第4話「近付く距離と、遭遇と」

 坂下楽巳サカシタガクミ、感激……歓喜かんき、そして感涙かんるいものである。

 ついにこの日が来た。

 自分が寝起きしている部屋に、憧れの麒麟寺遊羽キリンジアスハがやってきたのだ。二つ年上の先輩は、ふわりと長い黒髪をひるがえして振り返る。


「ありがとう、楽巳くん。荷物、重かったでしょう?」

「い、いえっ! 麒麟寺先輩こそ、こんな……うちまで大変じゃなかったですか?」

「ちょっとね、ズルしちゃった。家の運転手に送ってもらったの」

「は、はは、そうですか……麒麟寺先輩の家って、凄いですもんね」


 ドスン、とキャリーバックを床に置く。

 正直、めちゃくちゃ重かった。何が入ってるんだと思うくらい、重かった気がする。

 だが、遊羽はじっと楽巳を見詰めて、ぐいと鼻を人差し指で押してきた。


「楽巳くん、その……麒麟寺先輩っての、禁止です」

「えっ、でも」

「遊羽って呼んでくれるかな? ね、楽巳くん?」

「あっ、はい……じゃ、じゃあ……遊羽、さん」

「よろしい」


 にっこり笑う表情は、まるでつぼみほころぶような笑顔だ。

 温かな気持ちで胸がいっぱいになる。

 だが、楽巳は見てしまった。

 テレビの裏に隠れている、概念妖精プレイマー達……ロップルにシュミちゃん、そして先程来たタイカがこっそり顔を覗かせている。

 ばれたらどうするんだと思うと、楽巳は気が気じゃない。


「でもよかった、楽巳くんの部屋にもテレビがあって」

「ああっと! あ、いえ、はい! テレビ好きですから! ええもう、そりゃもう」

「そうなんだ……わたしはあまり見ないかな。テレビっていうより、ゲーム機のモニターね。ふふっ」


 どうにかロップル達は、上手く隠れたようだ。

 見られていない。

 むしろ、見られてはいけない。

 そうこうしていると、嬉しそうに遊羽はキャリーバックを開く。

 そして楽見は……悪いなとは思ったが、ドン引きした。


「あの、先輩……」

「こーらっ! 遊羽さん、でしょ? ……遊羽ちゃん、でも、いいんだよ?」

「え、えと、その……遊羽さん、で。でも、これ」

「全部わたしのよ。さ、どれで遊びましょうか」


 キャリーバックの中には、ゲーム機がぎっしり詰め込まれていた。ゲームをたしなまぬ楽巳でも知ってるものから、ちょっと見ないものまで様々である。更には、携帯ゲーム機は御丁寧ごていねいに二個ずつ入っていた。

 大きなキャリーバックの中身は、全部ゲーム一色だった。

 それを一つずつ取り出して、遊羽は嬉しそうに語り出す。


「わたし、なんだか上手く友達ができなくて……でも、真喜マキだけは普通に接してくれて」

「あ、ああ、姉さん……まあ、姉さんはそういう人だから」


 楽巳の姉、坂下真喜サカシタマキは竹を割ったような性格をしている。いつも明るく元気で、ポジティブのかたまりみたいな人間だ。人当たりもよく、人懐っこくて、成績はいいのに頭がオバカなのである。だが、そんな彼女だけが友達だと、遊羽は語る。

 遊羽は有名企業の社長令嬢しゃちょうれいじょう、誰もがうらや御嬢様おじょうさまだと思われている。

 みんなが壁を作るから、自然と遊羽も御嬢様を演じるしかなかった。


「でも、そんな真喜がね、ゲームが好きだっていったら……この間丁度、楽巳くんがスマホを買ったって。真喜はほら、ああいう性格だから」

「はい……凄い機械音痴きかいおんちで、ピコピコいうのは苦手で……体動かしてないと落ち着かない人だし。あ、でも! 僕、嬉しかったです……先輩、あ、じゃない、遊羽さんと、ゲーム……したいです」


 静かに笑って、遊羽はゲーム機の一つを取り出した。

 そして、おもむろにテレビに向かって四つん這いになる。

 突然、白いワンピースのお尻が突き出されて、楽巳の鼓動は跳ね上がった。


「ちょっとじゃあ、まずこれをつなぐね? えっと、このテレビだと」

「ほっ、ほっ、ほあーっ!?」

「ん? どしたの、楽巳くん」

「なんでもないであります!」


 眼の前に今、豊満なヒップが揺れている。

 ちょっと手でめくれば、スカートの奥の下着が簡単に見れそうだ。

 だが、ゴクリとのどを鳴らしていると、遊羽が声をかけてくる。


「なんのゲームしよっか、楽巳くん。とりあえず今、RPGロールプレイングゲームをやってるのよね? あの、スマホで遊ぶの。わたしもハマってるの。もう、酷くハマってドハマりなの」

「ハ、ハメッ!?」

「そう、欲しい英霊サーヴァントがこなくて課金かきんし過ぎちゃって……でも、よく言うじゃない? だって」


 以外なことに、大金持ちの御嬢様なのに、遊羽の月の小遣いは五千円だという。そういうところだけは庶民と一緒で、驚かされる。

 そうこうしている間に、遊羽はゲーム機の接続を終えたようだ。

 そして、コントローラーの片方を渡してくる。


「ね、楽巳くんはどんなゲームが好き? 色々あるんだよ? たとえば……これ」

「えっと……怒首領鳩ドドンパト?」

「これはSTGシューティングゲームの最高傑作なの。ギリギリの弾避たまさけが熱いのよ! あ、でもSTGだったらこっちのストライパーズ1945も名作ね。横シューならR-TAPアールタップやグラリウスとかもオススメ」


 さっぱりだ。

 チンプンカンプンである。

 思わず楽巳は、助けを求めてテレビの方へと視線を彷徨さまよわせた。

 ロップルが必死でジェスチャーを送ってくれるが、さっぱりわからない。シュミちゃんは腕組み考え込んでるし、そもそもタイカはやる気が全くなかった。


「他にもアクションゲームもあるわ! これはスーパーマリコシスターズ、有名なゲームね。マリコとルイの姉妹が、王子様を助けるゲームよ。最新作もあるわ! 他には、ベルトスクロールアクションのファイナルファイティングも面白いの」

「え、あ、なるほど」

「音ゲーはどう? わたしもスマホでプロデューサーやってるけど、やっぱり二人でやるならポッツンミュージックかしら。あっ、ビビットマニアをやるなら専用コントローラを出さなきゃ」


 さっぱりわからん。

 毛ほどもわからん。

 毎日、ちょっとした時間に地道にRPGをやる以外、ゲームを楽巳は知らないのだ。そもそも、遊羽とお近づきになりたくて、最近はじめたばかりだなのだ。

 そんな楽巳の戸惑いが伝わったのだろうか? はたと気付いて遊羽はうつむく。


「あ……ごめんなさい。わたし、ゲームのことになるといつも夢中になっちゃって。ちょっと、びっくりした、よね? 引いちゃった?」

「い、いえっ! その、僕……遊羽さんと、ゲームしたいです。ただ、なにをやっても素人、初心者なんで……その、喜んでもらえるかどうか。でも! 僕っ、遊羽さんと楽しい一日にしたいですっ!」


 その時、なんだか泣きそうか顔で遊羽が笑った。

 同時に、彼女のワンピースのポケットから声が響く。


「よく言った、少年! だが、お主の決意は……拙者が確かめさせてもらう!」

「右に同じくですの。さあ、レッツアクション! 遊羽のためにも、わたくし達が見極めさせてもらいますわ」

「そのビート、そしてリズム……ボクの出番だね! 奏でて、ときめきのメロディ!」


 なんと、遊羽のポケットから飛び出したのは……概念妖精だった。

 それを見て、驚きと共にロップル達も姿を現す。

 驚いた楽巳は、同じ顔を目の前の遊羽に見るのだった。

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