#13 真実


 パチンコの筐体が掃除機もかくやという速度で銀玉を飲み込み、耀太郎は衝動的に台を一発ぶん殴って退店した。店を出る前に怖いお兄さんがこっちを見ている気がしたが、無視する。


 今日の収支はマイナスだった。閉店間際まで粘ってこの結果は、ちょっと目も当てられない。

 耀太郎にとってギャンブルとは己の運を試す場であり、従ってネットや専門情報誌などからの情報を一切仕入れずに興じることにしている。

 それがギャンブルってもんだろ、と昔明彦に語ったら「養分」という短い言葉で切り捨てられたことを、帰り道の最中で思い出す。


 寂しくなった財布に鞭打つのは心苦しいが、それでも人間生きてる限り腹は減る。負ければ尚更怒りで腹が減る。

 耀太郎は牛丼屋で腹を満たし、日付が変わるか変わらないかぐらいの時間帯に、ようやくオフィスビルへと戻って来た。


(一応点検しておくか)


 もう凛乃も明彦もとっくに各自の部屋に戻っている時間だ。

 事務所に誰か居るとは考え辛いが、ちゃんと施錠しているかどうか確認する為に、耀太郎は三階でエレベーターから降りる。

 ……すりガラス越しに、淡い光が見えた。オフィス自体は消灯しているようだが。


「てめぇコラァ明彦! いつまで起きてんだ!」


 勢い良く扉を開けて耀太郎は怒鳴る。案の定、まだパソコンと睨めっこしている明彦の姿がそこにあった。

 ディスプレイの淡い光が照らすその顔は、文字通り病的に白い。


「あ……耀太郎。おかえり」

「ただいま~。……じゃねえよ! 昼には上がれっつったろうが! 何でまだ起きんだよ!?」

「ちょっと調べ物をしてて……。薬も飲んだし、今朝よりはマシだし、平気かなって」

「そういう油断が長引かせる原因になんだよ。頭良いくせに、何でそこんトコ分かんねえんだ」


 明彦の頭頂部に拳骨を軽く打ち込む。ワーカーホリックとまではいかないが、休めと言われても素直に休まないのは困る。

 はあ、と溜め息を吐いて耀太郎はディスプレイを覗き込んだ。相棒が体調不良を押してまで、果たして何を調べていたのかが気になったのだ。


「新聞社のサイトか。記事は――……ああ」

「事故死したのは、《御子柴 凛介》四十四歳と、《御子柴 彩乃》三十九歳。《中藤第二創造都市》における、《第十三開発放棄区画》内の廃病院に向かうカーブを、速度超過で曲がり切れずに転落、乗っていた車体は大破。御子柴夫妻はほぼ即死。事件性は薄く、運転ミスによる事故と警察は判断。要約するとこんな感じ」


 明彦の読み上げたそれが、何の事件を示しているのかは考えなくとも分かる。

 耀太郎は自席の椅子を引っ張って、明彦の隣に並べ腰を下ろした。


「で? 調べはついたのか?」

「うん……」


 凛乃の両親の事故について、明彦と耀太郎は個人的に調査をしていた。

 ただし、本格的に調べると通常業務に差し支えが出てしまう為、二人は知人の探偵に依頼をしていたのだ。

 どうやらその調査結果が出ていたらしく、明彦は改めて事故の記事を開いていたらしい。


「まず、旅行の帰りに事故が起こっているんだけど、御子柴夫妻の旅行先からの帰路と、《第十三開発放棄区画》はかすりもしないんだって。多分、凛乃ちゃん本人も、どうしてこんな場所で事故が起こったのか疑問に思ったはずだよ」

「まっすぐ帰らなかったってことだろ。野外で一発、アイツの弟妹でもこさえようと――いでっ」


 明彦に足を踏まれてしまった。

 冗談にしても低俗過ぎたか、と素直に耀太郎は反省する。


「で、車のスピードも百キロを超えていたみたい。ブレーキを踏んだ形跡は無くて、そもそも曲がろうとしていないらしいよ」

「……自殺か? いや、それはねーか。愛娘置いて死ぬとは思えねえ。居眠り――だとしても、妙だな」


 仮に運転席の夫が眠っていても、助手席の妻が起こすはずである。それをする暇すら無かったとは考え辛い。どちらも眠っていた、という可能性も低そうだ。


「それに、二人の車は廃病院に向かっていたんだ。この廃病院って小高い丘の上に建ってるけど、別に星が綺麗だとかそういう話は無いよ。むしろ、何か出るって噂があるくらい。時間帯も夜の十時ぐらいだし――旅行帰りの夫婦で肝試し、とは考え辛いよね」

「つーか、まどろっこしい説明は要らねえんだよ。アイツの調査結果だけ教えろ」


 きっぱりと明彦が言う。耀太郎の表情は特に変わらなかった。

 むしろその答えを分かっていたらしく、やっぱりなと小さく呟く。


「新人には教えんなよ。十年は寝かせるべき情報だ」

「うん……」

「……。犯人は? 他殺なら、殺った奴が居るだろ」

「分からない。けど、携帯電話の履歴を確認する限り、御子柴氏が最後に通話した相手は実兄……凛乃ちゃんの伯父さんだって。事故が起こる一時間程前に、通話履歴が残ってたみたい」

「当然警察は事情聴取をしたんだよな?」

「みたいだね。でも、結果はシロ――その時間帯に宅配ピザを頼んでいたみたい。店側に配達記録が残ってて、配達した店員からも伯父にピザを受け渡したって証言が取れてる。流石に電話をしたからと言って、いきなり犯人になるわけがないからね」


 ふーむ、と耀太郎は考え込む。実際は最初から考えが纏まっているのだが、何となく理知的なフリをしたかったのだ。


「……やっぱ依頼殺人か。そのクソ伯父の」

「そうなるのかな……」


 実際に手を下した『犯人』を突き止めることは可能だった。

 が、探偵がそれをするのならば依頼料の倍増しを要求すると言って来たので、明彦は断っている。


 そもそも、二人が御子柴夫妻の事故について調べると決めたのは、凛乃の話す事情が余りにも腑に落ちなかったからである。

 どう考えても、御子柴夫妻が亡くなってからの伯父の手回しが早すぎるのだ。

 まるで、最初から夫妻が死ぬことを分かっていたかのような。


「……警察の対応も妙なんだよね。他殺の可能性をすぐに消したというか、ほとんどこの事件について介入していないと言うか……。事故死としてあっさり片付け過ぎているような」

「警察なんてそんなモンじゃねーの? 鬼瓦のオッサンが居るならともかくよ」

「うーん……」

「それよりも、どうすんだ。俺がそのクソ伯父をブン殴って、洗いざらい全部吐かせりゃいいのか?」

「凛乃ちゃん本人が今すぐ復讐を望むのならまだしも、彼女が何も知らない今、それをする必要はないよ。ただ、ぼくらはあの子をきちんと導いてあげられれば、それでいい」

「随分とあの新人に肩入れすんだな。ま、分からんでもねえがよ……」


 最初から親の顔すら知らない耀太郎も、親に捨てられた明彦も、肉親――たいせつなひと――を失う悲しみが理解出来る。

 そして、その悲しみを乗り越えることの難しさを知っている。


 二人の掲げる『夢』にとって、凛乃という存在は避けては通れないのだ。

 凛乃の境遇の裏に潜む真実を知ったことによって、明彦の中ではそれがより一層強くなったらしい。それに関して、耀太郎も否定することはなかった。

 が、それとこれとは全く別問題の話がある。


「さて……今日全然お仕事出来なかったし、もうちょっと頑張らなきゃ。それじゃ、おやすみ耀太郎。明日も頑張ろうね」

「おう」


 にこやかに笑い合って、そして耀太郎はパソコンの電源プラグを引っこ抜いた。一転してモニターがブラックアウトし、明彦の顔が青ざめる。


「ひやあああああああああああああ!? 何するんだよう!?」

「うっせーな、寝ろっつってんだろうが。仕事すんなボケ。おら、立て」


 耀太郎は無理矢理に明彦の腕を引っ張って立たせた。

 だが、未練がましくまだパソコンを見ているので、イライラしつつ明彦に足払いを仕掛ける。


「わあ!?」


 そして、すっ転ぶ前に明彦の背中と膝裏に両腕を回して、そのままひょいと持ち上げた。


「軽いな……。無駄なモンぶら下げてる割に」

「こ、これお姫様抱っこじゃないか……。恥ずかしいよ……」

「何を今更言ってんだ」


 そのままつかつかと、耀太郎はオフィスの外まで明彦を抱いたまま歩き、器用に足で扉を開いて、外に出たところでゆっくりと彼女を下ろす。

 次いで流れるような動作でポケットから鍵を取り出し、入り口を施錠した。

 耀太郎がぴん、と親指で事務所の鍵を打ち上げ、それをキャッチし、最後に一言添える。



 ずどどどどど、ごんっ、べちぃぃぃん!


 ――そんな冗談じみた音がフロアに響いた。

 ぎょっとした顔で、明彦と耀太郎がエレベーターの隣にある非常階段の方を見ると、どう見ても階段からすっ転んだであろう、パジャマ姿の凛乃が横たわっていた。


「てめ、この……新人!! 何でこんな時間まで起きてんだ!?」

「それよりも物凄い音がしたんだけど、凛乃ちゃん頭とか打ってないよね……?」

「だ、だだだ、大丈びゅれふ!」

「脳味噌が砕け散った可能性があるな」


 鼻血をだらりと流しながら、凛乃は無理に取り繕う。

 案の定眠れないので、外の空気でも吸おうと階段を降りていたところ、耀太郎の意味不明な発言が偶然耳に入ったのである。

 そして一段踏み外し、転落した凛乃が立てた騒音がさっきの音だった。


「そ、そそ、それよりも、何かちょっと聞き捨てならないことが聞こえたんですけど!? あ、あの、聞き間違いですよね? そうなんですよね!? わたしの耳がイカレポンチなだけなんですよね!?」

「今日日の女子高生が使う言葉じゃねえぞ、イカレポンチって……」


 数年振りに聞いた単語だった。

 耀太郎は一手打ち間違えた棋士のように渋い顔をして、明彦の方を見る。明彦は「お任せします」みたいな顔をしていた。

 こうなってはもう、隠しておく必要も無いだろう。溜め息一つ、耀太郎は口の端からこぼす。


「それで、どうなんですか!? 伊庭さんの言い間違いとかそんなんですか!?」

「…………。いいや、言い間違いじゃない。コイツは男だ」


 ぐに、と耀太郎が明彦の頬をつまむ。明彦は気まずそうに、凛乃から視線を逸らした。

 鼻血をどばっと噴出させながら凛乃は叫ぶ。


「う、ううう、嘘でしょう!? 嘘つきさんには鼻血かけちゃいますよ!?」

「やめろや! つーかティッシュ詰めとけ! オラ!」


 耀太郎はポケットティッシュを取り出し、それを丸めて無理矢理凛乃の鼻に押し込んだ。そこだけ切り取って見れば、変態的なプレイのようである。

 両の鼻の穴からティッシュをぶら下げた、何ともシュールな状態になった凛乃は、それでも興奮と混乱が収まらないらしく、白いティッシュを真っ赤に染め上げていく。

 もしや鼻骨が折れたのではないかと、耀太郎はヒヤヒヤした。


「でも、わたしもう何回も、明彦さんと一緒にお風呂入ってるんですよ!? その……ふ、フツーに、明彦さんはダイナマイトなわがままバデーだったんですけど!?」

「さっきから言い回しがオッサンくせーんだよお前! 落ち着け!」

「だ、だって……。ハッ! まさか、そういうことですか……!?」


 世の中には、性転換手術というものがあるらしい。

 その考えに凛乃は至り、改めて銭湯で見た明彦の裸体を脳裏に思い浮かべる。

 柔らかそうで大きい胸、くびれた腰、安産型なおしり――腰以外凛乃には足りていないモノが揃っていた。しかし、それが人工的なモノだとすれば……?


「先言っとくが性転換手術でもねえぞ」

「じゃあなんなんですか!?」 

「性転換と言うよりも、うーん……って言うべきかも」

「せいてんせい……?」

「色々あったんだよ、俺らには……。信じられるか? ある日朝起きたら親友が女になってて、しかもそれまでの記憶を一切失ってたっていう状況をよ」


 バカみてえだろ、と耀太郎は自嘲する。

 凛乃から見て、それは嘘を言っているようには見えなかった。こちらを煙に巻くつもりではないらしい。


娘溺ニャンニーチュアンに浸かってしまった後に、洗髪サイファツヘンゴウ指圧拳を喰らったんですか!?」

「お前こそ年齢詐称してんじゃねえだろうな!? 今幾つだよ!?」

「しかも的確な例えだよね……分かる人にしか分からないけど」


 凛乃の斜め上なバカ発言に毒気を抜かれたのか、耀太郎はガシガシと頭を掻く。

 きちんと説明を果たすべきだと考え、とりあえず凛乃の鼻からぶら下がっているティッシュを抜き取った。鼻血はもう止まっていた。


「もう十年近く前になるがな。《ウロボロス》としての活動をする中で、まあ……さっき言った通りのことがあったワケよ。それに、そもそも明彦って名前に違和感あったろ? どう見ても男に付ける名前なのに、名乗ってる本人は無駄にでけぇ乳をぶら下げた、三十路前の女だからな」

「まだあと三年あるもん……」


 うるせえ、と耀太郎は明彦を一蹴する。凛乃は改めて考えた。

 確かに、明彦という名前はどう考えても女性名ではない。『あきら』だとか『あゆむ』だとか、そういう響きならば男女のどちらでも通用するだろうが。

 となれば、最初からそこに疑いを持っておくべきだったのかもしれない。


「じゃあ、明彦さんは――」

「十八半ばまでは男で、そっから今までは女だ。悲しいことに、どうやら生物学上完全に女になっちまってる。医者曰く、生理も来るし子供も産めるそうだ。女なんだから当たり前の話だけどよ」


 ぽかんと凛乃は口を開けている。果たして何が原因でそうなってしまったのかを、耀太郎は話さないからだ。

 しかし、それを追及しても答えてくれるとは思えなかったので、凛乃は質問を切り替えた。


「ええと、じゃあ明彦さんが男だって伊庭さんが言うのは……」

「意地だよ。ぼくはもう完全に女の子なのにさ」

「うるせえ! 俺ん中じゃてめぇは男なんだよ! それに女の子って年齢でもねえだろうが!」

「ひどいよ! 女の子は、死ぬまでずっと乙女なんだよ!?」

「だーかーら、てめぇは男だっつってんだろうが……!」


 二人がいがみ合うのをよそに、凛乃は今までの耀太郎の言動を思い出す。

 そう言えば、凛乃に渡すスーツの採寸を明彦が銭湯で行ったと言った時、耀太郎は苦々しい顔をしていた。

 てっきりそれは、明彦と仲良くする凛乃を快く思っていないのだと考えていたが、実際はあの時耀太郎は、『男』である明彦が、『女』の凛乃と銭湯に行ったことを良く思っていなかったのだ。


 それに、凛乃は二人が恋人同士だと思っていたが、それでも耀太郎の明彦に対する態度は、たまに酷く乱暴に映っていた。それは別にDVだとか照れていたとかそういうのではなく、お互いに『男』だからこそ、だろう。

 そもそも、二人は恋人でも何でも無かったのだ。


 しかし凛乃は一つの疑問に行き当たる。

 ――結局、明彦は『どちら』なのだろうか?


「明彦さんは、えっと……自分自身のことを、どう考えているのですか?」

「ああ、性同一性の問題だね」


 肉体が男ならば、そこに宿る心も『男』である。肉体が女性ならば、そこに宿る心は『女』となる。

 だから大体の人間は、自身の性別に対して一生疑問を持たず、生まれた時に勝手に決定されていたそれに従って、死ぬまで過ごす。


 この自身に対する性への認識を、性自認という。一方で、そこに疑問を持つ――即ち、正常な性自認が出来ない状態を、性同一性障害と呼ぶ。

 簡単に言ってしまえば、身体は男だが自分自身のことを女と思ってしまうような状態である。


 男として生まれ、男として生きていた明彦が、ある日突然女になったとすれば、明彦は性同一性障害者と呼んで差し支えがないだろう。肉体は女で、心は男なのだから。


「そこもメンドーなんだよ……。言ったろ、コイツ記憶失ったって。だから女になってからの一年とちょっとは、マジで女として生きてたんだ」

「え? え?」

「で、その後記憶が戻ったぼくは、元の男の心を取り戻した……んだけど、その女として生きていた記憶も、未だ一緒に持ったままなんだよ」

「つまり、どっちも混ざった状態が今のコイツだ。意味不明だろ、マジで」


 肉体は完全に女になって、そして女として生きていた時期もある。

 が、時間的な長さで見れば、これまで男として生きていた期間の方が長い。もっとも、今後男に戻る可能性は(普通に生きていれば)皆無で、やがて女として生きる時間の方が長くなるだろう。

 では結局の所、今の明彦は『男』なのか『女』なのか?

 にこやかに笑いながら、明彦は答えを提示した。


「答えは一つ。ぼくはぼくってこと。性別なんて小さな問題だよ~」

「小さくねえよ。てめぇは男だろうが!」

「あの……頭が痛くなって来たんですけど……」


 それは決して、さっき転んだ時に打ち所が悪かったからではないだろう。

 《四ツ葉綜合解決事務所》の抱える、深い闇のようなモノを、凛乃はこのような形で一つ知ることとなった。

 およそ、他では有り得ないであろう、とんでもない事情である。


「まあ、気にすんな。見た目はどう見ても女だからな」

「もう男には絶対に戻れないからね~」

「は、はい……今日は、もう寝ましょう……」


 ――実際の所、明彦は自身の性別について考えることを放棄している。

 考えてしまえば、絶対に答えが出ないからだ。自分は自分である、と無理矢理に納得させる以外に、方法がないのだ。


 それでも明彦が自己を保てているのは、他ならぬ耀太郎のお陰である。

 明彦が男だろうと女だろうと、最悪どっちでもなかろうと、耀太郎は明彦の側にずっと居ると約束した。「お前はお前だ」と言ってくれた。

 異形である自分を受け入れてくれるからこそ、明彦は今こうして笑っていられる。

 ……まあ、それも相まって、明彦はより一層耀太郎に依存してしまっているのだが。


 因みに、耀太郎が明彦をしきりに『男』として扱うのは、単に恥ずかしいからである。

 何の因果か、明彦の外見は耀太郎の好みド真ん中なのだった――



* * *



(今日からギクシャクすんだろうなァ……)


 翌日。明彦の文字通りの『性事情』を知った凛乃が、果たしてどのような反応を示すのか、考えるだけで耀太郎の胃は少し痛んだ。

 下手に知られてしまった以上、ほとんどのことを教えたが、それが正しいのかどうかでいうと、正直な話時期尚早だったと思える。


 そろそろ凛乃は高校から帰って来る時間帯で、しかも今日は少し危険な案件に連れて行かねばならない。一緒に明彦もサポートに回るので、それを考えると気が重くなる。

 昨日まで、二人は姉妹のように仲が良かったからだ。別に、そのこと自体は耀太郎も良いことだとは思っていた。

 ただし、明彦が凛乃の身体をジロジロ見るのは何故か許せないが。


「ただいま戻りましたー!」

「おぉう……。はえーな、おい……。もっと遅くてもいいんだぜ……?」

「おかえり、凛乃ちゃん。今日も楽しかった?」

「はい! あ、明彦さん! この前言ってた化粧水が、駅前のドラッグストアに売ってたので買って来たんですけど、今日お風呂行った時に一緒に使ってみましょう!」

「うん、いいよ~」

「……? おい新人、何だお前……その態度は」

「へ? 態度、ですか?」

「そうだ。昨日とあんま変わってねえじゃねえか。普通、ここはもっとほら、よそよそしくなったり、他人行儀になったりするだろ? お前、何か無理とかしてるんじゃ――」


 訝しげに耀太郎がそう言うが、凛乃はむしろ相好を崩してみせた。


「明彦さんは明彦さんでしょう? なら、別に気にすることなんてないじゃないですか!」

「凛乃ちゃん……。優しい子だなぁ……。涙が出そうだよ」

「いや気にしろよてめえ! コイツは心ン中にチ○コ生えてるようなヤツだぜ!? インビジブルチ○コ野郎だぜ!? ドン引きして『次一緒に風呂入ったら訴訟します』ぐらいのアメリケンな感じでいけよ!! 俺の取り越し苦労を返しやがれ、この脳内アッパレ女子高生が!!」

「もうわたしも明彦さんも、無差別に傷付けるようなこと言ってません……?」

「耀太郎……。最低なヤツだなぁ……。涙が出そうだよ」


 凛乃は凛乃なりに割り切ったようだった。耀太郎の気苦労は、まさに取り越し苦労そのものである。

 そもそも、凛乃は元々明彦と非常に馬が合うのもあるし、明彦自身が日常生活上では女性として振る舞っているから、今更元は男だと言われてもまるで実感が湧かないのだ。


 それに、今の凛乃にはもっと、自分自身を悩ませているものがある――

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