第3話 ひき肉カレーと草取り
スーパーに特売の合びき肉があったので、普段買うパックより大きめのサイズを買ってしまった。
咲子は夕食の用意をするために台所に来たのだが、冷蔵庫からひき肉のパックを取り出して、しばし
どう料理してやろうかな…。
同じように特売で買って来ている野菜は、岡山の千両ナスの大袋と福岡産の四個入りのピーマンだ。
うーむ、半分はカレーにしようかな。後の半分はしぐれ煮にしておいてお弁当に使うとしましょう。
最初にナス二個とピーマンを二個洗って、ヘタや種を取ると、小さめのキューブ状に刻んでいった。常備野菜の玉ねぎとニンジンも同じぐらいの大きさに切っていく。
最初にフライパンでひき肉を炒めてニンジンを入れると、ニンジンに少し火が通るまで炒めていく。後はナスとピーマンと玉ねぎも入れて塩コショウをする。全体にざっと火が通ったらお湯を入れて煮込んでいく。
ナスにひき肉の油が染み込んでしっとりといい色になってきた。フライパンから湯気と一緒に野菜の香りが立ち昇っている。
お昼にうどんを食べたので、炊飯器にはまだご飯があった。
ラッキー、炊かなくて良さそうね。
十三分でタイマーが鳴るようにしかけると、咲子は工作の片付けをしに縁側に行った。
片付けが終わって、新しい郵便ポストを腕に抱えて玄関に向かったが、よく考えると壁に取り付ける方法がわからない。
本にはそこまで載ってなかったなぁ~。
仕方がないので、玄関のたたきの軒下にポストを置いておくことにした。
…待てよ、強い風が吹いたら飛んで行くかな?
咲子は部屋に取って返してダンベルの片方を持って来ると、ポストの上に乗せておくことにした。
心配性の咲子らしい措置だ。
タイマーに呼ばれて行ってみると、水分が少なくなったカレーがぐつぐついっている。
一旦火を止めて、カレー粉を箱の半分だけ放り込んで溶かしていく。カレー粉がなじんだら、もう一度火にかけて少しだけ煮込む。
そうすると、あっという間にキーマ風カレーの出来上がりだ!
トマトを半分くし形に切って、サラダの代わりにすることにした。
咲子は福神漬とラッキョウがないとカレーを食べた気がしないので、両方ともたっぷりとカレーのルーの上にばら撒いた。
スプーンに山盛りに乗せたカレーライスを、一口でパクリと食べる。
うーん、美味しい!
定番の美味しさだ~。
でもラッキョウがなくなってきてるな。
梅干しを買った時、隣にラッキョウがあったけど、甘酢漬けのラッキョウって、私にも作れるのかなぁ?
よっし来週は、それに挑戦してみよう!
◇◇◇
翌朝、鳥の鳴き声と共に目を覚ました咲子は、顔を洗うと歯磨きをしながら縁側に行った。
夜中にお湿りがあったみたいで、庭の草が雨を含んでしっとりと濡れている。空気の匂いも湿り気を帯びていた。
わー、このくらいの濡れ加減だと草取りに丁度いいかも。
庭中草だらけだったので、先週からずっと気になってたのよ。
先週は引っ越しで、荷物を片付けるだけで何もできなかったから、この休みには草取りをしようと思っていた。
服を着て、朝ごはんにキャベツとお豆腐のお味噌汁、卵焼きに納豆ご飯を食べると、元気いっぱい咲子さんのできあがり~。
さぁ、いっちょやりますか!
帽子を被って、軍手をはめて、バケツとスコップも持って準備万端だ。
でもその前に草の名前よね~。
咲子は、図書館から借りてきた本を縁側に持って来た。
★ 「雑草手帳」 稲垣 栄洋 著 東京書籍 出版
ふーん、この優しい色の黄色の花は「ハハコグサ」っていうんだ。よく見るけど名前を知らなかったな。
なになに? え、これが春の七草の「ごぎょう」なのぉ?!
…食べられるんだ。
ヨモギ餅が流行る前に桃の節句のお餅になったって書いてある。
びっくりだね。
パラパラと覚えた草の名前を呪文のように唱えながら、咲子はどんどん草を取っていった。
ヒメジョオン・ナガミヒナゲシ・スズメノカタビラ・ちくちくするカモジグサ・根が深いオオバコはスコップを使って・チガヤ・アメリカフウロ・スベリヒユ・ワルナスビには本当に小さいナスがなっていた・ヒメオドリコソウ・カラスノエンドウこのエンドウは食べられないよね?・ヤエムグラは軍手にひっつくよー・メヒシバよりオヒシバの根っこの方がしつこいね・エノコログサはいっぱいあった。
最後にニワゼキショウとアカバユウナゲショウはピンクの花が咲いていて可愛かったので、花を植えるまでは残しておくことにした。
やれやれ、腰が痛い。
三十歳が来るから、歳なのかなぁ。
でも庭がさっぱりしたねー。
取った草は西側の裏庭に持って行って、重ねて置いておいた。
咲子は草取り道具を片付けて、シャワーを浴びることにした。
暑い!
今日はこれ、絶対に
シャワーの下に立つと水が気持ちいい。
汗をかいたので、ついでにシャンプーもすることにした。
咲子は子どもの頃から短髪なので、シャンプーも簡単だし、風呂上りにブローなんかしたことがない。ガシガシとタオルで拭いて、櫛でスッと
肌触りの良い部屋着をスポンと頭からかぶると、アイスティーを片手に座敷でくつろぐことにした。
そういえば「指輪物語」を借りてきてたわね。
咲子は先週の土曜日に図書館に来たお客さんを思い出した。
「新装版の『指輪物語』の単行本は、名前が洋風に変わってるって聞いたんですが…。ここの棚を見たら昔の大判しかないんです。一巻を単行本で読んだので、名前が誰が誰だかわからなくて。こちらに単行本は置いてないんでしょうか?」
その人は一巻だけ本屋で買ったのだが、本屋さんに二巻を置いていなかったらしい。そのために図書館に来てみたと言っていた。
書庫の方に単行本があったので、そのお客さんに無事に貸し出すことができた。
その問い合わせの後、スタッフの間で「指輪物語」のことがひとしきり話題になった。
ベテランの
このシリーズはファンタジーの基本書らしい。
咲子は読んだことがなかったので、日曜日の貸し出しが終わった後に借りて来てみた。
扇風機をかけて座敷に寝っ転がった咲子は、トールキンの描いたファンタジーの世界に出かけたのだった。
ブーンブーンと風を送る扇風機に応えるように、アイスティーの氷がカランッと涼し気な音を立てた。
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