第5話 力の解放

 ティーグラウンドで待っている犬神や坂上に向けてお辞儀をする美華と武羅。


 オナーである犬神が微笑みながら雷刃に尋ねる。


「雷刃、“きば”の準備は出来て?」

「御意のままに。奥様」


「お、尾関さん! 犬神プロのあのスイングは!?」


 お座りした犬のように股を開き腰を落とし、犬神は雷刃を振り上げる。


「よく見ておけ。あれが犬神プロの真骨頂! スイングにおいて究極の形……」


 そして雷刃の足首を握った手首を空中に固定し、膝を伸ばし立ち上がりながら放つ犬神のスイングは、まるでスローモーションのように、音もなく真円の軌跡を描く。


『よっ! こらっ! ショットォ!』


「《女狼めろうの牙》だ!」


”ドゴーーーン!”

『ワォォーーーン!』


 雷刃の遠吠えとともに、ボールはフェアウェイ上空を貫いた!


 美華の一本足ショットを顔色変えず凝視する、昨年度賞金女王の坂上。


 それをニヤケ顔で眺める佐次。


(へっへっ! プロテストで美也に土をつけてトップで合格した美華。ようやく

『猫の皮を被った獅子』

の皮がはがれたって訳か?)


「佐次、あんたのふんどし、ちゃんと洗ってある?」


「おうよ美也ちゃん! おめぇさんの”おぱんつ”より真っ白だぜぃ!」


 そんなセクハラ冗談も、坂上は軽く微笑んだ。


「おあいにく様。今日の私の下着は、犬神プロの腹より真っ黒よ」


 坂上は佐次の右足首“のみ”を握り、体を極限までひねり、佐次を背中の向こう、さらに一回転してボールの右側までヘッドこめかみを移動させる。


 佐次の着物のすそがはだけ、真っ白なふんどしがさらされた。


「こ、今度は坂上プロが、か、片手打ちを!」


「ああ、美也38の名前通りの380度のめとひねりを加えた、対戦相手、いやツアー参加者全員の首を刈り取る」


『ぶっ飛ばせぇー! 美也ぁー!』


 佐次の叫びに坂上が吠える!


『ブラックタイガ~~~!』


「《黒虎の爪ブラックタイガークロー》だ!」


『クローーー!』


”ドゴオォーーーン!”


『くぅ~~! 五臓六腑に染み渡るぜぇーーー!』


 佐次の絶叫とともに、ボールは犬神よりわずか先で止まった。


 二人のティーショットに、山太は心の中で叫ぶ。


(い、いくら銘品同士とはいえ、さ、3番ウッドで1番ウッド越え!? な、なんなのこの二人! 今日は予選よ! ここは最終ホールよ! このまま無難にいけば予選通過は100%決まっているのよ! ー6シックスアンダーのトップ同士が、まるでサドンデスみたいな気合いじゃないの!)


 そしてパンがディーグラウンドに立つ。


(ぱ、パンプロ、いくらなんでも3位タイ、ー5ファイブアンダーの貴女は冷静でマイペースよね……)


「アンドロメダ・ワン! テイクオフ! レディ!」

「イエス! マイ、プリンセス!」


(いやあぁぁ! パンプロも本気になってるぅ~!)


(あれが坂上プロと同じく体を極限までひねって、振り子のような体重移動と楕円軌道のショットによってインパクトの最高速度を上げるスイングバイ・ショット、《銀河越え撃ち》か!?)


(ちょ! スサノオ! 逆になんであんたが冷静になって解説してるのよ!)


『マイ、プリンセス! ゴー! アンドロメダァー!!』


 アンドロメダ・ワンの絶叫に続き、パンが吠える。


『ビヨンド~~! ザ! ギャラクシィーー!!』


”ドグオォォーーーン!”


『シューティングスタァーー!』


 ロケットのように飛ばされたパンのボールは、坂上のさらに先へと転がった。


 グリーン手前80ヤード。美華のショット。


「美華様。ここは軽いショットで……」


「猫又美華流ショットの心得その一! 遠くに飛ばす時は低い弾道! 近くに飛ばす時は高い弾道で”思いっきり”打つこと!!」


「御意!」


『ねこ~』


 武羅を振り上げ、左膝も掲げる美華。


『だま~~』


((((ここでも一本足!))))


 有戸、木藤、尾関、赤木が同時に心の中で叫ぶ!


『しぃ~~~!』


”ドォッッッバアァァン!”


 美華は武羅の頭をフェアウェイに”叩きつけ”ると足下の地面が爆発し、浮いたボールは爆風で加速され雲を貫くかのように真上に発射された。


『エクセレントォーー!!』


”トーーーーン!”


 グリーン上に着地した美華のボールは、ピンフラッグをも超えるバウンドをし、カップ手前1.5メートルで止まる。


「よっしゃぁあ!」


 雄叫びを上げる美華の横で、武羅はクレーターのような大穴があいたフェアウェイを、一輪車ねこやスコップを持ち、黄色のヘルメットをかぶって土木工事のように補修する。


「お、尾関さん。猫又プロのボール。ピンフラッグより高くバウンドしましたよ」


「《オーバー・ザ・フラッグ》だ! 真上に近い場所からの落下ほど、ボールは高くバウンドし止まりやすい。ニアピンの理想型だ……」


”カコーーン!”


 ワンショットでカップに沈めた美華はボギー。有戸、木藤はパーで沈め、イン九ホールの途中経過は有戸、木藤は+2ツーオーバー変わらず、美華は+9ナインオーバーだった。


「さぁ武羅! 反撃開始よ!」


「御意!」

 

 ――西宮寺ゴルフ倶楽部、プレスルーム


 擬人ゴルフ雑誌、《ホールイン・ワン》の記者、遠藤が、パイプ椅子に座り缶コーヒーを飲みながら、大型スクリーンに映し出される予選結果を眺めていた。


「犬神プロ、坂上プロ、ともに予選はー7セブンアンダー、トップタイ。パンプロはー6シックスアンダー、単独3位か……。予選なのにずいぶんとばしているな。こりゃ明日からの決勝はこの三人メインだな」


 そして視線は下位へと移る。


「……山太プロはー2ツーアンダー、14位タイ。相変わらずよくやっているよ。この組に放り込まれてアンダー出せる中堅は、もはや山太プロしかいないんじゃないかな?」


 鼻から息を吹き出すと、人気のないプレスルームを改めて見渡した。


「……ってかなんでほとんどの組が終わったのにハウスに戻ってこねえんだ? これじゃインタビューもできねえし、おまけに他社の奴らも帰ってこねえ……。『擬人ゴルフタイムズ』の尾関もいねぇし……ん?」


 遠藤のスマホが鳴る。 


「もしもし?」


『あ! 遠藤さん! 今どこですか?』


「どこってプレスルームだよ。おまえも早く戻って来いよ」


『それどころじゃありませんよ! 最終組の猫又プロがアウト1番ホールから5連続バーディーなんですよ!』


「ああ、あの化け猫の孫娘か。まぁそれぐらい別に……」


『一本足打法でめちゃくちゃやっているんですよ! 他社のプレスどころか予選が終わった犬神プロや坂上プロはじめ、シードや上位選手も観客に混じって観戦してます!』


「な、なんだってぇ~!」

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