#14 チンピラVS氷雪系能力者


「いいか。再三言うが、今日のタゲとは交戦する可能性が高い。俺が『無力化』するから、お前は明彦とちゃんと通信しつつ、後ろで隠れて見学してろ」

「は、はい!」


 今までは『説得』にのみ同行していた凛乃だが、今日より『無力化』が想定されるケースでも同行することになった。

 ただし、あくまで後方より見に徹するだけであり、実際に戦闘に参加するようなことはしない。

 《第四開発放棄区画》にある、稼働停止して寂れた工場にやって来た耀太郎と凛乃は、有刺鉄線と金網で囲われた工場入口の前に立つ。


「んだよ、入り口閉まってんな。潰れてから後は誰も使ってねーのか?」

『げほっ……。待って、外周をサーチしてみるから』


 インカムから、まだ少し体調の悪そうな明彦の声が響く。

 今回は凛乃も居る上に、明彦がオペレーティングしつつ業務にあたることになっている。三人で同時に一つの案件へ取り掛かるのは、凛乃からすれば初めての事だった。


 耀太郎は凛乃をくいっと顎で指し、あたふたしながら凛乃はビジネスバッグより真っ黒い球体を取り出す。

 大きさは大体ソフトボール程度で、目を凝らすと濃い黒をしたプラスチック製の外装の奥に、小型カメラのようなものが見える。

 カチリと、凛乃はその球状の物体の電源を入れて、そのまま中空へふわりと投げる。

 すると球状物体の上部よりプロペラが露出し、そのままパタパタと風を切りながら浮遊を始めた。ドローンと似たような原理のようだ。


「わあ……何か、可愛いですね!」

「空中自走式全天周囲カメラ、《蛇の目一号》だ。遠隔操作で明彦が操作する。アイツはこのカメラで映像を拾うからな。言っとくがこれも高性能でバカ高いから、絶対に壊すんじゃねえぞ」

「こ、壊しませんよう! わたしは見てるだけですし……」

『うーん、久々の空は気持ちいいなぁ』


 そんなことを明彦が言いつつ、《蛇の目一号》は上昇を始めた。

 明彦からしてみれば、さながらパノラマの航空映像でも見ているかのように、パソコンのモニターへ映像が表示されているらしい。

 少しだけその画面を見てみたいと思う凛乃だった。


『えっと、入り口から少し右側に向かって歩いたら、金網が破れた箇所があるね。多分ターゲットはここから侵入しているんだと思う。他に出入り出来そうな所は無さそうだよ』

「んじゃ俺らもそっから入るか。行くぞ、新人」


 明彦の指示通りに動くと、確かに大人一人程度ならば何とかギリギリ通れるか通れないかぐらいの、金網の破損箇所が見えた。

 耀太郎は無理矢理そこを蹴っ飛ばして金網の破損を広げ、そして四つん這いになって侵入する。凛乃は小柄なので問題なく通れた。

 《蛇の目一号》は、有刺鉄線を軽々と乗り越えて凛乃の隣にまで下降し、そのままふわふわと付き従っている。随分と手慣れた操縦だった。


「歩くついでに、今回のタゲについておさらいだ。相手は《聖風大学付属高等学校》の一年生。一応お前の後輩になるな。名前は《櫛名田クシナダ 氷雨ヒサメ》っつーらしい。知り合いじゃないんだよな?」

「はい。聞いたこともありません。同学年ならまだしも、後輩ですし……」


 工場の敷地内はすっかり荒れ果てており、かつて稼働していた面影はどこにもない。錆び付いたドラム缶や鉄骨が散乱し、その合間を縫うようにして雑草がほうぼうに生い茂っている。

 《聖風大学付属高等学校》は凛乃の通う私立高校で、生徒数は千人近くになる巨大高だ。


 凛乃は割と友人が多い方ではあるが、知り合いの後輩の中に《櫛名田 氷雨》という名前の女生徒は居ない。

 しかし、その櫛名田こそが今回のターゲットとして定められた。


「以前は他の場所に居たんだが、最近この工場に拠点を変えたらしい。ま、こいつは何かしらの悪事を働いたってワケじゃねえんだが……」

『たまたま映っちゃったんだよね。潜伏してた《蛇の目五十八号》のカメラに、その氷雨ちゃんが『能力』を使って特訓をしているシーンがさ』


 凛乃は以前、耀太郎が《開発放棄区画》のあちこちに小型カメラを設置している、と言っていたことを思い出していた。

 どうやら、今凛乃の横を飛んでいる《蛇の目一号》のようなカメラが、他にも無数にあるらしい。


『でも残念なことに、《蛇の目五十八号》は彼女に見つかり破壊されて、殉職しちゃったんだ……。ああ、可愛いぼくの《蛇の目シリーズ》が……』

「あんなちっせえカメラでも、スロを余裕で天井まで回せるぐらいの値段すんだぜ……許せねえ」

(天井まで回す……? 曲芸のことなのかな?)


 耀太郎の許せない理由はともかくとして、櫛名田は『能力』を積極的に使っている。

 今後、それが原因となり問題を起こす可能性はゼロではない――故に、狩る。

 身軽に動き回れる『事務所』ならではの業務だと言えた。


『熱源確認。人型が……二つ? そこの工場内のフロアに居るみたいだけど』

「おう」


 言われた途端、赤錆びた鉄製の扉を勢い良く耀太郎は蹴破る。どこぞのヤクザみたいな開け方だった。

 もうちょっと落ち着いて接触出来ないものかと明彦は咎めるが、まるで聞き入れるつもりはない。

 凛乃と《蛇の目一号》は、耀太郎の陰に隠れるようにして工場内部へと足を踏み入れた。


「――――っ! 何者!?」

「うわ! いきなり何だアンタら!?」


 工場内はほとんどの機器が取り払われ、すっかり閑散としている。

 本来はラインが幾つもあり、何かしらの製造をしていたのだろうが、その名残は見受けられない。


 そんなだだっ広い空間には、一組の少女と少年が居た。

 どちらも同じ制服を着ており、通学カバンを近くの床に置いている。どうやら学校から直接ここに来たようだ。

 少年少女は突然の来訪者に驚き、一気に警戒心を露わにする。が、耀太郎はヘラヘラと笑いながら手を鷹揚に上げた。


「うーっす。俺は別に怪しいモンじゃねえよ。《櫛名田 氷雨》だな?」

『……いつもこんな感じで耀太郎はターゲットに挨拶するけど、これって相手を警戒させるだけだよね』

「わたしもそう思います……」


 櫛名田は年不相応の容姿をしていた。流れるような長い黒髪と、意思の強さが見て取れる切れ長な瞳。背も凛乃より高く、スラリと伸びた足はどこかのモデルのようである。

 凛乃を『可愛い』評するのならば、櫛名田は『美人』と呼ぶべきだろう。とても高校一年生とは思えない容貌だった。


 その櫛名田の隣には、冴えない男子高校生の姿があった。

 中肉中背で、これと言って特徴のある顔をしていない。格好良くもないが悪くもない、明日になれば顔を思い出せるかどうか怪しいぐらいに、見た目のインパクトがない。

 まさに平々凡々という言葉が似合いそうな少年だった。

 櫛名田は最大限に警戒を強めて、目を細め耀太郎を睨む。そこには殺気すら滲んでいた。


「……警察ではなさそうね。どこかの《組織》の回し者、或いは使いっ走りかしら?」

「俺のこたぁどうだっていいだろ。単刀直入に言うぜ。俺は《傷持ち》であるお前を連行しに来た。手荒な真似はしたくねえから、大人しくついて来い」


 凛乃はすぐに違和感を覚えた。耀太郎の『説得』が、いつもより増して随分と雑なのだ。

 どんな相手であれ、『説得』だけで済むのならばそれに越したことはないと、普段から耀太郎達は言っている。

 しかし、今回に限っては耀太郎本人に『説得』する意思が希薄なのではないかと凛乃は思った。


「く、櫛名田っ!」

「山田くんは下がってなさい。こういう手合いは、慣れてるから」

『まるでチンピラ扱いだね~』

「ある意味そうかもしれませんけど」


 何となくだが、自分達は仮面ライダーで言うショッカー的なモノになっているのではないか。と言うか、三下のザコ敵集団と呼べるようなものだ。

 怜悧な美少女と平凡な少年に対して、こちらは態度の悪いチンピラ風の男と童顔の少女、ついでに浮いている丸い物体。

 どちらが『王道』かと言えば、明らかに前者だろう。凛乃は若干居心地の悪さを感じた。


「てめえも分かってんだろ? 《傷持ち》は野放しにしていい存在じゃねェんだ。然るべき処置を政府機関で受けろ。悪いようにはしねえ。いやホントマジで」

「そうね。あなたが何者か知らないけれど、その言い分は理解してあげる。でも――」

『凛乃ちゃん、そこの柱の陰に隠れて!』

「わ、わわ!」


 工場内の気温が一気に下がる――比喩ではなく、本当に下がっている。ぞくりと、緊張と寒さのダブルパンチで凛乃の全身が粟立った。

 まるで、この工場内全体が冷蔵庫にでもなったかのようだった。そしてその原因は、目の前に居る櫛名田にある。


 櫛名田の美しい烏の濡羽色の黒髪が、今度は新雪よりもきらびやかな白髪に変貌していた。更に彼女の周囲には白いモヤのようなもの――冷気が漂っている。

 警告として、櫛名田はまさに冷え切った声で告げる。


「――納得はしない」


 強力な『能力』は、使用者本人に甚大な影響を与える場合がある。

 それは肉体的にであったり、精神的にであったりと様々だが、櫛名田の場合は髪の色が変色し、抑え切れない程の冷気を周囲に放出するらしい。

 耀太郎はチッ、と舌打ちをした。


「新人! 見ろ、アレが俺の言う本物の『バカ』だ。お前や飯間は、眼の奥に迷いとか絶望があった。だがな、この女みてーなヤツにはそれが無い。眼の奥にあんのは、『能力』を使って何かを成そうとする強い意志だ。そういう手合いはな、大体言っても聞かねえバカばっかなんだよ! 昔の俺みてえにな!」


 飛来する何かを、耀太郎は横っ跳びで避ける。

 耀太郎の『説得』が雑だった理由を凛乃は察した。耀太郎は長年の経験により、《傷持ち》を見ただけでその眼に潜む何かが分かるらしい。

 死のうとしていた凛乃や、人生に行き詰っていた飯間に対しては、耀太郎は正面から向き合って『説得』をする。

 だが今回は、事前情報の段階からそれが無理そうだと判断していたようだ。


 櫛名田 氷雨には、何かしらの強い意志がある。

 その手の手合いは、さながらかつての自分を見ているようで、耀太郎は無性に攻撃的になるようだった。


『だから、『無力化』か『制圧』しかないんだ。ちゃんと見ておいてね、凛乃ちゃん。ウチの稼ぎ頭の戦いっぷりをさ』

「は、はい!」

「随分と余裕があるのね。新人教育を行うだなんて」

「てめぇこそ、こんな寂れた場所に男連れ込んで何しようとしてんだ? 邪魔しちまったか?」


 煽りながら、耀太郎はインカムを取り外してポケットにしまう。この戦闘において、明彦との通信は不要であると判断したらしい。


「……彼はたまたまここに来ただけよ。私との関連性は無いわ」

「そうかい。見りゃ分かるがな」


 山田と呼ばれた少年も、凛乃と同じく柱の陰に隠れてこちらの様子を窺っている。反応からするに、どうやら櫛名田が《傷持ち》であることは知っているようだ。


「それで――どうするのかしら? このまま相手をしてもいいのだけれど、生憎と今日はちょっと機嫌が悪いのよ、私。怪我じゃ済まないと思うけど?」

「あー、ウゼエウゼエ。ゴタクはいいからとっとと掛かって来いよ。ガキが調子乗ってんじゃねえ。説得に応じる気がねえのなら、強制連行するだけだっつーの」

「学のなさそうな男ね」


 きらり、と櫛名田の周囲で何かが煌めく。

 その煌きは漂う冷気を絹の如く切り裂き、先程と同じく耀太郎目掛けて二つ撃ち出された。


「な、何なんですかあれは!?」

『あの子の今の状態から考えると、十中八九『氷』だろうね。それもただの氷の塊じゃなくて、さながら『氷柱つらら』のように尖らせたものかな』


 その射出された氷柱を、耀太郎は身体を捻ってまた難なく避ける。

 とても凛乃には目で確認出来ないスピードだったのだが、どうやら耀太郎は当然として、カメラ越しの明彦にもそれが見えていたらしい。


「新人! いいか、《傷持ち》と戦う時のコツを教えてやる。まず、常に頭を働かせろ。相手がどんな『能力』なのか、相手の攻撃手段や周囲の状態から推察するんだ。今回で言うなら、周辺の気温の低下と、あのバカの周りのドライアイス的なヤツを見るに、『能力』の中身はほとんど限定される。多分、冷気を操るとかそんな感じのしょっぱい力だ。ここまではいいな?」


 はい、と返事したいが、それ以上に凛乃は息を呑んでいた。

 長々と口頭で教鞭を振るう耀太郎は、説明をしながら飛来する『氷柱』を全部躱しているのだ。

 それも呼吸一つ乱さず、事務所にいる時と何ら変わりのない調子である。


「その人を喰ったような態度、気に入らないわね……!」

「で、隙あらば遠くから攻撃。お前にゃ言ってなかったが、俺の無効化能力ってのは嘘だ。今まで騙しててすまん」

「!?」


 耀太郎のスラックスに巻いてあるベルトには、銃のホルスターが取り付けられている。

 普段はジャケットの裾に隠れて見えないのだが、攻撃が止んだ一瞬の隙を衝いて耀太郎はそれを抜き放ち、よく狙いもせずにトリガーを三回引いた。

 西部劇のガンマンさながらの早撃ちだった。銃の扱いにも手馴れている――凛乃は初めて耀太郎と出会った時のことを思い返す。


『実際はあのペイント弾に秘密があるんだよ。あれ、強い臭いがするでしょ? あれを嗅ぐと集中力が阻害されて、ほとんどの《傷持ち》は能力が出せなくなるんだ。少しの間だけ、だけどね~』

「そう言えば酸っぱい臭いがしてましたけど……そんな秘密があったのですか」


 ある意味では『無効化』しているが『能力』ではない。

 そもそもとっくに成人している耀太郎が能力者であること自体、冷静に考えれば有り得ないことである。今更になって凛乃はそこに思い至った。


「つーかこれが当たりゃ、《傷持ち》には勝てるからな。よっぽどのことが無い限りは『能力』を使えなくすることが可能だし。ニセモノとはいえ、これも立派な銃……まず避けらんねえ。で、力の使えねえガキはただのガキだ。喧嘩すりゃ俺が一方的に勝つ――」


 耀太郎はそう息巻くが、しかし一転してすぐに舌打ちをした。

 銃は確かに強い。普通の人間ならば、避けられるはずがない。更に、この特製ペイント弾を当てさえすれば、《傷持ち》の『能力』を一時的にだが使えなくすることが出来る。

 ここまでやって負けるとなると、よほど耀太郎の体調が悪いか、相手が能力抜きでも強い化け物みたいな存在であったというパターンぐらいである。


 ――しかし、避けられなくとも、『防ぐ』ことは可能なのだ。


「そんなおもちゃで勝てると思ったのかしら。憐れね」


 櫛名田の眼前で、赤いペンキをぶちまけたかのような痕が三つ浮かんでいた。

 だが目を凝らして見てみると、それは空中に浮かんでいるのではなく、ペイント弾が極薄の『壁』に当たり、炸裂した弾痕であることが分かった。


「……ま、たまーにこうやって、生意気にも銃を防ぐヤツがいるんだよな。そういうヤツとは、こうやって真正面から撃ち合えないってことだ。こんな時はまず機を窺うべきだわ」

『薄氷の壁……多分、向かって来る攻撃に対して自動で生成されるんじゃないかな。銃弾を目指してから発動した、とは考えにくいし』

「そんな! それじゃどうすればいいんですか!?」

『心配しなくてもいいよ~』

「心配しなくてもいいっつーの。明彦が煽ってんのかは知らねえが」

「悠長に部下と喋っている暇があるのかしら?」


 櫛名田が耀太郎に向かって駆け出す。

 その右手には、たった今作り上げた『氷の刃』が握られており、差し込む夕陽に照らされてきらりと怪しく輝いている。


「お、見ろよ新人。これが悪例ってヤツだ。いいか、基本的にお前が攻める時になっても、絶対に敵に近付くなよ。当たり前だが戦闘ってのは、遠くから一方的に攻撃出来る状態が一番いいんだ。わざわざ近付いて得物振り回すなんざ、アホの極みだぜ。てめぇは戦国時代の生まれか?」


 決して櫛名田は弱くはない。むしろ、自身の『能力』について深く理解していたし、身体能力だってそこらの大人を遥かに凌駕するだけのものがある。

 『氷の刃』による近接格闘にしても、並の相手ならば一刀のもとに斬り伏せられただろう。


 が、そんな櫛名田の攻撃全てを、耀太郎は解説と罵倒を交えつつ軽々と往なす。

 さながらそれは、有段者と白帯の組み手のようであった。

 耀太郎が遊んでいる――凛乃の瞳に二人の戦闘がそう映るぐらいに、互いの技量には差がある。


「この……ッ!」

「いいか、クソ女子高生。俺に本気で勝ちたかったら、てめぇはまず俺と距離を取り、死ぬ気であの氷柱を連発すべきだったんだよ。何を思って俺に斬りかかってんのかは知らねえが、てめぇみたいな生意気なガキに俺からの容赦は無いと思えよ」


 耀太郎が櫛名田の手首を掴み、外に捻る。痛みで櫛名田は刃を取り落とし、かしゃんと儚い音を立てて刃は掻き消えてしまった。

 このまま捕縛に移行してもいいのだが、櫛名田も黙ってやられる女ではない。掴んでいた耀太郎の手ごと、冷気で『氷結』させたのだ。


「うわ冷てぇ!」


 思わず手を離した耀太郎の隙を狙い、櫛名田は再度現出させた刃を腰溜めに構え、突き出す。

 得体の知れない恐怖のようなものを、櫛名田は耀太郎より感じていた。

 今まで倒してきた相手とは違う、威圧のようなものが――


「っと、新人。分析のコツだ。コイツの髪の毛見てみろよ。毛先の方から段々と黒くなって来てやがるだろ。多分、コイツは長時間『能力』を使えないタイプの《傷持ち》だ。そう言う手合いには持久戦が一番なんだが、まあ今日はそこまでやらねえ。コイツがすぐに接近戦を仕掛けて来たのも、あの氷柱飛ばしが結構な負担になると考えりゃ辻褄が合うな。単なるバカって可能性もあるけどよ」

「はぇぇ~……」

『ああ見えて耀太郎は、冷静沈着だからね~』

「戦闘においては、ですね。そこ重要ですよね!」

「何話してんのか分かんねえけど、新人はとりあえず後で一発しばくからな」

「だからッ! さっきからその人を馬鹿にしたような態度! 気に入らないッ!」


 隙を狙った刺突も、耀太郎にはまるで通用しなかった。

 攻撃を外した櫛名田は、何度もたたらを踏んでよろめく。完全に耀太郎が彼女の動きを読んでいるようだ。


 そして何より、たったこれだけの戦闘時間で、耀太郎は着実に櫛名田の『能力』の全容を見破っている。

 接近戦を仕掛けた理由も、『能力』に制限時間があることも、全て事実だ。

 しかし、それを悟る速度が尋常ではない。

 何者なのだ、この男は――櫛名田がそう思った瞬間だった。


「うっし、終わらせんぞ! もういいだろ!」

「……!」


 耀太郎は右手を乱雑に振り上げ、そのまま櫛名田へと放つ。構えも何もない、適当な拳。

 しかし急に攻勢に転じたので、櫛名田は面食らう。が、焦りはしなかった。


「無駄よ。私が接近戦を仕掛けた理由、ついでに教えてあげる。私にはお前の攻撃の全てを防ぐ自信があるのよ。今の攻撃で、拳の骨が折れたんじゃないかしら?」

「確かに硬ぇな。あと折れてねーよナメんな」


 耀太郎が殴り付けたのは『薄氷の壁』であった。発動者たる櫛名田に向かう全ての攻撃を防ぐ、自動防壁。

 櫛名田の周囲を漂う冷気が及ぶ範囲ならば、どこであろうとすぐに発動する。本人の意識は無関係で、とにかく攻撃にだけ反応するのだ。

 更に薄さの割にその硬度も折り紙付きで、少なくとも破壊力のないペイント弾や、耀太郎の適当なパンチでは到底打ち破れない。


「残念だけど、接近戦はそっちに分があるようね。なら、お望み通り氷柱弾で――」

「まあ蹴りゃ何とかなんだろ」


 耀太郎はその場でくるりと回転し、その勢いをもって蹴りを放った。

 二度も防壁で攻撃を無効化されたと言うのに、その行動にはまるで迷いが無い。

 しかし、どれだけ攻撃されようとも、櫛名田は自身の防壁が破られるとは思っていなかった。少なくとも、『能力』を持たない相手ならば間違いない。

 ――――が、人はそれを、慢心と呼ぶ。


「――――か、ぁ……っ!?」


 ガラスでも割れたかのような音が工場内に響き渡る。

 そのぐらいに容易く、耀太郎の回し蹴りは『薄氷の壁』をぶち破り、櫛名田の腹部に叩き込まれていた。


「え……ええええええええっ!?」


 一番驚いたのはやられた櫛名田と、見ていた凛乃である。

 何でそんな手軽に防壁を破れたのかが、全く理解出来ないのだ。一方で、インカム越しにくすくすと明彦が笑っている。


『耀太郎の革靴の先端には鉄板が仕込んであるんだよ。安全靴ってやつ。で、耀太郎のバカみたいな馬鹿力と合わされば、あの程度の防壁なら簡単に蹴破れる。近付いた時点で彼女は負けていたんだね』

「だからと言って、そんな簡単に決着していいのでしょうか……?」

「いいに決まってんだろ。随分と俺のことを侮ってたみたいだしな、この女」


 パシュン、とうずくまる櫛名田に対して、耀太郎は容赦なくペイント弾を撃ち込む。

 その瞬間、櫛名田の髪の色は元の黒色に戻り、周囲の冷気もフッと掻き消える。『無効化』が発動した証拠だった。


「言っとくが、俺は男女平等を掲げてるんでな。本気じゃねえが、それなりに痛いのを打ち込んでやった。しばらく動けねえだろうけど、まあお前も一般人の俺に氷柱撃って刃物で斬り掛かって来てんだし、おあいこってヤツだ」

『人権団体サマには是非見付かりたくないシーンだったね』

「『一般人』の定義がもう分からないんですけど……」


 少なくとも、耀太郎は一般人ではないだろう。

 それだけは間違いない――

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