ゲーム☆ラブ!

ながやん

第1話「ゲームデビューは突然に」

 坂下楽巳サカシタガクミは途方に暮れていた。

 帰宅して自室に戻り、ベッドへと倒れ込む。午後の日差しが傾く中、制服姿で彼はまくらへと突っ伏した。


「はぁ、なんで……こんなのってないよ。そりゃ……昔から知ってたけどさ」


 楽巳には今、好きな人がいる。

 恋をしているのだ。

 だが、片思いで進展の予定はない。

 その人との小一時間前を思い出すと、今日何度目かの溜息ためいきこぼれ出た。

 改めて楽巳は、大きく踏み出すチャンスが空回りした先ほどを思い出す。





 その人の名は、麒麟寺遊羽キリンジアスハ

 姉と同じクラスだから、二つ上の中学三年生だ。

 端的に言えば、品行方正でおしとやか、少しド天然な御嬢様おじょうさまである。誰にでも優しく、ガサツで脳天気な姉とは親友同士だから不思議だ。

 長い黒髪に微笑びしょうたたえた美貌、そして抜群のスタイル。

 これぞ美少女の決定版! という雰囲気である。

 楽巳はそんな彼女が、ずっと好きだった。

 行動を起こせず過ごす毎日が、もっとずっと好きにさせてくれる。

 そんな時、たまたま下校が一緒になった中で姉が気を利かせて? くれた? らしい。


「遊羽さあ! ちょっち聞いてよー、うちの弟がスマホに乗り換えたんだよー!」


 ガハハと笑って、姉は楽巳の背をバシバシ叩く。

 過剰なスキンシップは姉の特徴だが、竹を割ったような性格なので不思議と誰からも好かれる。遊羽とは対象的に、ボーイッシュで豪放、豪胆な人柄が有名だった。

 姉の言葉に、遊羽は女神のスマイルを浮かべてくれる。

 だが、その時の言葉は意外なものだった。


「まあ……スマートフォン、便利ですよね。それで……楽巳くん、?」


 ――なんのゲームを始めるんですか?

 意外な言葉だった。

 小学校に入学した時、防犯の意味も込めて持たされたガラケーが壊れた、それだけの意味しかなかったスマートフォンの購入。それを聞いて、真っ先に遊羽はゲームをするのかと聞いてきたのだ。

 正確には、なんのゲーム、どんなゲームを遊ぶのかという話である。

 もう、彼女の中でゲームをすることは決まっていたのだ。

 そして思い出す……麒麟寺遊羽は大のゲーム好き、ゲームオタクのゲーマーなのだった。





 振り返っても、顔から火が出そうだ。

 ベッドの上でスマートフォンを取り出しながら、楽巳はスリープモードの画面を見詰める。そこには、何の変哲もない見慣れた自分の顔が暗く映るのみだった。

 遊羽は結構、一方的に話していた気がする。

 いつもウフフと聞き上手な彼女が、こんなに話すのは初めて見た気がする。

 その内容はチンプンカンプンだったが、ゲームの話になんとか楽巳は食らいつこうと頑張った。そしてさらに、じゃあ今度お茶でもしながらゲームのこと教えてくださいよ、まで言ってのけたのだ。

 だが、遊羽は名門の御嬢様とは思えぬ返事をくれたのだった。


「お金がないからゴメンナサイ、かあ……そんなはずないよなあ、大金持ちなんだから。……課金、ってなんだ? ガチャガチャがどうとか言ってたな」


 つまり、ていよく断られた。

 そう思った、次の言葉に楽巳は驚かされた。

 そのことで今、悩んでいる。

 遊羽はちょっと気恥ずかしそうに、でも嬉しそうにこう言ったのだ。


『今月のお小遣い、もう全部ガチャに使ってしまったの。だから……楽巳くんの家に今度、遊びにいってもいいかしら。家でなら、ゆっくりゲームのお話もできると思うの』


 いきなりの家デート、しかも自分の部屋に招くことになってしまったのだ。

 いわゆる、開幕からクライマックス! である。


「でも、ほんと意外……ゲーム、好きなんだ。ゲーム……やったこと、ないな」


 楽巳は今時珍しい、ゲームに触れたことのない人間だった。トランプで遊んだことすらない。ゲーム機も持たず知らず、興味もなかった。趣味は読書だし、姉はスポーツ馬鹿で年がら年中あちこち走り回っているアウトドアな人だった。

 ゲームに縁がないまま、13歳になってしまったのだ。


「……ちょっと、調べてみようかな。スマホでできるゲームっての」


 そっと液晶画面に触れて、色付く中に浮かぶアイコンに触れる。ブラウザを起動して、検索しようとしたその時だった。

 突然、デフォルト設定のままの新品のスマホが光った。

 そして、見知らぬアイコンが浮かび上がり、選択される。

 突然のことで思わず、楽巳はスマートフォンを放り出してしまった。

 ベッドの上に落ちた薄い板から、光が立ち上り……その中に、小さな小さな女の子の姿が浮かび上がった。


「待たせたわね! DLダウンロード感謝、お礼を言ってあげる。アタシはRPG……ロープレのロップルって呼んでもいいのよ? さ、冒険を始めましょう!」


 金髪をツインテールに結った、よろいにマント姿の少女だ。しかも、その鎧が局所的に露出過多ビキニアーマーで、スタイルの良さが際立って見える。

 手の平サイズの、さながら女騎士といった雰囲気の少女は楽巳に首を傾げた。

 だが、疑問と混乱で言葉を失い、どうにかそれを取り戻して楽巳は彼女を指差す。


「だっ、誰!? RPG? ロープレって」

「あら、知らないの? 誰でもやったことあるでしょ。ファイナルファンタジアとか、ドラゴンクエスチョンとか、ウォーザードリィとか! ……え? な、ないの!?」


 よいしょ、と女の子はスマートフォンの上から降りた。確かに今、楽巳の見下ろすベッドの上を歩いている。


「RPGってのは、ロールプレイングゲームのことよ。つまり、役割ROLL演じるPLAYINGゲームのこと」


 ロップルと名乗った不思議な少女は、かいつまんで説明してくれた。

 元々は、複数の人間が集まって一つの物語を共有し、その中でキャラクターを演じるTRPG、いわゆるテーブルトークから始まったという。その際に、司会進行役を務めるGMゲームマスターが必要だったが、それをコンピューターに任せたものが今のRPGである。

 不思議とロップルの説明はわかりやすく、それがゲームのジャンルだと楽巳は理解した。


「……で、君はなに!? えっと、その、ロープレ? の、妖精さんとか!?」

「言い得てみょうね。アタシはゲームの中の一つ、RPGを司る概念妖精プレイマーよ。妖精さん、みたいなものね。さ、始めましょうか」

「な、なにを」

「決まってるじゃない! ゲームよ、ゲーム! ほらっ、早くそこのスマホを取って!」


 こうして突然、楽巳のゲームライフが始まった。

 だが、週末には遊羽が遊びに来るのだ……この部屋に。

 そのことを話したら、ロップルは腕組み神妙な顔になる。


「なるほど、えっと……あ、そうそう、楽巳ね。オッケー、楽巳! アタシがそのえにし、結んであげる。クエスト受注完了、冒険の始まりね! 大丈夫よ、一緒に神ゲーを目指しましょ」


 その時はまだ、彼女の言う神ゲーなるものが楽巳にはわからなかった。

 だが、少し小生意気なロップルに言われるまま、彼はゲームをやり始めるのだった。

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