第4話 焼きナスと三食弁当

 「指輪物語」は森の中に誘い込まれるというか、沼から手招きされて引きずり込まれるというか、とにかくズルズルと最後まで読まされてしまった。


一巻を読み終わった後に、咲子は明日の用意をしていなかったことに気づいて慌ててしまった。

しかしアパートではなく田んぼの中の一軒家のいい所は、夜遅くゴソゴソしていても誰にも迷惑をかけないところだ。


台所に電灯をつけると、先ずはお米を研いで明日の朝、炊き上がるように炊飯器に予約のセットをした。


そして千両ナスを四本水で洗うと、包丁で各四か所ブスブス刺して魚焼きグリルに放り込んだ。

この家を買う時に水周りだけはリフォームしてもらったので、最新のシステムキッチンにしてもらった。そのためグリルには時間設定もできる機能が付いている。最長時間に設定して、焼きナスを作ることにする。


フライパンではひき肉のそぼろ煮を作っておく。

少なめの油をひいて、ひき肉を色が変わるまで炒めると、白砂糖、みりん、醤油を入れて、塩をほんの少しだけ味をしめるために入れる。そうして甘辛い味がひき肉全体につくようにグツグツ煮込んでいく。

その中にショウガをすりおろして入れると味は完成だ。お箸をぺろりと舐めるといい味になっていた。

フライパンの音が変わってきて水分がなくなると、ひき肉のそぼろ煮の完成だ。

タッパーに入れて冷ましておく。


そぼろ煮ができた頃には、焼きナスも真っ黒に焼けていい感じになっている。

お箸でナスをつまんだら、二本は柔らかくぺちゃんこになったが、後の二本はまだ弾力がある。できあがった二本の皮をむいている間に、弾力のある方をひっくり返してもう三分焼いておくことにした。


熱っち!


皮をむいていると火傷しそうに熱い。ボールに水を入れて指を冷ましながらむいていく。最後にヘタを落とすと出来上がりだ。


お~、美味しそう。


トロリと黄金色の蜜がしたたっている。


一本だけ食べようかなぁ~。


焼きナスを一本だけお皿に入れて、かつお節と醤油をかけると、ふわんといい匂いがしてきた。


冷蔵庫から小さい缶ビールを出すと、食卓に座って一人乾杯だ。


「咲子さん、この二日間のお休みは大健闘だったね。お疲れ様~。」


焼きナスを一口食べて、冷えたビールをググッと飲むと、何とも美味しい夏の味がした。



追い焼きをした二本と最初の残りの一本は、熱いうちに皮をむくとタッパーに入れて置いておく。


その後、咲子が台所を片付けて、お風呂に入って洗濯機を回す頃には、二つのタッパーはいい具合に冷えていた。

咲子はタッパーを冷蔵庫に入れて、寝ることにした。




◇◇◇




 翌朝、あくびをしながら起きると身体のあちこちが痛い。


草取りって、重労働なんだなー。

これからは早め早めに取らないとダメだね。


咲子は仕事の帰りに、草取り用の鍬みたいなものを買って帰ることにした。


洗濯物を下着だけ風呂場に干して、服やタオルは縁側の外に置いてある物干しに干した。


今日は天気予報が一日中晴れだと言っていたから、外に干したままでいいだろう。


朝ご飯は、豆腐と大根とネギのお味噌汁にサンマの缶詰と冷たい焼きナスをおかずにして、今日は和風でまとめてみた。


「いただきます。」


冷えた焼きナスも、ツルンと食べられて美味しかった。


大根はそろそろ固くなってきたなぁ。


春大根は冬の大根とは煮え方がちょっと違う。季節も初夏に移り変わろうとしているので、みそ汁の具は夏野菜にしたほうがいいのかもしれない。


「ごちそうさまでした。」



咲子は深めのお弁当箱に少しご飯を入れるとその上に昨夜作ったひき肉のしぐれ煮を入れた。またその上にご飯を入れて、スクランブルエッグを一番上に満遍なくのせた。キュウリの浅漬けを多めに添えると三食弁当の出来上がりだ!


本当はひき肉を下茹でして余分な油をとってからしぐれ煮にすると、固まった白い油が出ることはないのだが、咲子はその手間が面倒なので、油の少なそうなところを選んで乗せ、温かいご飯でサンドイッチをすることで、油はご飯に溶け出させるようにする。


油の多い部分は残しておいて、また炒め物に使うつもりだ。


多めに作っておいた味噌汁を携帯用のスープボトルに入れておくと、昼にお弁当を食べる時にもまだほんのりと温かい。


残った焼きナスのタッパーに出汁醤油をかけて、これもお弁当に持っていくことにする。



時計を見ながらお化粧をして身支度を整えると、お弁当バッグを持って出勤だ。

車を車庫から少し出して両側の道を見ると、北側の道に農業用の軽トラックが止まっていたので、今日は南側の道路に出ることにする。


咲子の家の側の道は車がギリギリすれ違える幅しかない。道路沿いを流れている農業用水の所々をコンクリートの橋で覆って、楽にすれ違える場所を作ってはいるが、危ない橋は渡らないほうがいい。

見通しはいいので、毎朝こうやって北と南、どっちの道路に出るか判断している。


南の道は、白い花の道よね~。


道べりに白い花が群生して咲いているので、なんていう花なのかと思っていたが、昨日、雑草図鑑を見ていてヒメジョオンという名前だとわかった。


♪ヒメジョオン~並んで咲いてるの~白い花の列~どこまでも続くよ~♪


作詞作曲 穂村咲子ほむらさきこのでたらめな歌を歌いながら、突き当りの角を西に曲がり、しばらく走って川土手の大きな道まで出ると、今度は川下になる南に向かって走って行く。

岸蔵きしくらへ向かう土手沿いの県道は、いつもの朝の交通ラッシュだった。



大橋の信号で止まった時に、ヨーデルのCDをかけて黒飴を一つ口に放り込むと、車の中はスイスの山の朝に早変わりだ。


♪ヨーレルヨーレルヨーレルヨーレル ヨーロレイッヒー♪


咲子もCDに合わせて一緒に鼻歌を歌いながら、黒飴の味を楽しんだ。

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