第3話 動揺

 カップから1番遠い有戸が最初に打つ。


「パーシヴァル。5番、《ガウェイン》を」


 パーシヴァルが剣を抜き顔の前で掲げると、剣から5番アイアンのガウェインが有戸の前に片膝をついて現れる。


 有戸は正面からガヴェインの両足首を握り、右こめかみめがけてショットする。


”スパーン!”

「「ナイッショ!!」」


 続いて木藤


「ワードナー、3番、《リルガミン》を」


 ワードナーは杖を振ると、龍のフードをまとった3番アイアン、リルガミンが浮かび上がる。


”スパーン!”

「「ナイッショ!!」」


「美華様、お二方はグリーン手前のいい位置に落としましたね」


「よそ様はよそ、うちはうち! いくわよ!」


 美華は再び背中から武羅の足首を持ち、構える。


「お、尾関さん! 猫又プロは第二打も武羅で打ちますよ!」


「フェアウェイだから打てねぇこともねぇが……なんかおもしろくなってきたな」


『にゃん! にゃ~~! ニャーーー!』


”バシーン!”


「しまった! 強過ぎちゃった!?」


 美華のボールは1度グリーン上を跳ねたが、勢い余ってグリーンからこぼれ落ちる。


 第三打目


 木藤は9番アイアン、《ネメシス》で、有戸はピッチングウェッジ《モードレッド》でグリーン上に乗せる。


 三度みたび、武羅を構える美華。


 いぶかしげにそれを眺める有戸と木藤。


(どういうこと? いくら何でも2番ウッドでグリーンに乗せるのは……)


(やはり伝説の銘品ゆえ、私たちの知らない”力”が?)


『にゃん! にゃ~~! ニャーーー!』


”パシッ!”


”ぷぅ~!”


『えっ!』


 再び”おなら”を伴いながら放たれた美華のボールはヘロヘロの軌跡を描き、何とかカップ手前五メートルへと近づけた。


「「ナイスオン!」」

「ありがとうございます!」


 第四打目。


 一番遠い為、美華が最初のパーショット。

 武羅を頭から地面に立て片膝を付き、太ももを持ちながら芝の目を読む美華。


 グリーンのショットでは当たり前の風景ではあるが、有戸、木藤の目は再び丸くなる。


(まさか、パットも武羅で?)


(あれが猫又プロのスタイル? まるで昔の漫画よ)


 逆さまになった武羅の耳元へ尋ねる美華。


「武羅どう? 傾斜は? 芝目は?」


「いい位置に落ちました。なだらかな直線の下り坂です。ですが芝目が逆目ですから、心持ち強めで……」


「了解!」


「お、尾関さん、猫又プロ、パットも武羅ですよ」


「しっ! ショットに入る!」


 パットの為、美華はショットの際の気合いを小さい声で呟く。


「にゃん……にゃ~……ニャー」


”コン!”


 初速は速いが、逆目の芝がいい具合にボールにブレーキを掛け、


”カコーーン!”


「「ナイスパー」」


「ありがとうございます」


「おめでとうございます美華様! このEEツアーは予選一日のみの一発勝負です。予選通過の60位タイは例年+2ツーオーバー+3スリーオーバーですので、このままパーを重ねていきましょう!」


「よし! やってやるわ!」


 有戸はパター《ランスロット》、木藤もパター《ディンギル》で、カップに沈める。


「「ナイスパー」」

「ありがとうございます」


 11番ホールへ向かう三人と三本。


(ワードナー、今日の猫又プロのクラブ所持数を調べて)


(……武羅殿一本でございます)


(パーシヴァル、まさか猫又プロは武羅一本で、この前のホップステップツアーを制したの?)


(はい、記録を調べてみたところプロテストの時は規定通り十四本のマネキンゴルフクラブを持ち、それぞれ状況にあったクラブを使っておりましたが、以降の参加ツアーではティーショットからパットまで、すべて武羅殿一本で全十八ホール回っております)

 

 18番ホール。536ヤード、パー5。

 ここまで有田、木藤は+2ツーオーバー、美華は大崩れこそしなかったがバーディーはとれず、ボギー、ダブルボギーを重ね、+8エイトオーバーでイン最終ホールを迎えた。


 有田、木藤のティーショットが終わった後、不意に後ろが騒がしくなる。


「武羅、なにかあったの? え!」


(あれは小香美様、雷刃……そうか、第一組が追いついてきたのか! 私としたことが、第一組は小香美様や美也様だから多少滞とどこおっても気兼ねなく打てると考えていたが、大勢の観客ギャラリーや記者、テレビカメラのことをすっかり失念していた!)


「あらあら、追いついてしまったようね」


「奥様、美華様のティーショットのようです。お口をつつしみください」


「あら、これは失礼しました。猫又プロ」


 犬神が軽く手を挙げると、騒がしかった観客がまるで水を打ったように静かになる。


 その情景に有戸、木藤が息をのむ。


(す、すごい! これが超一流プロの威厳!)


(よ、よかったぁ~。先に打ってて~)


 武羅を構える美也。


(……これはいけません。美華様の心拍数や自律神経が不安定です。ホップステップツアーの時はノーマークでしたからのびのび打てましたが、いきなり大勢の観客、さらに小香美様や美也様の前でこのスコアでは……)


『い、いくよ! にゃん! にゃ! ニャーー!』


(タイミングが早いです! まだ”おなら”の準備が!))


”ペシーー!”


「え!?」


 美華のボールは力ない音を発し、右カーブスライスの弾道で美華の右手側、百ヤード付近のラフへと落ちていった。


「しまった! お、OB!?」


「ご安心を美華様、まだ大丈夫です」


「す、すいません! すぐ打ちます!」


 慌てて振り返り、犬神や坂上に向かってお辞儀する美華。


「猫又プロ、どうぞお気遣いなく。雷刃や、せっかくだからお茶をもらおうかしらね」


「かしこまりました、奥様」


 慌ててボールへと走る美華。


 ボールを見つけるとすぐさま打とうと武羅に近寄るが


「美華様。まずは息を整えてください。そして、ボールをフェアウェイに戻すことだけを考えて下さい」


「う、うん。いくよ」


 武羅を構えた美華はタイミングを取る為のネコの鳴き声を出さず、いきなり振りかぶってボールを打つ。


”ペシッ!”


「またスライス!」


 フェアウェイに向かって打つもボールは右へカーブし、数十ヤード先のラフへ再び落ちる。


「どうしちゃったの私! す、すいません!」


 有戸と木藤にお辞儀をする美華。


「尾関さんが目をつけた猫又プロ、予想通りというか崩れ始めましたね。銘品と言われた武羅もガタが来て、祖母の七光りに目がくらんだ……痛!」


 尾関はカメラを構えている赤木の頭上へゲンコツを落とす。


 息を整え、武羅を構える美華。


(幸いにもここからグリーンが見える。多少ダフってもおもいっきり! まっすぐ打てばそれだけグリーンに近づく!)


「いくよ~。にゃん! にゃ~~、ニャアーーー!」


 ボールに向かって振り下ろされる武羅。

 そして、インパクトの瞬間に発せられた異音!


”ガキィィ!”

「えっ!」


 美華の手首に伝わる堅い振動。

 ボールは明後日の方へ飛んでいき、OBにはならないものの、さらに深いラフへと転がっていった。


「このしびれ……まさか!」


 美華が足下をのぞき込むと、ラフに隠れてこぶしほどの石が地面に埋まっていた。


「武羅!」


 立ち上がった武羅の、左こめかみから流れる、赤いオイル。


「大丈夫です。石にかすってオイル漏れを起こしただけです。補修テープを貼れば自然治癒されます」


 補修テープが貼られた左こめかみに、涙ながらで手を添える美華。


「武羅……ぶら……ごめんなさい! あ、あたし、石を確認しないで……どうして、どうして石があるって言ってくれなかったの? 背面打ちなら石が見えたのに……」


「美華様。ゴルフの基本は『あるがまま打つ』です。美華様は果敢にも挑戦チャレンジされました。ならばその想いに最大限貢献するのが、我ら擬人ゴルフクラブの役割」


「そんなんじゃない!」


「?」


「私……”貴方”を傷つけてしまった。絵都製の銘品、《幻影の2番ウッド、武羅》。私は貴方を持つのにふさわしくない……プレイヤー失格よ!」


「なにをおっしゃるのです! まだ右こめかみが無傷ですよ! そしてアウト9ホールが残っております。マネキンゴルフクラブしか使えないプロテストの時みたいに正面打ちならば、予選通過には十分すぎ……」


「できない! 私、もう正面打ちが出来ないの!」 


「そんな! 幼き頃から練習用のマネキンゴルフクラブで正面打ちをしていたではありませんか。……ひょっとしてお体の調子が?」


「もう私は……貴方と目を合わせられないの」


「ご安心を。傷のことならご心配いりません。むしろ珠代様の時に比べたら、こんなのかすり傷以下ですよ」


「ちがうの! ……私、もう貴方の顔を見ながら、ショットが打てないの」


「……申し訳ありません美華様。私の顔がそんなにも不快に思われたとは」


「そうじゃない! 逆なの! 悪いのはあたし!」


「美華様、どうか落ち着いてください!」

 

『……好きなの武羅……貴方が……だから顔が……目が……合わせられないの……』


『!!』

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