第10話 サバ味噌煮缶と高校生とビビンバ

 今朝は最初にホウレン草を湯がくことにした。


咲子は今まで、塩を一つまみ入れて湯がいていたのだが、最近は砂糖を一つまみ入れることにしている。

ホウレン草の中にあるシュウ酸という成分を除去するためには、塩より砂糖の方が効果的らしい。シュウ酸は腎臓結石の原因にもなるそうだから、気をつけなくちゃね。

茹でて絞ったものを食べやすい大きさに切ると、二つのお皿に入れる。

一皿目には、すりゴマと出汁醤油をかけて、朝ごはんとお弁当に使う。もう一皿はラップをして冷蔵庫に入れた。


ついでに冷凍にしておいた牛肉を出して、冷蔵室の方に移しておいた。

今夜はビビンバの予定だ。


玉ねぎと麩の味噌汁に炊き立てのご飯、ホウレン草の胡麻よごし、それにサバ味噌煮缶をあけることにした。


最近は本屋に行くとサバ缶ダイエットという本が並んでいる。

この間までは砂糖や炭水化物をカットするダイエットが流行っていたが、サバ缶とはまた面白い。咲子にとっては今更の話であるが…。


咲子は独り暮らしなので、なかなか魚を買いにくい。スーパーでは魚は大抵二切れパックになっているし、コンビニのサバなどの調理済みパックは割高になるので、たまにしか買わない。

そのため普段はサンマやサバの缶詰を買い置きしておいて、朝ごはんに食べることが多い。今日もお皿に出したサバを半分も食べないうちにお腹がいっぱいになってしまったので、後はタッパーに入れて冷蔵庫にしまい込んだ。


お弁当は昨夜の残りの豚肉を解凍して、玉ねぎとショウガで豚丼風味にしてみた。

ホウレン草とキュウリの漬物が箸休めだ。


今日は朝から雲一つない上天気だが、昨日の雨が蒸発して早くも空気がムシムシしている。


わ~、今日は暑そうだ。


玄関を開けた途端にムワッと押し寄せてきた熱気に、咲子は思わず顔をしかめてしまった。


車に乗ろうとしていると、側で自転車が止まって中西さんが声をかけてきた。


「おはようございます! 暑いですねぇ。」


「あ、おはようございます。そうですね、今日は朝から真夏のようですね。」


「おふくろが月曜日にお会いするのを楽しみにしていました。面倒でしょうが、よろしくお願いします。」


「まぁ、とんでもない。私も楽しみにしてるんですよ。お母様によろしくお伝えください。」


お互いにお辞儀をしてすぐに別れたが、中西さんは今日も違う色の野球帽をかぶっていた。

一体、いくつ野球帽を持っているのだろう?




◇◇◇




 今日は金曜日のためか、夕方近くになって学生の来館者が多くなってきた。


進学校で有名な岸蔵南きしくらみなみ高校の制服を着た生徒たちが、本館の東側にある読書スペースで勉強を始めている。

二階の北西の奥に学習室が設けられているのだが、クーラーが効いていても西日が射すためか、一階の読書スペースを占拠する学生が多い。


そんな中、金曜日にはいつも来る新城池しんじょういけ高校の女の子がやって来た。

新城池高校はうちの図書館よりだいぶ南にある高校なので、ここに来る生徒は滅多にいない。ほとんどの生徒は市の南部にある青島あおしま図書館の方に行くようだ。


この常連の女の子は、たぶん岸蔵駅を利用しているのだろう。

いつもは一人で来て、児童書や小説をリュクサックいっぱい借りて帰るのだが、今日は珍しいことに友達と一緒だった。


「ねぇ、更紗さらさ~。山之上やまのうえ先輩って、中備ちゅうび西中出身でしょ。どんな人か知らない?」


「…シッ、小さい声で話しなよ舞花まいか。図書館だよ。」


どうやら常連さんは更紗という名前らしい。中備市に住んでるんだったら、うちの近くだね。


漏れ聞こえてきたひそひそ話から判断すると、舞花と呼ばれている女の子が山之上という名前の男の子に告白されて、付き合うべきかどうか更紗さんに相談しているようだ。


いいねー、青春だね。


「へんな噂は聞いたことがないから、気になるんだったら付き合ってみればいいじゃない。」


「ん…、だよね。でも私、付き合ってた人と別れたばっかだし…。」


羨ましいぞ、舞花さん。

咲子は二十九歳になるこの歳まで、男の人と付き合ったこともない。


そんな中、二人の男子学生が児童書コーナーにやって来た。


中西なかにし、やっぱりここだったか。」


長岡ながおか君…。」


おー、更紗さんは中西更紗さんだったんだね。中西というと、もしかしてうちの近くの村の人だったりして…。


「ちょっと二人で駅前のマックに付き合ってくれないか? 話があるんだ。」


あらあら、何の話なんでしょうね~。


更紗さんはいつもより少なめの本を借りて、友達と一緒に帰って行った。




◇◇◇




 咲子は、今日は野菜の支柱を立てようと思っていた。


昨日は雨が降って出来なかったからねー。


家に帰って普段着に着替えた咲子は、野菜畑の周りを六か所、スコップで深く掘っていった。

交差させた二股の支柱を三か所に建てて、上部に物干しざおのように棒を一本渡して麻紐で結んでいく。


トマトやナスの苗の脇芽を取って、伸ばしていく枝だけを麻紐で支柱に誘引していった。


…できた。

家でも建て終えたかのような達成感があった。


昨日の雨で、野菜の苗たちが一回り大きくなったように感じる。

人間にとっては困る雨やカンカン照りも、草木には恵みになるんだろうな。


庭での作業が終わると、咲子は手を洗ってから、夕食の支度にとりかかった。


スープはワカメとネギを入れた中華だしの汁にした。

最後にゴマをパラッと入れる。


次はビビンバだ。


まだ凍っている牛肉を解凍する。

そしてフランパンで肉を焼きながら、甜麵醬テンメンジャン、少しの味噌、ニンニク、ショウガ、砂糖、塩、みりん、醤油で味付けした。


卵を二個、半熟のゆで卵にする。

卵の茹で加減がわかるグッズを買ってからは、綺麗な半熟卵ができるようになった。一個は明日のお弁当に使うので、殻を剥いだら出汁醤油につけて冷蔵庫に入れておく。


今日買って来た山菜入りのモヤシの漬物を、丼によそった温かいご飯に満遍なく置いて、朝作り置きしていたホウレン草を添え、味付けした牛肉をたっぷりと盛る。

その上にチューブ入りのコチュジャンをグルっとかけ、半熟卵を一個のせるとビビンバの完成だ!


木のスプーンでかき混ぜながら食べるビビンバの美味しいこと!

スープもいい味になってる。


咲子は今日も満足して、夕食を食べ終えた。


今日は、休みの日に草取りをしている時に見つけた木の葉っぱを調べてみようと思って、借りてきた本を読んでみることにした。

どうも鳥が運んできたらしい、小さな木の芽が一本、庭に生えてきていた。


★ 「樹木まるわかり図鑑」 大海 淳 著  大泉書店 出版


葉っぱがたくさん載っているこの本で見た限りでは「シロダモ」というクスノキ科の木の葉が、うちの庭に不法侵入している犯人に一番近そうだ。


赤い実がなるみたいだから、これっぽいな~。


クスノキ科ということは、放っておいたら大きくなるのよね。


咲子はガーデンデザインで決めた、南側の端っこにそのチビちゃんの木を植え替えておこうと思った。

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