第6話 蒔村隼の、起きて半畳寝て一畳
衝撃は慣性のズレとともにやってきた。地震が発生したと思ったが、アラートの共鳴で「ほうおう」に何が起こったかを、全て察した。レイは即座に、被弾箇所に向かう。第3区画、食料庫でなにかが起こり、下手をすれば生活居住区となっている第2区画にも被害が及ぶかも知れない。それぞれの区画の気密は独立しており、何が起こっているかはわからないが、隼は生きていた。
「隼さんはここにいてください。食料庫が破損しているようです」
淡々とマイが言う。
「食料庫が?」
「そうです。残念ですが。マイクロマシン修復は始まっているようですが」
「ほうおう」の外壁はマイクロマシンでコーティングされている。今回のようなデブリの到来も、弾き返すだけの力は持っていた。だが、突入角が「ほうおう」に対してほとんど垂直だったこと、また2年の月日が経過し劣化が免れなかったことが、想定外だったのだ。
「レイ、最低限の確認を終えたらこちらに戻ってきなさい」
「わかりました。……ですが」
「おまえがそこにいても、修復はできない。マイクロマシン修復を待とう」
直径50センチにも及ぶ穴から、食料コンテナが流出していく。泡消火設備が作動しており、それで駄目になる食料も少なくないようだ。
一か月分の食料コンテナが飛び、二ヶ月分、三ヶ月分。下手に近づけば、真空宇宙にレイも引き込まれてしまうため、隔壁にがっちりつかまっていた。隔壁のこちら側では、マイが悔しそうな表情を見せた。隼は、無表情に見ている。
「一年分の食料が流出しました。まもなく、修復が終わります」
ナノマシンが一枚の板状に形成され、ぱたり、と穴を塞いだ。強い圧力が縁にかかったが、空気の流出はそこで停止する。
「気圧が非常に低くなっています。0.6気圧まで、上昇開始」
レイはばらばらに食料コンテナがちらばった第三区画中心に経つと、酸素生成を開始した。このような自体は当然想定されていたため、最大で「ほうおう」すべての空間を埋める分の酸素生成ができるようになっている。長い髪をクラゲの触手のようにゆらゆらと広げながら、根本から紅蓮の炎を毛先に走らせる。ナノスケールに細くなった人工毛細管を冷却水が流れ、太陽光から貯められた電気により酸素を生成する。同じく生み出された水素は、食料庫冷却に向けられた。
「あと三十分で環境復帰できます」
気密区画が再び空けられた時、残量は1年1ヶ月分、そのうち廃棄分が2ヶ月分弱。レイの走査で事実を告げられた隼は、冷静に答えた。
「ボイジャーとコンタクト・ログを地球に届けられるポイントは、どこだい」
「……、それは」
衛星「マラトン」との通信は通じるが、往復で1週間を要するし、大容量を届けるとなるとカイパーベルトまで向かわなければならない。少なくとも、地球と「ほうおう」の中間地点にマラトンがないと、隼の希望には添えないのだ。
「ほうおうを全速力で飛ばしていこう。そこまでは、食料が持つか?」
「一日の消費カロリーを2割減らしたとして……」
マイは演算をまたたく間に行った。そして答えを渋る。
「間に合わなかった、んだな?」
「はい」
ため息一つ。隼は様々な策を提案し始めた。まずは、地球への救難信号。「ほうおう」と地球の中間地点でピックアップしてもらう案。二週間待ったが、それは不可能だという答えが帰ってきた。「ほうおう」と比肩する速度のロケットが現在地球には存在しない。特に、マイやレイのような環境維持管理アンドロイドで宇宙開発に回せる個体がないのだとか。
「なんでなのよ! 私たちの生みの親がこのまま死んでもいいっていうの?」
「見殺しにはさせないわ!」
と怒りを露にしたマイが食卓に出したのは、海鮮あんかけで味をごまかした、膨張穀物と冷凍肉の団子だった。ポップコーンやポン菓子の容量で圧力をかけた米に最低限のカロリー維持に必要なものを放り込んで味付けでごまかす食事。一食あたり、3割の食料削減が可能となっていたこの技術は、マイとレイの共同作業だ。マイは宇宙に出るにあたり、高圧負荷調理を封じられたため、ポップコーンはもともと作れない。その理由として、漏れ出した豆などが機材を破壊しかねないというくだらない懸念からである。そもそもその機能を必要とした食事をマイが作ったことがなかったため、大した問題ではなかったのだ。だが、デブリによって食料庫破壊後は非常に悔やまれた。そこで、レイが瞬時の空気圧縮と真空化による炊飯釜を用いた高圧破裂を提案。二人の共同作業によって、隼の食事が賄われるようになった。一食およそ250キロカロリーの食事のために、二人が使っている電気量はその二十倍ほど。ソーラーパネルによる「ほうおう」からの電力供給は続いているとはいえ、普段の業務に大きな差支えが生じていた。最低限の環境調整と、最低限の食事。ボイジャー修復完了の四ヶ月後、第三区画は密閉後、減圧し空気のない状態とした。もう使わないこともあるが、レイひとりでそこまで賄うのが難しくなったからである。隼の活動範囲も、起きて半畳、寝て一場。メモを残したりアイデアの蓄積はすべてマイに行っているため、ほとんど日中は動くことがない。以前は、余暇の時間は著作権切れの二十世紀から二十一世紀の映画を見て過ごしていたが、日に日にやせ細るその身体では、二時間ないし三時間、集中して画面を見るのが辛そうだった。何より、多くの映画で見られる食事の風景が目に毒であった。一度、マイに頼んで食事シーンをすべてカットしてもらった名作冒険活劇アニメを見たが、何度も何度も繰り返し見たために脳内で勝手にそのシーンを補完してしまう。地下洞窟で食べつトーストに目玉焼き、自宅で海賊たちが贅沢にも荒っぽく食べる食事、おばさんの加えたハム、そこから垂れるよだれ。飛行船の大鍋でぐつぐつと煮える、シチュー。映像がないからこそすべてが美化され、苦しんだ挙げ句マイとレイに無茶を頼んだ。
「ミートボールスパゲッティを作ってくれ」
「別の作品ですね。マイ、あれも見せてしまったんですか」
「カップ麺で我慢してください。作中に出てきたでしょう?」
「駄目だ、ミートボールスパゲッティなんだいいから頼む、これで死んでもいいから」
死んでもいい、と言われるとマイは断りきれなかった。ここに残されている食料を節約しながら消費したとしても、決して地球にたどり着けないことは三人ともにわかっていたからである。エサである団子を食べ続けたとしても、食べたいものを食べ続けても、結果は餓死から逃れられないのだ。マイは無言で調理をし、山盛りスパゲッティを出した。暖かな湯気立つボロネーゼに、吸い込まれるようにフォークを突き刺し、ぐるぐると巻いて口に詰め込んだ。そして、酸味と肉汁の脂身を感じながら噛みつぶし、嚥下し、嘔吐した。
すでに、やせ細りつつある隼の身体は、ミートボールスパゲッティを劇物として排除したのだ。自らへの嫌悪感を覚えつつ、うつむいて、言葉が出なかった。
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