第4話 蒔村隼の、悠々自適な更新作業
「充電効率はカイパーベルト通過時の63.4%です。ボイジャーとのランデブーにあたって、減速に逆噴射が必要となりますので、予定日は2日ほど遅くなる見込みとなります。工作室では、受け入れとセイル更新の準備が既に完了していますので、次回の交信はドッキング終了後となります。食料貯蔵は現在72%健在です。それでは……、交信終了……」
JAXAの開襟シャツを脱ぐと、「レイ」と空調機に声をかけた。通信のログを保存し終えた彼女は、「呼べば洗濯してもらえると思ってるんじゃないの」と髪の毛をピンク色に光らせる。放熱のパターンに空気清浄を加えると、様々な色になるらしい。
「思っているよ。だってレイは」
「お母さんみたい、でしょ。はいはい。わかりました。ボイジャーとのドッキングまであと72時間ほどなんだから、準備忘れないで」
「わかったよ」
隼は部屋着に着替え、フルバケットの椅子に座る。後ろからマイがやっと終わったねぇ、と頭をなでてくれるのだった。ここまでヒトを駄目にする機能をつけた覚えはないのだが、何故かこうなってしまったのだからディープラーニングを続けている成果はあった。レイとマイはまったく用途の違うAIだが、5感を用いた家電同士のコンタクトを2年も続けることでどうも変な方向に発展してしまったらしい。隼を甘やかしたり、時には規則正しい生活を遅らせようとしたり。第一にあるのが隼の健康で、その次に隼の手助け。その次点くらいにあるのが、なぜかマイがレイに、レイがマイに優位に立とうとする姿勢。AIに競争意識が芽生えたとは、非常に驚きである。
ボイジャーは、パラボラアンテナと長い低磁場磁力計を取り付けた姿で、ゆっくりと「ほうおう」の第一格納庫に収納された。70年以上も過酷な宇宙空間にあったため、直接ワイヤーやフックなどで固定はできない。レイの調整した圧力と風力によって、危ういながらも第一格納庫中心に浮かぶ状態で静止する。当初はワイヤー固定の予定だったが、ランデブー時に予想よりもはるかに老朽した姿を見てこのような判断をしたのだった。
「すごいです隼さん。このデータ地球に送るべきです!」
「私の技術なんだけど」
「でも、コロンブスの卵的発想をしたのは隼さんですから!」
「今この瞬間の姿勢制御をしているのも私なんだけど!」
「空調機は空調機らしい仕事をしていればいいんです!」
「黙れ炊飯器」
レイとマイの会話は、2020年台の機械音声のような、違和感はないが抑揚もないものだった。
太陽パネルのセイルは、ボイジャーのサイズに合わせた最軽量のものが用意された。無線給電の送受信アンテナの増設、10センチキューブの量子コンピュータも取り付ける。磁場による形状認識をおこない、ボイジャーのAIとして学習させるのだ。自らはボイジャーであると。その習得期間は2ヶ月。コンタクト相手は三人もいるので、ディープラーニング以上の効果が得られるだろう。チューリングテストもできる。
キューブの量子コンピュータは米国で最新鋭のものが用意された。チタン合金製のこの箱ひとつで十数億円するらしい。地球を経ったときから「ほうおう」の演算をすべて並行処理させていたため、隼たちの生活も全部知っている。ただし、外部出力のためのインターフェイスはないので、ずっとだんまりだった。作業は、環境改善のスペシャリスト、レイが中心で行った。キューブ取り付け後、再起動を行う。新たな意識を持ったボイジャーの誕生だ。起動パフォーマンスのつもりなのか、姿勢制御装置の誤作動なのか、格納庫内でゆっくりと回り始めた。
「おはようございます、皆さん。アカシャ=ボイジャーです」
回転に次いで、中性的な長髪の存在が目の前に現れた。その声に。
「待っていたぞ」
「待っていたわ」
と、レイとマイ。
隼だけが、表情を目まぐるしく変え、そしてなにも声に出せなかった。
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