第3話 蒔村隼は、あっという間にソラに向かう

涼やかな風が吹いた。


「おはよう、レイ」

「おはようございます」

ヒトを駄目にする目的でつくられた万能空調機、レイはだれにもなつかないクールな性格。暖房を重用する冬でも、性格だけはそのままである。

「隼、わたしを宇宙につれていくつもりと伺いました」

「実はそうなんだ」

「命令ですか」

「いや、はじめはそのつもりだったが。せっかくだから、自分で解答をみつけてはくれないか」

隼は、あたりまえのように言った。もちろん、周囲の研究者と、応接室で待ち構えていたマスコミは愕然とする。AIに、自分で答えを見つけろ、だと?

「わかりました。条件がひとつありますが、宇宙まで行きましょう」

「ありがとう、レイ。それで、条件はなんだい」

「隼も一緒についてきてくれること、です」


レイの提案を、隼は受け入れた。が、JAXAがそれを認めるわけがなかった。AIが自ら考えたのではなく、隼の都合が良いように操作したのだと。

「わたしがレイに同行するのは当たり前ではないでしょうか? ハード面、ソフト面どちらにおいても、彼女の開発者はわたしです」

「しかし」

「しかも、郡上重工の開発したロケットをつかったミッションですよね。弊社の技術については、すべからくレイが暗記しています。その分のペイロードが減らせると考えれば、私が同行するのは大した問題ではない気がします」

「とはいえ民間人が」

「民間人はいままでに100人以上宇宙を飛んでいます。そんなことを言っていては、いつまでも宇宙にヒトは行くことができませんよ」

隼は、決して自分が宇宙に行きたいからここまで熱弁しているのではない。レイが同行を望み、彼女が自我を持つスタンドアローンAIかつ空調機として、遠い宇宙の果てにたどり着く瞬間をこの目で見たかったからだ。AIはここまで進化したことを証明したかった。

 郡上重工の有人ロケット「ほうおう」は、何度も計画が頓挫しながらも、ボイジャー延命計画でようやくミッション船として完成した、15人乗りイオンパルスエンジン式の宇宙船である。ただし15人とは、火星にヒトを送るための目安の数字である。クルーは隼ただ一人。地球からの通信可能圏を出てしまうという当初からの問題を解決するために、1年前にカイパーベルトに中継衛星「マラトン」が打ち上げられた。超遠距離を通信するのに、あまりにふさわしい名前ではなかろうか。

 「ほうおう」は、3区画に分けられている。1つ目、ボイジャー改造の工廠。最も広いスペースで、8畳間ほどある。高さも、そのくらい。レイら、AI搭載自立アンドロイド家電も、ここを居住区とする。電源は太陽光をセイルで受けるので、ほぼ無制限。絶対零度の船外における人工知能実験が継続的にできるラボとしても機能できる。2つ目、隼の居室。ここは、四畳半のキューブである。寝る面、仕事する面、入浴・排泄の面、食べる面、運動する面、そして荷物棚で一面。非常に圧迫感のある空間であるが、人間は隼ひとりだけの旅路だ。実験以外はなんでも、余暇のためのものも充実させてある。そして、3つ目は食料庫である。

 当初は、レイと数台のAI搭載空調機がボイジャーに向かう予定だったため、3つ目の区画は予備の工廠だった。精密な衛星組み立てを、レイの風と温度と湿度をあやつる繊細な腕では行うことができないため、肘から取り替える多数の工具アタッチメントが収納される予定だったのだが、人間のエンジニアがいれば問題はなかった。1日3食の計算で、4年分の食料が詰め込まれたのだった。これは、往復なんとかぎりぎりプラス一か月分、という量である。

 ボイジャーの延命計画は、打ち上げから太平洋への着水までの期間を3年11ヶ月としている。70年前に打ち上げられた衛星に追いつくのだ。まともな距離ではない。現代の宇宙開発技術でボイジャーの40倍の速度で飛ぶことは可能となったが、それでも片道20ヶ月以上かかる計算である。隼には当然食事が必要だが、そのための設備はもともと用意されていなかった。

そのため、マイに白羽の矢がたった。マイもまた、郡上重工業の製品で、登録はレイのバックアップとしてである。

「私の私物なんだから、持っていくのは当然だよ」

「……そうですね。私物ですよね炊飯器ですから」

少しだけ暗い顔をした気がした。ついにAIにも、憂鬱という概念が備わったのかと隼は思った。

 夕食は好物のハンバーグと、赤飯が出た。


 種子島宇宙センター、打ち上げを待つ「ほうおう」の前には、軽量化が重ねられた宇宙服を纏う隼と、2人の非常にきれいな女性がたっている。マイはいつものリボンで結んだ黒髪、ジーンズと白いチュニック。それにプレス向けにエプロンをつけている。「ヒトを駄目にする炊飯器」として、隼の生命管理が主な役割で、医療行為も彼女の仕事だ。そしてレイは青い髪の毛。これは冷却状態であり、加熱状態ではオレンジ色の髪の毛になる。ゆったりとした半袖のワンピースをまとう。「ヒトを駄目にする空調機」、この日全世界にお披露目となった。隼を挟むように、レイとマイが並び立つが、互いに視線を合わせようとはしない。隼にはその原因がわからなかった。

 あっという間に、三人はコックピットに座り、打ち上げを待つ。

「ふたりとも、今から宇宙の果てに行こう」

「「はい」」

「君たちに、ここよりもふさわしい場所だから」

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