第3話「俺のウンコに感情が芽生えたのはなぜだ」
「百歩だ。百歩譲って君が俺のウンコだとして。君はなぜ、女の子の姿になったんだ?」
何度も何度も自分に言い聞かせてようやく「目の前の女の子は俺のウンコだ(どういうことだ?)」という事実(事実なのか?ほんとに?)を脳みそに刻み込むことに成功した俺は、目の前で喜びのサンバを踊っている茶髪の女の子に問いかけた。
すると彼女は踊るのをやめて再びちゃぶ台の前に腰を下ろし、「おほんっ」とわざとらしく咳ばらいをした後、言った。
「わたしがこうして女の子になってご主人様に会いに来た理由はですね……」
「うん」
「――ずばり、ご主人様のお嫁さんになるためですっ!!」
「ナ、ナンダッテー」
オレ、ニホンゴ、ワカラナイ。
ダカラ、オレ、コノオンナ、イウコト、リカイデキナイ。
オヨメサン、ナニソレ? タベモノ? ソレトモ、シンシュ ノ ウンコ?
「あれれー? どうしたんですぅ、ご主人様? あ、もしかして嬉しさのあまり気絶しちゃいました?」
俺の顔を覗き込んで天真爛漫な笑みを浮かべる美少女(ウンコ)。
それから10数秒を費やしてようやくハッと正気に戻った俺は「どうか俺の勘違いであってくれ」と女神に祈りながら、再度、訊ねた。
「すまない。よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれるか?」
「はいっ!! わたしこと雲子(ウンコ)は、ご主人様と結婚するために女の子になったんですっ!!」
……おお、女神よ。あなたは既に死んでしまったのか。
目の前で「きゃー!! 言っちゃったー!!」とはしゃいでいる美少女(ウンコ)をぼんやりと眺めながら、俺は女神さまの冥福を祈りつつ、万感の思いを込めて呟く。
「…………お断りだ」
「ほぇ?」
「お前と結婚なんてお断りだって言ってんだよ!!」
「え……ええええぇええええぇぇぇええ!!!」
目を見開いて「そんな馬鹿な!!」と言わんばかりに口をあんぐりと開ける雲子。
「わたしと結婚するのが嫌って、ほんとですか!?」
当り前だろ!! どこの世界に、自分のウンコと結婚するヤツがいるってんだ!! ウンコ大好きフンコロガシ先輩でも自分のウンコと結婚なんてしないぞ!!
「そんな!! なぜですかご主人様!! あんなにも雲子のことを愛してくださったのに!!」
「確かに俺はウンコのことを愛しているが、それとこれとは話が別だ!!」
そもそもの話、ウンコは汚物だ。
人間は人間、ウンコはウンコ。
ふたつの間には絶対的な隔たりがある。
結婚なんて論外も論外。
「そんなぁ……じゃあわたしはいったい何のために……せっかくこうして人間の女の子の姿になれたのにぃ……!!」
ちゃぶ台にガンガンと頭をぶつけながらオンオンと泣きわめく雲子。
そんな雲子を見て、俺はふとひとつの疑問がわいた。
「そういえば、お前はどうやってその姿になったんだ?」
まさか、ウンコが自力で女の子に変身できるわけもあるまい。そんなことが可能なら、世の中はとっくにウンコ(美少女)だらけの世界になっているはずだ。
そう思って質問すると、雲子はずずーっと鼻を鳴らしつつ、嗚咽の混じった声で答えた。
「うぅ……ぐすっ……わたじが、女のごになれだのばでずね……『トイレの神様』がわたじのお願いを聞いてぐだざったからなんでずよ……」
「なんだって? トイレの、神様?」
「はい……彼女は、女神ざま、なんですげど……神の力とかなんとかで、わたしをウンコから女の子の姿に変えてくれだんでずぅ……」
女神ぃいいい!!
生きてやがった! それどころか余計なことしてやがった!
ふざけんなよ! ウンコの願いを聞くヒマがあったら、俺の願いも聞いてくれよ! 日々掃除してやってるのはこの俺だぞ!!
「女神様はおっじゃっだんでずぅ……『あの子は童貞さんだから、貴女みたいな可愛い女の子がお嫁さんになってくれるって聞いたら泣いて喜ぶわよ。うふふ』って……」
めがみィイイイイイイイイ!!!!
まじでふざけんな!! 全部テメェのせいじゃねえか!! 便器ぶち壊すぞコラ!!
「おい、雲子」
「はい……?」
「そのクソ女神は、今もまだ俺んちのトイレに居座ってんのか?」
「えぇっと、はい……そう思いますけど……」
「……そうか」
俺はふぅーっと息をつくと、無言で立ち上がり、我が家のトイレの扉を憎悪を込めて睨みつける。
「ご主人様?」
「止めるな、雲子」
すべての元凶には、いちどお灸をすえる必要がある。
これは全世界の総意だ。ちょっとした出来心とはいえ、ウンコを女の子に変身させた罪は重い。
確固たる決意を胸に秘め、俺は怨敵の待つ我が家のトイレへと向かった。
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