第2話「君が俺のウンコだと言うなら証拠を見せろ」


「君が、俺のウンコ?」

「はいっ!! そのとおりです!!」

「……」


 頭が痛い。

 確かに、俺はウンコが好きだ。

 愛していると言ってもいい。

 だが、自分のウンコが美少女になった幻覚を見はじめたとなると話は別だ。

 真面目に、精神科の病院へ行く必要があるかもしれない。


「……友人からは『ウンコが好きなんて頭おかしいんじゃねえの?』と散々変人呼ばわりされてきたが……ついに俺も気が狂ったか……」


 俺が呟くと、少女は心外だとばかりにフンと鼻息を荒くして言った。


「大丈夫です!! ご主人様は健康ですよぅ!! それはわたしが証明しています!!」

「証明?」

「『健康な体は健康なウンコの上に成り立つ』……ご主人様の口癖じゃないですかぁ!!」


 ……ああ、やっぱり俺は気が狂ったんだ。疑問が確信に変わった。

 確かにその言葉は俺の口癖だけれども、こんなことをのたまう女の子などこの世界に存在するはずがない。俺の妄想に決まってる。


「……君、名前は?」

「わたしの名前ですか? わたしはご主人様のウンコなので、名前なんてないのですが、そうですねぇ……『雲子(うんこ)』とお呼びください!!」

「そうか。じゃあ雲子。ひとつ頼みたいことがあるんだけど」

「はいっ、なんなりと!!」

「ちょっと留守番を頼めるか?」


 精神科の病院って、平日の朝からあいているのだろうか。

 スマホで調べる必要がありそうだ。



 ***



 精神科の病院で「つまらない嘘をつかないでください。こっちも暇じゃないんですよ」と一蹴され、泣く泣く雲子の待つ我が家へと帰った俺は、雲子から詳しい事情を聞くため、部屋の中央に置かれたちゃぶ台を挟んで彼女と向かい合っていた。

 ちなみに、大学はサボることにした。自分のウンコが美少女になったとなれば致し方なしである。


 雲子はいつのまにやらクローゼットから俺のシャツを引っ張り出して羽織っていた。確かに美少女の素っ裸は男子大学生の目には毒だったので、ありがたい配慮だ。気が使えるウンコである。


「――で。雲子」

「はい、なんでしょう!!」

「俺は正直な話、君が俺のウンコだなんてとても信じられないんだ。半信半疑どころじゃなく、疑問10割。どこかの家出少女が俺の家に侵入してきた、という方がまだ現実味があると思っている」

「そんな!! 信じてください!! わたしは本当にあなたのウンコなんですぅ!!」


 目元を潤ませて、雲子が悲痛に訴える。

 可愛い。とても可愛い。見た目は完全に可愛い女の子だ。

 しかし、だからこそ――俺の堪忍袋の緒は切れた。


「そんんわけねぇえだろぉお!! 自分のウンコが美少女になってたまるかっ!! なにか事情があるなら話を聞いてやるから、そんなつまらない嘘はやめて正直に事実を言え!!」

「嘘じゃないですよぅ!!」

「バカ言え!! 嘘に決まってんだろ!! お前のその姿のどこを見たら『君、もしかして俺のウンコ?』なんて言葉が出ると思ってんだ!!」

「どこからどう見てもわたしはあなたのウンコじゃないですか!!」

「いやいや!! 意味が分からねえ!! 言葉の意味が分からねえ!! お前、どっからどうみても美少女にしか見えねえよ!! ウンコ要素どこにも見当たらねえよ!!」

「……そんな、美少女だなんて/// 恥ずかしいですぅ!!」

「照れてんじゃねえぇえええ!!」


 なんなんだこの女は!!

 さっきから全然会話がかみ合わねえ!!

 言葉が通じねえのか!!

 ……いや? ちょっと待て。

 あ、そっか。ウンコだから言葉が通じないのは当たり前じゃん。

 なーるほど。これは俺がうっかりしてたわ。はっはっは。

 ……ってなるか馬鹿!!


「待て……落ち着くんだ、俺。ビー、クール……」


 すぅー、はぁー。

 深呼吸して、頭を冷やす。

 あくまでもクレバーに、目の前の頭パッパラパー女の嘘を暴かなくては。


「よぉし、分かった。お前が俺のウンコだって話、信じてやろうじゃないか」

「え!? ほんとですか!?」

「ただし!! 俺の質問に答えられたら、の話だが」

「質問ですか?」

「そうだ」

「なんだ、そんなことですか。よゆーですよ、よゆー!! どんな質問でもバッチコイですぅ!!」

「そうかそうか。じゃあ、聞かせてもらおう」


 俺はキッと雲子を睨みつけて言った。


「お前が俺のウンコであるという証拠は?」

「証拠、ですか?」


 眉を寄せ、考え込むようなそぶりを見せる雲子。


 ハッハッハ!! どうだ、答えられまい!!

 いくら考えても無駄だぞ!! なぜならお前は俺のウンコではないのだから!! 証拠なんて出てくるわけがないのだ!!


 勝利を確信する俺。

 しかし、続く雲子の言葉に俺は戦慄せざるを得なかった。


「証拠、証拠……あ、そうだ。これですこれ、これを見て下さい」


 そう言って雲子が差し出してきたのは、彼女の髪の毛。


「髪の毛? これが証拠?」

「ええ、よぉく見てみてください!!」


 髪の毛とウンコがどう結びつくのか、俺には見当もつかなかったが、雲子があまりにも自信満々に「これが証拠!!」だと言うので、仕方なく彼女の髪をよく観察してみる。


 じぃー……。


 うん、普通の髪だ。

 艶やかで、女性らしい髪。

 どことなくいい香りもしている。


「これのどこにウンコ要素が……ッ!?」


 そのとき、俺の頭にビビビッと電撃が走った。


 ――茶色。


 彼女の髪は、茶色なのだ。

 それこそ、まるでウンコのような。


「そ、そんな……これは、間違いなく……俺のウンコの色ッ!!」


 バカな!! あり得ない!!

 だが、他ならぬ俺が見間違えるはずもない……彼女の髪の毛は間違いなく、俺のウンコと同じ色だ。

 毎日自分のウンコの写真を撮り、毎日自分のウンコについて観察日記をつけてきた俺にはわかる。この色は、俺のウンコとまったくの同色!!


「……雲子」

「はい?」

「悔しいが俺の負けだ。信じてやろうじゃないか……お前は間違いなく俺のウンコだ」

「やったー!!」


 にわかには信じられない。

 だが、彼女は間違いなく俺のウンコだ。

 ここまで疑いようのない証拠を突きつけられてしまってはどうしようもない。


 立ち上がって小躍りしている雲子の前で、俺は床に突っ伏した。


「俺のウンコが美少女だった……どういうことだってばよ……」




 

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