#12 遭遇

 結局この日は耀太郎が「銀玉が俺を呼んでる」と唐突に言って、パチンコ店に行ってしまい指導を放棄した為、凛乃は一人で地道に特訓を続けることになった。

 空が茜色に染め上げられるまで、ひたすら駐車場で空き缶相手に『能力』を放っては、その都度空き缶を切り刻む。


「はぁ……はぁ……」


 《傷持ち》が厄介だと言われている理由の一つに、『能力』の行使において使用者本人に対し、ほとんどデメリットが存在しないというものがある。

 例えば銃ならば弾丸を、弓矢ならば矢を消費して、初めて大きな効果を生む。

 しかし『能力』に関しては、具体的に消費するものがほとんどない。


 『火を放つ能力』にしろ、『水を操る能力』にしろ、元手となるものは大体の場合、使用者本人の体力ぐらいだ。

 そこの消費量に差はあるものの、最早無から有を生み出せると言っても過言ではない。

 故に『能力』は湯水の如く使用され――第三者に大きな被害をもたらす。


「目が痛い……」


 凛乃の場合、『能力』が視力に依存している為、長時間或いは連続の行使は眼球に負担がかかるらしい。

 肉体の疲労も当然あるが、それよりも瞼がいつもより重くなって、まばたきの回数が明らかに増えている。どうやら眼球も乾きがちになるようだ。


 一度深呼吸をして、ゆっくりと目を閉じる。

 無理をしても意味が無いと、耀太郎は去り際に言っていた。焦って詰め込んだところで、力がそれに応えるとは限らない。

 一歩ずつ着実に、身に付けていけばいいのだ。今日明日でモノになるのならば、そもそも努力など必要ないのだから。


 凛乃はゆっくりと瞳を開き、やがて散らばった空き缶をビニール袋に詰め込んでいく。

 五分程で後片付けは完了し、気分転換と目の保養も兼ねて、そのまま散歩に行くことにした。


(まだまだ役に立てる気がしないなぁ……)


 辿り着いた夕暮れ時の公園には、凛乃の他に誰も居なかった。

 十一月にもなれば陽が落ちるのも早いし、気温だってぐんと低くなっている。子供達も早々に帰宅してしまったのだろう。

 ゆっくりと、錆一つ無いブランコに腰掛けて、凛乃はぼーっと考え込む。


(ずっと明彦さんと伊庭さんには、迷惑を掛けっぱなしで……)


 二人の優しさに寄生しているようで、凛乃は今の自分の立場が好きではなかった。

 もっと胸を張って、あの二人と一緒に業務をこなしていると言えればいいのだが、現状とてもそうは思えない。

 まだまだ事務処理にも粗が目立つし、外回りでは基本的に耀太郎の後ろに居るだけ。少しでも二人に貢献出来そうな『能力』によるサポートも、習熟度でいえば駆け出したばかり。

 能力に関しては焦らなくてもいいとは言われても、そう簡単に割り切ることは出来なかった。


 そんなことをのべつ幕なしに考えると、冷たい風も相まってどんどん気分が落ち込んでくる。

 だが、こんなことではダメだ――と、何とか自身を奮い立たせようとして、凛乃は勢い良くブランコから立ち上がった。

 落ち込んだり俯きがちになるのは、それこそ誰にだって出来る。

 今はやるべきことを、とにかくやるしかない。頭を振って考え直して、そろそろ事務所に帰ろうとした。


「――やあ。キミが御子柴 凛乃だね? この辺りに居るとは聞いていたけど、公園で一人寂しく遊ぶだなんて、今時の女子高生としてどうかと思うよ」

「……? えっと」


 いつの間にか、ブランコの前に誰かが立っていた。

 身長は凛乃よりも少し低く、まだ変声期の最中らしい少年だ。そしてその少年の横には、大柄で髪の毛を短く刈り上げた男が、さながら付き従うようにして佇んでいる。

 いきなり話し掛けられて――しかも名前まで知られていた――凛乃は面食らう。

 知り合いにこんな少年が居た覚えはまるでない。


「ああ、ボクのことは別に気にしないでいいよ。今日の用件はこれだけだから」


 少年はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。

 そして、それをすぐさま凛乃へと投げてよこした。

 すぐに反応出来ず、キャッチに失敗した凛乃はあわあわと両手を忙しく動かしてお手玉しながら、何とかそれを掴む。

 手を開いて見てみると、丸めた小さなメモ用紙があった。


「こ、このメモ用紙がどうかしたんですか?」

「そこには日付と時間と場所を指定してある。今度一人で来てくれないか?」

「ひとりで……?」

「キミに、教えたいことがあるんでね」

「教えたいこと……?」


 少年は透き通るような瞳をしていた。

 歳相応の、綺麗な――しかし、どこか無機質で不気味な目を見て、凛乃はぞくりと背中に冷たいものが走るのを感じた。

 くく、と笑いながら少年は凛乃にゆっくりと告げる。


。その理由を教えてあげよう」

「え――――っ?」

「もう一度言うけど、一人で来るように。キミの事務所の人間には内密にしておいてね。別にバラしちゃってもいいけど、そうしたら単にキミが真実を知る機会を失うだけだから。賢い選択をするように祈っておくよ。それじゃーね」


 くるりと少年が踵を返す。

 頭の中に白いペンキでもぶち撒けられたかのような衝撃に襲われていた凛乃だが、それでも突発的に少年の肩を掴もうと、手を伸ばし駆け出そうとした。


「待って……!」

「動くな」


 低く唸るような声で、隣に居た大柄な男が凛乃に手を翳す。

 その瞬間、凛乃の身体はぴくりとも動かなくなった。

 まるで、見えない大きな手が真上から自分を押さえつけているかのような――そんな『』だった。


(この人、《傷持ち》……!?)


 だが、それを知ったところで、凛乃に取れる行動は一つも無かった。

 視界には少年と男のどちらも捉えている。使おうと思えば、《切るやつ》を使えるはずだ。

 身体は動かなくとも、目が見えていれば絶対に『能力』を出せる。相手との距離は関係無い。これこそ、凛乃の能力の強みだと言えるだろう。


 しかし――カッターナイフを手に握っていない今、不用意にそれを使ってしまえば、果たしてどのような事態になるのかを考えてしまった。


 ――これが人間なら即死だ。てめぇは殺人鬼になりてぇのか?


 耀太郎の、そんな茶化した言葉が脳裏に浮かぶ。

 これは耀太郎なりの冗談で、本気でそう言っているわけではない。それは分かっているつもりだった。

 が、凛乃には、本当にそうしてしまうだけの実力しかないのだ。


 結局、少年と男が公園から立ち去るまで、凛乃はその場でずっと棒立ちのままだった。

 いつから身体が動くようになったのかすら、分からなかった。


(死んだ……理由……? どう、して……? お父さんもお母さんも、事故で亡くなったんでしょう? 不慮の事故で、そこに理由なんて、ないはずなのに…………?)


 ぐるぐると、少年の言葉が頭の中で目まぐるしく回る。

 冗談やからかいの類であればいいが、全く凛乃にとって面識のない人物が、どうして凛乃の両親について言及をしてくるのだろうか。

 何か知っているからこそ、こんなことをするのではないか? 否、そうでしか有り得ない。


 握り潰すようにして持っていたメモ用紙を、凛乃はゆっくりと開く。

 真偽を確かめなばならない。少年は一人で来いと言っていた――その理由は分からないが、そもそもこれは凛乃自身の問題だ。元より一人で行く他ない。


 口の中がカラカラに乾いていたが、そんなことすら気にせずに凛乃はメモに目を通し始めた。

 今晩はきっと、眠れないのだろうと思った。

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