


 尾関が

「いけるか!?」


”カーーーーン!”


 ボールはポールに当たり九時の方向、グリーンの左側へ跳ね返されて、


 ゆっくりと……止まった。


 赤木が

「止まった!」


 尾関が

「だめ……か」


 しかし犬神は妖しくつぶやいた。


「さぁ、どうかしらね……」


 ボールは1ミリ、2ミリとカップへと近づいてゆく。


 坂上が

「そんな! ポールに当たって回転は殺されているのに!?」


 赤木が

「尾関さん! あのボールの位置、そして動きは……」


 尾関が

「ああ、このグリーンの左側は唯一の安全ライン。今日、トッププロ達が何度もカップ左側のラインにボールを転がし、芝が“舗装された”、正に芝の高速道路、


《ハイウェイ・オブ・グラス》だ!」


『エクセレントォーー!』

『いっけぇーーー!』


 そしてショットを放って“初めて”武羅は雄叫びを上げ、美華はボールに向かって吠えた。


 坂上が

「ポールとの跳ね返り、そして着地地点どころか、芝の一つ一つまで読んでショットを放ったというの!? あの二人は!」


”カコーーーン!”  


『……ウオオォォォーーーー!』


 一瞬の沈黙の後、まるで決勝ラウンドの最終ホールみたいな大歓声に包まれた!


 砂まみれで抱き合う美華と武羅!


「ありがとうございました! ありがとうございました!」


 そして観客、記者、そして明日戦うであろう他のゴルファーに向かって挨拶する美華。


 皆はそれに拍手で答える。


「さぁ武羅! この勢いで明日からの決勝ラウンド、派手にぶっ飛ばすわよ!」


「御意!」


 ――数年後。マメリカ合衆国 首都ヤシントン 某所


「《ビアンカ》。執務室でパパと《ホーガスタ・マスターズ・トーナメント》中継を観たいだなんて珍しいね。もう女子プロゴルフ界においてはビアンカの敵なんて”宇宙人”ぐらいしかいないのにね。ハッハッハ!」


「実はねパパ。パパにちょっとお願いがあるの」


「なんだい? 試作宇宙戦闘機の《Fー777》はあげないよ。あれの1号機はパパのマイカー、スペースフォース・ワンにするんだからね」


「違うのパパ、今度パパが目本を訪問する時に総理大臣のゴンゾー・アンベとゴルフするでしょ? そのときに私も一緒に連れてってほしいの」


「それはかまわんが、これに出場している目本の女子プロのオカミもミヤも以前戦って、全然物足りないから“接待ゴルフ”に切り替えたって言ってたじゃないか? 何を今更……ん? ひょっとしてこの中継にビアンカが戦いたい女子プロがいるのかい?」


「そうよパパ、そこで私の新しい“ゴルフクラブ”の試し打ちもしたいの」


「新しいゴルフクラブって……ピンタゴンやMASAが造ったゴルフクラブも全部スクラップにしちゃって……ビ、ビアンカ! 後ろに立っているSP、いや“モノ”は! まさか!?」


 ビアンカが指を鳴らすと、SPは黒ずくめのスーツを脱ぎはじめ、やがて全身のたくましい筋肉を包み込む、胸にマメリカ国旗をあしらったピチピチのタイツスーツが表れた。


「紹介するわパパ、いや、パパは大統領就任時、《エリア55》で一度会っているわね。私の新しい“ゴルフクラブ”。何十年か前、レガン銀河プリントン星系からやってきた”隕石”の中で眠っていた、


《0番ウッド》の《クラーク》よ!」


 ビアンカ・カード。

 ファッションモデルであり、世界女子賞金ランキング一位の女子プロゴルファー。


 ついでに、マメリカ合衆国大統領、ドルイド・カードの愛娘であり、大統領補佐官の一員でもある。


 クラークは200インチのモニターに映る女子プロ、そして傍らに立つ擬人ゴルフクラブを見据えると、心の中で熱い闘志を燃やす。


(小惑星に封印され、この星へ墜とされた私を解放してくれた彼と……闘いたい!!)


 画面の下には


『MIKA NEKOMATA 《-5》 LEADER』と表示されていた……。



    ―― 完 ―― 

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へたれ女子プロと、ポンコツ2番ウッド 宇枝一夫 @kazuoueda

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