ある会社員の日常_その3
検査の結果も特に問題はなく退院できるようになり、家に必要な荷物だけを詰め、母のいる実家に行くことになりました。
事件の現場だった居間は、警察の方が証拠となるものは既に運び出され、後は業者の方清掃され戻る事も出来るそうなのですが、
私自身まだあの家に戻りたくない事もあり、実家に戻ることにしました。
幸い会社は実家からでも通える距離でしたので、気持ちの整理がつくまでは実家にいて、落ち着いたら家に戻ることになりました。
実家に戻り、その足で妻の実家に向かいました。
「失礼します」
戸を開けると、
「よく来てくれましたね。夫はいつもの部屋にいますよ」
と義母がいつもと同じように迎え入れてくださいました。
私は義母と共に義父のいる居間に向かいました。
トントン
「あなた、Kさんが来ましたよ」
「ああ、入りたまえ」
「失礼いたします」
私は部屋に入るとすぐさま、
「娘さんと子供たちを守ることができず、誠に申し訳ありませんでした。」
と土下座をすると、
「K君、君がそんなことをする必要はないんだ。顔を上げてくれ」
「そうですよ。あなたのせいではありません。だから頭を上げてください」
「ですが!私が気を失いさえしなければ!妻はあの子たちは死なずにすんだかもしれません!」
「それは違う!それは違うぞK君!
私たちが憎むべきは未だに逃げている犯人なんだ。君が責任を感じる必要はない」
「ですが、もしそうだとしても、私は自分が許せません!
私が気を失いさえしなければ、犯人と相打ちになったとしても、娘さんと子供達は死なずに済んだかもしれない!
私の頭の中ではずっとそんな考えがよぎるんです」
涙が溢れ止まりませんでした。
「K君、君が言ったもしもがあったとしても、その場合は君が死んでいただろう。そうなれば娘たちが悲しんでいただろう」
「ですが...」
「もう娘たちは死んでしまったんだ。これは変えようのない事実だ。君もわかっているだろう」
「はい...」
「死んだ者はもう戻ってはこない。すぐには立ち直れるとも思わない。
だがいずれは、死んでいったみんなの為にも君は精一杯生きてくれ」
お義父さんの言葉は私の胸に染み込んでいきました。
涙を拭い、
「お義父さん...ありがとう..ございます」
「K君、昼食を一緒に食べないか?」
この後、昼食をお義父さん、お義母さんと共に頂き、妻と子供たちの墓前に花をたむけた後、実家に戻りました。
翌日、2週間ぶりに出社しました。
会社の皆さんには依然と同じように接してもらってはいますが、以前とは何かが違うという違和感があり居心地が悪く感じてしまいました。
家に帰れば、母が私に気を遣い世話を焼いてくれます。ですが私にはそれが腫れ物を扱うように思え、家でも気持ちが安らぐことはありませんでした。
それから3ヶ月の時が経ちましたが、私の心お中は依然重く冷たいまま、温もりを感じることはありませんでした。
〈これ以上は無理だ、私の、家族の家に帰ろう〉
そう思い、会社を辞め自宅に戻ることにしました。
それからの生活はとてもひどいものでした。
何もやる気が起きず、外に出るのは食料を買いに行く時だけ。
眠れば、悪夢にうなされすぐに目が覚めてしまいます。
あるよる、ふとこんな考えが頭によぎりました。
〈なぜ私がこんな目に合わなくてはいけないんだ。なぜ妻は息子は娘は死ななければいけなかったんだ。
...憎い。
誰が憎い?
未だに逃げ続けている犯人が憎い。
どうしたい?
犯人にも私と同じ思いを味せてやりたい。
どうやって?
妻と子供たちにした事と同じことをやってやろう〉
もうこの時から、いやそれ以前から私は壊れていたのかもしれません。
翌日私は考えました。今の自分に人を殺すことができるのか。
今の私では覚悟を決めていても、その時には躊躇してしまうだろう。
そう考え、殺すことにためらいを覚えないように、まずは隣の家の犬で試すことにしました。
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