#15 チンピラVS主人公系能力者


「く……ッ、嘘だ……! こん、な……ところで……わた、しは……アイツを……殺す、まで」

「うるせぇな黙ってろ」


 苦悶の声を漏らす櫛名田。しかし痛みで自由に動けず、また『能力』も使えない状態である。

 とっとと連行して飯でも食うか、と耀太郎が櫛名田の腕を掴みながら、呑気に言った瞬間だった。


「待てよ、オッサン」

「……。あ?」


 凛乃と同じく陰から戦いを見ていた少年――《山田ヤマダ 大路オオジ》が、耀太郎を呼び止める。そこには誰が聞いても分かるぐらいに、ありありとした敵意が含まれていた。

 そしてそれ以上に、オッサン呼ばわりされた耀太郎のこめかみに青筋がビキっと走った。


「その子を――櫛名田を離せ」

「いや無理だっつーの。コイツを機関の連中に引き渡すまでが俺のお仕事なんだよ。関係無いてめえはこのまま黙って家帰って、女のケツでも想像しながらシコってろ」

「しこってろ?」

『凛乃ちゃんは知らなくていい言葉だよ~』

「黙れよ、オッサン。櫛名田を離せって言ってんだ」


 一歩、山田が耀太郎に向けて踏み出す。小さな声で櫛名田が「やまだくん」と漏らした。


「シバかれてぇのかてめえ? 俺はまだ二十六だ。っつーかお前何なの? コイツの彼氏?」

「単なるクラスメイトだよ。元々、ここは俺がたまにぼーっとする時に使ってた場所で、偶然櫛名田とアンタらが来ただけだ」

「じゃあマジで関係ねーだろ! すっこんでろ! そしてシコってろ!」

「しこってろ……?」

『気になるのは分かるけど凛乃ちゃんは知らなくていい言葉だよ~』


 しかし何というか、やっぱり自分達の立ち位置が悪人っぽいなぁと凛乃は思う。

 勿論、悪いことをしているわけではないのだが――


「俺は櫛名田が、『能力』を使って何をしようとしてるかなんて知らない。そもそも、櫛名田のことだってよく知らない。でも、櫛名田が『能力』を失いたくないってのは分かる。お前に連行されるのが嫌だってことは、分かる。だから、離せ……!」

「バァァーカ! ああクソ、おい明彦!」


 雑に罵倒した後にインカムを装着し、耀太郎が呼び掛ける。はいはーい、と軽い調子で明彦は応答した。


「このバカは何だ! 《傷持ち》じゃないんだよな!?」

『さっき少し調べたんだけど、彼はターゲットのクラスメイトだね。名前は山田くん。両親は海外出張中で、現在自宅に義理の妹と二人暮らし。毎日の食事は妹か、隣に住んでる美少女の幼馴染が作ってくれてるみたい。校内だと美人な生徒会長に気に入られてて、あと母校の中学には先輩の彼を慕う後輩の可愛らしい女の子が――』

「ちょっと待てやオイ!! いつからてめえの脳内妄想ラブコメ設定を語れっつった!?」

「よそ見してんじゃねえっ!!」


 ツッコんでいる最中に、山田は耀太郎に殴り掛かる。

 が、身体能力が明らかに櫛名田よりも低い。と言うよりも、まず喧嘩の経験が無いのだろう。目もくれずに耀太郎はその攻撃を避けた。


『脳内妄想じゃないよう。彼の友達のイケメンでお調子者でクラスの中心人物っぽいけど何だかその割にはモテなさそうな男の子が、SNSに書いてたんだよう』

「そんな恵まれまくった境遇の男子高校生が現実にいていいわけねーだろうが!! 何!? 俺はこのガキを殺せばいいのか!?」

「ギャーギャー喚いてないで、櫛名田を離へぶっ」

「うるっせぇ!! 死ぬ一歩手前まで殺すぞこのときメモ野郎!!」

『今の子ってもう分かんないよ、ときメモって言われても』


 それはともかく、山田の境遇は全て事実である。当の山田本人は、そんな騒がしい毎日をやや鬱陶しく思いつつも、心のどこかでは楽しんで受け入れているので、恵まれているという自覚はない。

 殴り飛ばされた山田は再び立ち上がり、強い意志を持った目で耀太郎を睨んだ。


「てめえだけの理屈や感情で、俺の仕事の邪魔すんじゃねぇ。いいか、お前ら高校生は『能力』だとか『戦い』だとか、そんなモンとは無縁で生きるのが一番幸せなんだよ。そーゆーのは全部、ジャンプでも読んで済ませとけ。お前らはテキトーに友達とくっちゃべって甘酸っぱい恋愛して、テストに頭抱えてあやふやな進路に不安を覚えつつ、毎日シコって寝るのが一番いいんだ。何でそれが分かんねえんだよ、てめえは」


 それらは全部、高校を中退した耀太郎にはほとんど縁の無かったものだった。

 だからこそ、耀太郎は一生に一度しかない高校生活を、『戦い』みたいな要素で潰すのは忍びないと思っており、山田に対するこの呼び掛けは真に迫るものがあった。


「分かる分からないじゃない……クラスメイトが……櫛名田が嫌がってるから、俺はそれを助けるだけだ……! テメェの理屈なんかどうでもいいんだよ!!」

「明彦ぉぉーッ!! これがゆとりなのか!? 何でヒーロー然としてんのコイツ!?」


 俺が間違ってんのか!? と叫ぶ耀太郎に対して、明彦はそんなことないよ、と宥めた。


「で、でもわたし分かりますよ! 何か耀太郎さんの方がワルっぽく見えますもん!」

『態度だけならそこらのチンピラ以下だもんねぇ』

「うるっせぇな黙ってろよお前ら!」

「黙んのは―――――テメェだ、オッサンッ!!」


 ぞくり、と耀太郎の全身に鳥肌が立つ。別にそれは、山田から発せられた怒気にあてられたわけではなく、単純にまたこの工場内の温度が下がったからだ。

 しかしまだ櫛名田は『能力』を使えないはずで、そして山田は単なる一般人――


「か、髪の毛が……」


 ――では、

 凛乃が目にしたものは、櫛名田と同じく髪の色を白銀に染め上げた山田の姿だった。瞳の色も黄金色に変化し、周囲には冷気が、さながらオーラの如く漂っている。


『わあ! 土壇場で《思春期ブルー・傷痕スカー》になっちゃったよ、あの子』

「ヒーロー覚醒ですねっ!」

「おいおいおいおいおい……どんだけ都合良い世界に生きてんだ、てめえは」


 あくまで理屈付けするのならば、櫛名田を連行しようとした耀太郎に対し、過度のストレスを感じた山田が『発症』したと考えられる。

 が、凛乃と明彦からしてみれば、ヒロインを攫う三下のチンピラに対して眠っていた力が目覚めた――みたいな少年漫画的な展開に思えた。無論、三下のチンピラとは耀太郎のことである。


「よく、分からないけど……この力は、櫛名田と同じモノなのか」

「やまだ……くん……」

「ああクソッ! 手間掛けさせんじゃ――」


 ホルスターに手を掛け、耀太郎はそのまま銃を抜き放つ。

 が、その行動は先程山田も目にしていた。撃たれる前に、氷柱弾が耀太郎の銃に直撃し、銃身を破壊する。


「させるか……!」

「ぎゃあああああああああああああああああ!! 俺の銃がぁぁ!! てめえこれ幾らすると思ってんだよこの野郎ぉぉおっぉぉおあああああああ!! 畜生ぉぉぉおおおぉ!!」

『ああ……ガン太郎くんが殉職めされた……』


 耀太郎の今日一番の嘆きは、銃の破壊によるものだった。

 これだから『無力化』は嫌いなのだ。物的な損害は、そのまま金銭的損失に繋がる――ドケチな耀太郎には苦痛なのである。


 山田は自身の『能力』についてまだ分かっていないことが多いが、それでも櫛名田の戦いを見ていたことが有利に働いた。

 すぐさま耀太郎の足元を氷結させ、そのまま耀太郎の両足も凍り付かせて動きを封じる。近付けばあの体術でやられてしまう。それに、先程耀太郎は自身の倒し方を、櫛名田に対して自白していた。


「――悪いな、オッサン。多分手加減出来ねーぞ」

「伊庭さんっ!」


 流石にこの状況はまずいのではと凛乃は思う。銃を失い身動きが取れない状態であの氷柱弾を撃ち込まれれば、流石に耀太郎と言えどもひとたまりもない。

 パキン、と空気中に氷結する音が響き、氷柱弾が一つ生み出された。まだ山田の力では一つ作成するのが限度らしいが、それでも充分だ。


『大丈夫だよ、凛乃ちゃん。耀太郎の手札はまだ全部見せてないから』

「喰らえ……!!」

「嫌だっつーの。怪我すんだろ」


 足は動かないが、耀太郎の腕は自由に動く。氷柱弾が撃ち込まれるよりも素早く、耀太郎はポケットに手を突っ込んで何かを取り出し、投擲した。

 ――瞬間、氷柱弾が真っ二つに切り裂かれて、地上に落ちて霧散する。


「な―――――っ!?」


 山田は知る由もないが、それは武器でも何でもない、ただの名刺だ。

 一般的な名刺よりも少し薄くて鋭い《四ツ葉綜合解決事務所》の名刺を、耀太郎は投げナイフのように扱った。

 元々は、かつて耀太郎が所属していた会社の忘年会における一発芸で、遠くから名刺を投げて風船を割る――というものを披露したことに端を発する、云わば耀太郎の隠し芸である。


「新人! 耳閉じろ!」


 そして、投げたのは名刺だけではない。小型のクラッカーボムを耀太郎は同時に投げていた。非殺傷性のこのクラッカーは、炸裂した瞬間に耳をつんざく音を響かせる効果がある。

 ――金属を刃物で思いっ切りこすったような音が工場内に響き渡った。咄嗟に耳を塞いだ凛乃ですら、耳の奥がジンジンとする。

では、不意打ちでこれを喰らった山田はどうなるのか。


「が…………あ……っ」

「向こう三十分は何も聴こえねーし、しかも頭痛や吐き気に襲われるだろうよ。当然『能力』を使う余裕すら無くなる」


 言うや否や、山田の髪の毛は元に戻り、耀太郎を拘束していた足元の氷も融解する。そしてつかつかと耀太郎は山田に向かって歩き、その腹に思いっ切り膝蹴りを叩き込んで黙らせた。

 明らかに私怨が入り交じっていた気がするが、凛乃も明彦も黙っておいた。


「恵まれたクソガキが思い上がってんじゃねえよ。たった今『能力』に目覚めたヤツが、都合良く敵に勝てるだぁ? ナメんじゃねえ、俺がここまで至るのにどれだけ努力したと思ってんだ」


 その努力を否定するような展開を、耀太郎は許さなかった。もっとも、山田の耳にはまるで届いていないだろうが。

 そして耀太郎は山田と櫛名田を米俵のごとく担ぎ上げ――どうやら今の音で櫛名田も気絶したらしい――凛乃と《蛇の目一号》に向かって、にんまりと笑った。


「ク……クク、ヒャーッハッハッハッハッハッハ!! このバカが無駄に覚醒して《傷持ち》が一人増えた! つまり臨時収入に繋がるってこったぁ! おう新人! 明彦! 今晩は寿司にすんぞ! 回ってるヤツだけどな! ヒーッハッハッハッハッハッハ!! うめえええ!!」

『やったネ! でも物損を鑑みるとプラマイゼロだけどネ!』


 ひとたび交戦すべき『敵』と認識すれば、耀太郎には一切の容赦が無い。仕事だと割り切って、相手の事情や都合など全て無視して片付けてしまう。

 しかし、こんなことを口にすれば絶対に怒られるし、間違っているのは自分だとも分かる。それでも凛乃は、邪悪そのものといった顔で高らかに笑う耀太郎を見てこう思ってしまった。


 ここは素直に負けてあげるのが、大人ではないのか――と。


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