第2話「GAME TO GAME」

 坂下楽巳サカシタガクミは帰宅するなり、自分の部屋へと駆け込んだ。

 そこには、大通りに面した窓に向かって、何度も何度もねて飛ぶロップルの姿があった。彼女は、不思議なリズムで楽巳の机の上で踊るようにジャンプする。

 彼女はゲームの妖精、RPGを司る概念妖精プレイマーだ。


「ただいま……ロップル? な、なにしてるの?」

「あっ、おかえりなさいっ! 楽巳様!」

「様、はなんかこそばゆいな……楽巳でいいよ。なんか、楽しそうだね」

「はいっ! これもゲームです。ここから見える大通り、車が通る時だけジャンプするんです。時には厳しいリズムが押し寄せ、忙しく疲れるんだけど……エヘヘ」


 なんだかよくわからないが、ロップルは窓から見える大通りの交通で遊んでいるらしい。ロップルから見て、視界を自動車が横切る時だけジャンプする。車はスピードも様々だし、時間帯で混雑する。彼女はどうやら、楽巳が登校したあと、ずっとこの奇妙な一人遊びをしていたらしい。

 だが、彼女はそれをやめて椅子に座る楽巳の手に飛び乗ってくる。


「それで、楽巳! どうなりましたか、貴方の恋は。進みましたか? レベルアップですか? 新しいダンジョンに突入ですか!?」


 ハスハスと元気に詰め寄ってくるロップルを、楽巳は見下ろし溜息を零す。


「実はさ……RPGを始めた、昨日DLダウンロードしてゲームを進めてるって言ったんだ。そしたら、麒麟寺キリンジ先輩が……なんか、変なことを言い出して」


 思い出しても赤面するし、脳裏に自然とあこがれの人が浮かぶ。

 楽巳が遊羽を想う時、彼女は貞淑ていしゅく凛々りりしく快活な美少女だ。天使か女神か、その両方か。スタイル抜群で気立てがよくて優しく、文武両道で成績優秀な御嬢様おじょうさま

 そんな彼女に、楽巳は今日は一生懸命伝えた。

 遊羽と親しい姉のおせっかいで、昼休みに一緒にお弁当を食べた。


「その時、僕は言ったんだ。ゲームを、RPGを始めてみたって。勿論もちろん、ロップルの存在は秘密だけど」


 昨夜から、楽巳は人生初めてのゲームを遊んでみた。

 それは、ロップルが勧めてくれたRPG、多くの英霊を使役して物語を戦い抜く王道ゲームだった。慣れない手付きでずっと、昨夜は楽巳はゲームに勤しんだ。

 そのゲームの名は、フェイス・グローバルオーナー。

 やってみると、なかなかどうして面白い。

 だが、そんな楽巳に遊羽は奇妙なことを言い放ったのだ。


「聞いてくれ、ロップル。遊羽先輩は……!」

「あー、そういう系ですか? ふむふむ、なるほどー」

「ガッチリ容赦なくしばるって言ってた! その、女の子って……す、凄いね!」

「……勘違いしてませんか、楽巳」

「しかも、! ! あの優しくまぶしい微笑ほほえみで、僕を見て言ったんだ……わたし、マゾなの、って。縛りプレイが大好きなドMなんだぁ、って!」


 楽巳には一大事である。

 遊羽が性癖を暴露したことも、それが自分だったことにもだ。

 楽巳とて健全な男子、アレコレ知ってるし、それなりに致している。中学一年生なんだから、これからこじらせてしまう、変に拗らせて道を踏み外してしまう世代である。


「ロップル……意中の女性をむちで打ったり縛り上げたり、あまつさえ蝋燭ろうそくの熱したしずくはずかめるとか、そういうゲームはないの!?」

「あー、えと、うーん……あるんですが、楽巳の年齢では遊べないわよ? R18、レーティングがあるから。でも、アタシが想うに」


 ロップルがかいつまんで説明を始めた、その時だった。

 不意にまた、楽巳のスマートフォンが光を放つ。

 真っ直ぐ天井に屹立きつりつした光の中から、ロップルと同じ小さな美少女が現れた。軍服っぽい服装で、ショートカットの凛々りりしい雰囲気の女の子だ。


笑止しょうし! ロップルよ、あるじを満足させてないではないか。最強ジャンルが聞いてあきれる」


 勝ち誇ったように、その少女はスマートフォンの上から歩み出た。


「私はSLGシミュレーションゲームつかさどる概念妖精、シュミちゃんだ。好きに呼んでいいが、無駄な一手だったら……容赦なく、斬るッ!」


 シュミちゃんは腰のサーベルを抜き放った。

 またしても見知らぬジャンル、それを具現化した見知らぬ美少女が現れ、楽巳は混乱する。だが、語彙ごいを喪失して無意味なつぶやきをする楽巳に代わって、ロップルが声をあげた。


貴女あなた、シュミちゃん! なにしに来たのよ!」

「無論、そう遠くない未来にゲーマーとなる者の、その道を示しに来た」

「それって楽巳のこと? 彼はゲームを知らないの! 昨夜初めてDLして、アタシと最初の町で全員の町人と話しただけだもの! レベル上げしかしてないわ!」


 楽巳にはチンプンカンプンだ。

 ロップルが教えてくれたゲーム、RPGは自分の性にあっていた。つまりこれは、物語を体験するゲームなのだ。そして、物語の中の苦難に立ち向かうために、時間や金銭を使う必要がある。ただ、楽巳だけが思い描くストーリーを体現できる、そのことに不自由がないばかりか、プラスの要素が多くて自然と頬が緩むんだった


「えっと、シュミちゃん。君は……どういうゲームなの?」

「よくぞ聞いた、人間よ。ちなみにどうでもいい話だが……少年、君はあまりにゲームを知らな過ぎる!」


 ロップルが止めようとするが、シュミちゃんは一人のステージで大げさに踊る。

 勿論もちろん怒髪天げきおこだ。


「ちょっと! 楽巳はRPGで憧れの先輩とコミュニケーションを取るんだから!」

「おだまりなさい、ロップル。そんな対戦車擲弾発射器RPGみたいな貴女が、楽巳様を導けるものですか!」


 訳がわからないが、突然現れたシュミちゃんが事情を説明してくれる。

 そのことにロップルが言葉を挟まないということは、彼女は嘘を言っていない。

 つまり、遊羽が言う『縛りが好き』『マゾなの』『ドMなの』には、意味があった。つまり彼女は、ゲームをやる時は自分のルール……自分だけのマイルールを作るらしい。時には最強魔法を封じ、ゲーム内で有利とされる条件を否定する。そうして、自ら自分に厳しく困難な状況を作るのが、マゾ……それもガチのドMなんだそうだ。


「えっと……でもさ、僕は昨日ロップルに教えられて遊んで、わかったんだけど……RPGはストーリーが楽しめる上に、自分の分身たるキャラを、望んだ強さ、望むからこそ鍛えた状態で送り出せるのいいと想うな」


 ゲーム初心者の楽巳は、最初は戸惑った。

 だが、ゲームの中でいうレベルを上げて挑むと、事態は好転した。RPGというゲームは、物語を体験し、選んだ役目を演じる遊びだ。そして、自分が選ぶ未来に全てを、時に受け入れ、拒絶し、叩かて乗り越える。あるいは、話し合いで調和だって求められる。

 だが、シュミちゃんはそんな楽巳の言葉を一喝した。


「そんなものに戦術も戦略も感じられません!」

「え、でも、あれだよ……強いボスと戦う時、レベルを上げてやるけど……僕はなんか、レベルを少し上げ過ぎだって言われるけど」

「常に万全の自分を作る、それにコストがない……現実でゲームをしてるは、時間以外を払ったという意識がないと危ないですの」


 二人目の概念妖精、シュミちゃんは語った。

 先輩との初デートが自宅で、楽巳は少し焦っているのだ。それで、RPGを手っ取り早く進めるためにレベルを上げてゴリ押ししてると。

 だが、ロップルのツッコミにシュミちゃんは堂々と矛盾を言い放った。


「じゃあアンタさ、シュミちゃん。アンタの考える最高の戦略ってなによ」

「勿論、相手より大多数の兵力を揃え、常に有利な条件で戦い、相手の選択に左右されぬ結果を得ることだ!」

「つまりそれ、まずはレベルを上げて当たれって話しじゃない?」


 シュミちゃんは、ロップルの言葉に固まってしまった。

 ともあれ、楽巳は週末の遊羽とのマイホームデートだけが気がかりだった。

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