#18 狩る者・狩られる者


 すっかり寝静まった明彦と、部屋から出て来ない凛乃を後にして、耀太郎は《鷹の目》との合流地点に居た。

 人数は少ないものの、今まで何度か一緒に仕事をした顔触れがちらほらと見える。向こうも耀太郎のことは当然知っているので、お互い軽く会釈を交わす。


 今回任務にあたる《鷹の目》の隊員の数は十人。《傷持ち》一人に対して、なるべく三人掛かりで対処すべきであるというマニュアルに照らし合わせて考えると、随分と少ない。

 気になった耀太郎が、それとなく訊いてみる。


「そういう任務っすから」


 が、ぶっきらぼうな返答が来たのみだった。


「そうなのか? まあ、俺はいいけどよ……」


 心なしか相手の口数も少ない気がする。何だか気まずい耀太郎は、視線を彷徨わせて停めている車の方を見た。

 合流地点には耀太郎が乗って来た社用車と、《鷹の目》が乗って来た大型バンが二台ある。彼らは警察でも軍人でもないので、パトカーや軍用車両ではなく、あくまで外見上は一般的な乗用車を使用する。

 ただしその内装は、さながら小さい秘密基地の如く通信機器や資材で埋め尽くされている。部外者である耀太郎は、車内立入禁止だと言われる程だ。


「ガキ共の数とかそんなんは事前に調べがついてんのか?」

「不明っす」

「突入時の経路とか作戦とかは?」

「基本正面突破の各個撃破っす」

「お前らが使用する武器は?」

「秘密っす」

「……。何? お前らみんなお疲れモード的なアレか? それとも俺のこと嫌いなの?」


 淡々と的を射ていない返事が来るので、流石の耀太郎も困惑する。

 いつもの《協力》ならば、事前にもう少しまともな作戦会議もするし、耀太郎が一時的に《鷹の目》の指揮下に入ることもある。

 だが今回に限っては、耀太郎が完全に独立して動くらしい。相手方からの指示も何も無く、それこそ本当に遊撃部隊にでもなったようだ。


「調子狂うな……。まあ俺もお前らの後をついていくわ。見取り図も何もないから病院の構造も分かんねえし、相手の数も不明だしな」

「お好きに」


 チッ、と耀太郎は舌打ちしてその場を離れた。何か印象を悪くするようなことをしてしまったのだろうか。

 そんな覚えは――多分、無いのだが。


 やがて突入時刻である夜九時を迎えようとした瞬間、隊員達は一斉に立ち上がり、丘の上にある廃病院に向かって駆け出していく。どういうわけか、一糸乱れぬ綺麗な動きだった。


 その手には拳銃――無論実弾ではなく、非貫通式の強化ゴム弾が装填されている――を構え、一様に防弾チョッキを着込み、ダークカラーのフルフェイスヘルメットを被っている。

 こうして見ると、いつも通りのスーツにジャケットという耀太郎は、酷く場違いに見えた。

 隊員達は本当に全員、真正面から入り口に向かって突っ走っていく。

 何となく、パンくずに群がる鳩のような印象を耀太郎は受けた。


(――って、おい。やけに静かだな)


 月明かりに淡々と照らされる廃れた病院の外観は相応に不気味だったが、内部には誰かいるらしく、一階部分はこうこうと照明が灯っている。

 そこで《ウォーズ》を行い、『能力』を持ったガキ同士が争っているはず――なのだが、それにしてはやけに静か過ぎる。

 足音を極力殺している《鷹の目》達の方がまだうるさいぐらいだ。


 ――しかし、ここでまごついていても仕方がない。

 正面の扉を蹴破った《鷹の目》達に続いて、耀太郎も馬鹿正直に廃病院へと突入した。


「本日二度目になるけど。やあ、よく来たね」

「あ……!?」


 受付カウンターに座っている少年――黒澤が朗らかに声を掛ける。

 その周辺には十代中頃の男女がおり、地面には菓子袋や空のペットボトルが転がっている。

 どうも楽しく雑談を交わしていたらしい痕跡だが、それは有り得ない。

 ここでは《蛇戦争》が行われているはずであり、少なくとも二組の《ウロボロスフォロワー》が争っていなければならないのだから。


「待ってたよ。《狩人ハンター》さん」

(何だコイツ……俺のこと知ってんのか? いや、それよりも――)


 この静けさは、そもそも《ウォーズ》を行っていなかったからか。

 しかし、その理由が分からない。既に決着したから?

 否、それならばここに長々と留まる理由が無い。むしろ目の前の少年は、最初から耀太郎そのものを待っていたフシがある。

 であるならば何故、耀太郎がここに来ることを知っているのか――


「あークッソ、わっかんねぇ! が、やるべきことに変わりはねえ! お前ら全員、悪いがとっとと連行させて貰うぜ。十中八九全員、《傷持ち》だろうしな……!」


 相手は七人、こちらは耀太郎含めて十一人。想定よりも敵の数が少ない。

 これならば、比較的楽に済ませられるはずだ。細かい理屈や事情なんて抜きにして、とっとと終わらせて帰ろう。

 そう耀太郎は思考を切り替えて、腰部の銃に手を掛ける。


「まあそう焦んないでよ。まずはこれを見てくれないかな?」


 パチン、と黒澤が指を鳴らした。

 すると、受付カウンターの裏にガタイのいい男――島田が向かい、何かを抱え上げる。

 それは、今事務所で寝込んでいるはずの――


「新人……ッ!? てめえ、何でここに……!?」


 耀太郎が驚愕の声を上げたが、凛乃はぴくりとも反応しない。

 どうやら気を失っているようで、額からは一筋の血が垂れており、白い肌に赤い河を作っている。

 耀太郎は大きく舌打ちをして、銃のグリップから手を離した。


「おい、お前ら! アイツは俺の部下だ! 手を出さないでくれ!」


 耀太郎は突っ立ったまま動かない《鷹の目》の隊員達にそう告げたが、返事はない。

 防音性の高いヘルメットだから――というわけではなさそうだ。

 だが、この違和感の正体を突き止めている余裕はない。


「怖いからさ、銃を捨ててくれないか?」

「……おらよ。で、何が目的なんだ、てめえらは」


 薄汚れたリノリウムの床を、耀太郎の愛銃が滑っていく。

 凛乃を人質のように取られている以上、下手に逆らうわけにもいかない。ポケットに手を突っ込み、ふてぶてしい態度で耀太郎は質問を開始した。


「んー、手駒を集めることと、《狩人ハンター》であるキミの討伐かな。あ、彼女に関してはスポンサーに渡さなきゃダメだから、それも一応目的かもね」

「その《狩人ハンター》ってのは何だ? 売れ筋のゲームタイトルか、あァ?」

「とぼけてるの? 前々から、《傷持ち》界隈で少し噂になってたんだ。《鷹の目》とは別に、一人で《傷持ち》を狩る男が居る、ってね。それがキミでしょ。伊庭 耀太郎さん?」


 一応、今まで耀太郎は目立たないように活動していた。この手の業界で、名を馳せることなどデメリットしかないからだ。

 耀太郎に対して、予め警戒心を持たれれば何をするにしても骨が折れるし、今の状況のように妙に食って掛かってくるヤツらも増える。


(ま、長いコトやってりゃそういうこともあるだろうが――)


 数え切れないぐらいの《傷持ち》を今まで狩って来た以上、噂として煙が立つのは仕方がない側面もある。

 が、最初から耀太郎だけをピンポイントで狙って来る連中は、こいつらが初だった。


「で、早い話が《狩人ハンター》であるキミを逆に《狩猟ハント》するっていう、《戦争》の特別種目が最近出来てね。キミがあまり目立たない存在だから、界隈における認知度は低いけど――キミの裏に潜むものを暴いていけば、この種目がいかに難易度が高いかってのを証明出来るはずさ」


 狩る側である耀太郎を、逆に狩り返す。

 それが、黒澤の目的だった。しかも裏に潜むものを暴くと言っている以上、耀太郎と《鷹の目》などの繋がりも、全部自白させるつもりなのだろう。

 やれやれとばかりに大きく息をついて、耀太郎は質疑を投げた。


「一応聞いといてやるがよ……んなことして何の意味があんだよ」

「ボクらの価値が上がるでしょ? そうすれば、もっと多くの手駒が増える。力が付くんだ」

「チームがデカくなるってことか。どこぞのヤンキーグループだな。時代錯誤って分かるか?」

「あんな低能集団と一緒にしないでくれるかな?」


 にこやかに黒澤は凛乃を指差した。下手な発言をするな、と暗に示しているようだ。

 耀太郎は黒澤と会話する裏で、凛乃に一体何が起こったのかを考えていた。

 ここ最近の、凛乃の思い悩んだ様子。体調不良を理由に、耀太郎達の接触を避けていたこと。そしてこのガキが言う、『スポンサー』という存在。


 確信は持てなかったが――それでも耀太郎は、射殺さんばかりの迫力で黒澤を睨んだ。


……?」

「何を? って、とぼけ返してやりたいけど――その通りだよ。へえ、意外と頭が回るんだね!」


 凛乃を欲しがるヤツなど、凛乃の伯父ぐらいだろう。

 そして『スポンサー』ということは、金でこのガキ共を誑かしたに違いない。それだけの資産を、あの伯父は手に入れたのだから。

 どう接触したのかは分からないが、こいつらは凛乃に餌を撒いてここに呼び出した。その結果、凛乃はあのことを知ってしまった可能性が高い。

 存外に回る頭で耀太郎はそこまで一挙に推察し、歯噛みした。


「クソガキ共が……!」


 不安要素は尽きない。相手は凛乃を人質として扱っており――『スポンサー』に渡す以上、殺しはしないだろうが――傷付けることが可能であること。相手の個々の『能力』が未知数であること。


 いつもの耀太郎ならば、絶対に攻めなかっただろう。しかし、ここで退くわけにもいかない。

 ポケットから手を抜き出した耀太郎は、そのままクラッカーと名刺を凛乃を抱える大柄の男――島田に向かって投げた。

 その投擲と同時に、耀太郎は飛び込むようにして投げ捨てた銃を拾い上げ、前方に受け身を取ったのち、ちゃんと構えもせずに目測だけで三発放った。


 クラッカーが炸裂し、強烈な破裂音が病院内に響き渡る。

 不意を衝いた攻撃は、確実に効果があった。黒澤達七人の男女は怯み、また名刺と弾丸は島田に全て直撃した。

 ペイント弾による臭気と、名刺の刺さった痛みで、思わず島田が凛乃を取り落とした。


「手間掛けさせやがって!!」


 凛乃を解放したのを確認するや否や、耀太郎は島田に跳び掛かる。

 そのまま空中でぐるんと横に一回転し、勢いをつけた回し蹴りを側頭部に叩き込んだ。


「が、ああああっ!」


 一撃で島田は沈む。爪先で蹴っ飛ばして頭蓋骨ごと叩き壊してやりたかったが、靴の甲で蹴ってやったのは耀太郎なりの優しさだ。

 もっとも、安全靴に近い耀太郎の革靴で蹴られたのだから、相当な痛みがあるだろうが、知ったことではない。


 着地した後、間髪入れず耀太郎は凛乃を抱え上げ、そのまま全速力で病院の入り口に向かって駆け出す。

 ここまでは予想通りの展開だった。

 ――お互いにとって、だが。


「撃て」


 残っている不安要素がまだ一つあるのだ。それは、ここまで全く動かない《鷹の目》達だ。

 耀太郎の嫌な予感は的中した。黒澤の一声で、《鷹の目》の十人全員は拳銃を構え、警告無しに耀太郎に向かって発砲をしたのだ。


 銃弾は流石に躱せない。耀太郎は咄嗟にしゃがんで、凛乃を抱き込むようにして護り、銃口に背を向けた。

 彼らのエイミングが精確でなかったことは幸いだったろう。

 十発の弾丸の内、六発は逸れたのだ。銃弾はボコン、と床にそれぞれ大穴を穿つ。

 しかし残る四発は、耀太郎の両肩、背中、脇腹に直撃する。

 その瞬間に、耀太郎は最悪の事態に遭遇したと理解した。


(ふざ……けんな……! 、これ……!!)


 強化ゴム弾ならば、激痛と引き換えにスーツの強度でも耐えられる。

 しかし、流石に実弾の破壊力に対しては歯が立たない。両肩と脇腹に当たった銃弾は貫通した。背中は貫通せず、そのまま弾丸が体内に埋まったようだ。

 一方、弾丸が凛乃に当たった様子はないので、そこは一つ幸運を拾ったと言うべきか。


「クラクラするなぁ……まあ、何かしら仕掛けてくるのは予想出来たけど。それに、島田くんを一撃で倒すなんてビックリしたよ。彼はウチで一番強いのに」

「は……っ、はぁ……ッ」


 息が上がり、身体中が燃えるように熱い。肉体が痛みを痛みとして認識出来ていないのだろう。

 吐き捨てるように耀太郎は呟く。


「洗脳……或いは、操作か……」

「ご明察。ボクは『無能力者を意のままに操る』ことが出来る。《支配者マリオ意図ネット》って言うんだけど……やっぱり《鷹の目》は駒として最高に優秀だね。連れて来てくれて、どうもありがとう!」


 軽くお辞儀をする黒澤。予測の一つとして考えてはいたが、やはりこの少年は他人を操るという、最悪の部類の能力者らしい。

 《鷹の目》の不審な態度も、強化ゴム弾ではなく実弾を込めてやって来たことも、そもそも耀太郎をここに導いたことすら、全て黒澤の『能力』によるものだった。


 となれば、鬼瓦ですら黒澤の手に落ちている可能性がある。

 明彦が疑うのも無理は無かった。今回の案件の元となった情報のリーク先は、他でもない黒澤だったのだ。


「優先して操るべきは、警察と彼らみたいな特殊部隊だからね。特にキミみたいな得体の知れないヤツには、充分に戦力を割く必要がある。今回、《ハゲタカ》に仕込んでおいたボクの駒を総動員して、この任務に当たらせたよ」

「無能力者を操るってんなら……とっとと俺を操ればどうだ……?」

「そうしたいのは山々なんだけど、個人差が出るんでね。キミみたいなバカそうな人間は、特に効き目が遅い。ま、島田くんよりも痛い目に遭わせてから、ボクの手駒に加えてあげるよ」


 効き目が遅い――ということは、既にこのガキは『能力』を使っているのか、と耀太郎は判断した。

 となれば、十中八九自身の周囲にいる人間に対して影響が出るタイプの『能力』だろう。

 そして一度でもその影響下に置けば、この《鷹の目》達のように、以降は自在に操ることが出来る。


 《傷持ち》にはまるで無力だが、そうでなければこれ以上恐ろしい『能力』はない。

 す、と黒澤が片手を挙げる。

 その瞬間、《鷹の目》達が一斉に銃口を耀太郎に向けた。


「まずは彼女を解放しなよ。その後は全ての武器を捨て……いや、裸になってもらおうかな」


 入り口は既に、《鷹の目》が数人移動して封鎖してしまった。

 ここはロビーなので、他に行く所と言えば受付カウンターの両側の通路を抜けた先にある診療室か、耀太郎の背後にある非常階段を登った先にある二階より上か、だ。

 なるほど、選択肢は一つしか無い。


「脅しがヘタクソなんだよ……」


 耀太郎は凛乃の襟元を掴んで突き出す。そしてきっぱりと言い切った。


。死ぬぞ……コイツ」


 凛乃は『スポンサー』に渡さねばならない。

 多少の怪我は許されるだろうが、殺してしまっては意味が無い。それを耀太郎は分かっていたからこそ、逆に凛乃を人質として再利用した。


「なるほどねー。バカそうだけど、やっぱりバカじゃないのかな? でも、キミこそ死ぬんじゃないの? 足元が凄いことになってるけど」

「…………ッ」


 耀太郎の足元には真っ赤な血溜まりが出来ていた。

 あれだけ熱かった身体が、今度は一転して冷凍庫にでもぶち込まれたかのように冷えてきている。

 創部から流れ出る血が、体温を一気に奪っているのだ。

 銃創付近だけが妙に熱くて、耀太郎の手先や足先などは、他人のものになったかのように冷たくなっていた。


「そこで提案なんだけど、そこで全裸になればここにいる彼女……奈那さんがキミの怪我を治してあげるよ。彼女は治癒系の『能力』を持っているんでね」


 奈那と呼ばれた小柄な少女が、耀太郎の方に向かってぺこりと頭を下げた。

 確かに、争い事は苦手そうな顔をしている。治癒系の『能力』というのも嘘ではないらしく、先程蹴り倒した島田は既に治癒され、起き上がっていた。


「全裸全裸ってうっせえな、ガキが……。そんなに男の裸が見たけりゃ、一人でスーパー銭湯にでも行ってろ」


 耀太郎はジャケットの内ポケットに手を突っ込んで、取り出した道具を投擲した。

 クラッカーと同じく、投げて効果を発揮する道具――発煙筒。

 激しく煙を撒き散らすそれに乗じて、耀太郎は凛乃を再び抱え上げ、非常階段の扉を蹴破って上へと駆け上がる。


「げほっ……九子さん!」

「あいよ」


 九子と呼ばれた金髪の女が手を一度払うと、突風が院内を吹き抜ける。

 入り口のガラス戸を無理矢理に突き破った一陣の風は、あっという間に煙を外に追いやってしまった。


「暁留ちゃん。居ないよ、アイツら」

「ボク達と戦うことを選んだんだよ。それに、血痕が続いてる。案の定上に行ったみたいだ。ゆっくりと追い詰めてみよう。手駒としては惜しいけど、別にアレは死んでもいいし」


 そう言って、黒澤はゆっくりと非常階段に向けて歩き出す。

 この戦力差を、手負いの無能力者である耀太郎がひっくり返せるとは到底思えない。その余裕から来る歩みの遅さだった。

 死に体の獲物を狩る肉食動物にでもなった気分で、彼らは二人の捜索を開始した。

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