第九章 前と後ろ
第九章 前と後ろ
製鉄所の一角にある、水穂の部屋。
友助「すみません。水穂さん。どうしても謝罪がしたくて参りました。よろしかったら、入ってもいいですか?」
友助は、返事も聞かずに勝手にふすまを開けてしまい、水穂の枕元に正座で座る。
水穂も、布団から起きて、かけ布団の上に座る。
友助「あ、無理して起きなくてもいいんですよ!そのまま寝ていてくださってかまいませんから!」
水穂「そういうわけにもいかないんじゃないですか。誠実に来てくれたんですから、こっちもそうして返すべきでしょうに。」
友助「本当にすみません!水穂さんが、あそこまで手取足取りなんでも教えてくれたのに、今回それを全部ぶち壊しにしてしまったようなもので。」
手を着いて、頭を下げる友助。
水穂「そこまでしなくてもいいですよ。僕も大したことはしてないですから。」
友助「本当にすみませんでした。」
水穂「だから、そんな大げさにする必要もないのですが。それより、これからどうしていくかを考えないと。」
友助「これからって、もう、おしまいにするだけです。教授は、早く新しいものを書いて提出するべきだと言ったけど、僕は、そんな虫のいいことは全然できないので、、、。」
水穂「誰でも、多少のことはやるもんですけどね。誰にも迷惑をかけない人間なんていないと思いますけどね。」
友助「でも、清華さんをああしてしまった人間として、楽団の人たちは毛嫌いするでしょうし、指揮の先生も、ああされたら二度と顔なんか会わせたくないでしょうし、もう、あそこへ顔を出せる立場ではありませんよ。だって、あれだけ、皆さんをしっちゃかめっちゃかにしてしまったんだもの。それに、曲を作る指導だってしてくれたし、桃の花をあんなにきれいに書き直してくれた水穂さんにも、申し訳立たないし。」
水穂「まあ、事実はそうなんですけどね。人間事実にこだわりすぎていたら、何もできませんよ。大事なのは、事実に対してどう感じるかに、重点を持っていく事なんですよ。事実はただあるだけで、何もしませんから。まあ言ってみれば、社会なんて、事実ではなく、事実に対してどう感じたかの集合体です。大事なのは、そっちですよ。」
友助「だから、そう考えるのであれば、二度とそういう事が起きないようにするために、僕が消えるのが一番なんではないですか?」
水穂「そうですね、、、ここに来るほとんどの人がそうなんですけど、そう考えちゃうんですよね。なんだろう、責任感が強すぎるのかな。本当は、一度や二度の失敗で大事なところまで落とす必要はさらさらないんですが。」
友助「だって、そういう事を言ってくれるのは、水穂さんとか、青柳先生とか、支援してくれる人たちだけだって、僕はよく知ってます。一般的な人は、そういう寛大さはまずないでしょう。あるのは偏見と怒りと、差別だけです。それに、今の社会ですと、一度失敗したら二度とやり直しができないようにできている。例えば、大学を大人になってから受けなおそうとすると、すごい偏見が飛ぶじゃないですか。東京の方へ行けばまだやり直せるのかもしれないですが、ここはそうはいかないでしょう。都市と地方ではそういうところが全然違いますよ。東京では偉いねと言われたとしても、ここでは親の介護を怠るひどい奴とみなされたりする事例も相次いでいると聞きましたよ。」
水穂「ああ、そういう事はそうですね。それは確かにそうでしょうね。もちろんこの製鉄所だってそういう事で傷ついている人もいますからね。僕もきっと、そうなっているんじゃないですか。ここまで悪い奴を何回も許してくれる環境なんてこの製鉄所しかないと思います。」
友助「水穂さんはそういう事はないんじゃないですか。だって、ピアノだってなんでも弾けちゃうわけですし、音楽の知識もたくさんあるし、それに変なことですが、その顔だって武器となるときもあるでしょう。」
水穂「まあ、そうなのかもしれませんが、見かけなんてろくなことにはなりませんよ。それで許してもらえることはまずないし、妬みの原因にもなりかねないですしね。まあ、それが生かせるというのは、テレビの世界だけですよ。現実ではそうはいかない。だから、テレビが役に立たないというのはそういうわけなんです。」
友助「あ、すみません。綺麗な人はなんでも得をするのかなと思っていたのですが。」
水穂「そんなことは絶対にありませんね。逆に損ばっかりです。」
友助「そうなんですか、、、。本なんかには、そういう綺麗さを武器にした例はたくさんあるけれど。」
水穂「余分なことばっかり身につくんですね。今時の若い人は。肝心なことを何も知らされてないですね。これだから日本の教育ってのは困ります。時には、そういう事を知らされないで、大事なことを落とす人まで出る。昔の映画何かみてみればわかりますけど、一度や二度の失敗で世の中とさようならしたいなんて言いだす人はどこにもいませんでしたし、まわりの人だって、それで社会から締め出そうと企む事はまずありませんよ。いつごろから、そういうところを失くしてしまったのかなって思うんですよね。」
友助「僕はどうしたらいいんですか。だって、二度と修復できないことをしでかしてしまったわけですから。」
水穂「じゃあ、何とかして、修復すべきではないですか。先ほども言った通り、事実はただあるだけで何も意味は持っておりません。その善悪を付けているのは人間が勝手にやっているだけの事ですよ。僕も、あなたも、みんな同じで、ただあるだけなんです。それをきれいだとか不細工とか誰が決めたんですか。もうちょっと、自身を顧みてくださいよ。そうなれば、自分なんて、ただあるだけで何もないんだって、よくわかります。それだけの話なのに、余分なことばっかり気にしてる。」
友助「すみません、、、。」
水穂「当り前の話なんですけどね。別に説教をしたつもりもないのですが。謝れと言ったわけでもないのに。」
友助「ほ、本当にできが悪くて、、、。」
水穂「だから、出来が悪いとか、そういう事も求めてはいないのですが。これは別に試験で百点をとるために教えたわけではないです。そういう覚え方ではなくて、もっと実践的に覚えてもらえたらいいのですけど。」
友助「ご、ごめんなさい。そんなこともできなくて。」
水穂「若い人って、そうなるのかと感じるようになったなら、僕も年をとったのかな。」
少しばかりせき込む。
友助「ほ、本当にすみません。いつまでも覚えないダメな人で。でも、お体は大丈夫ですか。」
水穂「そういう心配だけはするんですね。そこだけははっきりしています。」
友助「いや、本当に心配になったから。」
水穂「それを伸ばしていけたらいいですよね。」
友助「へ?」
水穂「若い人は悪いところばっかりではないようです。製鉄所にいればそれがわかりますが、そこを伸ばさないで余分なことばっかり教えるからまずいんだ。よく、青柳教授が日本の将来が心配だと言っていたのですが、僕も、なんだかそういう事なのかなとなんとなくわかりました。」
友助「そうですか、、、。」
水穂「まあ、教訓は得ましたね。」
友助「はい、、、。僕はどうしたら。」
水穂「僕がもし、指示をする立場であれば、教授と同じことを言うと思います。最も、そうではないから、教授と同じような言い方はできないですが、今日の話で一段と年をとったなと思いましたね。なんだか、疲れたな。」
友助「あ、あ、ごめんなさ、じゃないか。わかりました!何とかします!」
水穂「してくださいよ。本当に。頼むから余分なことばっかり考えるのはやめてくださいね。」
友助「わ、わかりました!すみません!」
水穂「ほら、もう余分なこと言ってる。」
友助「は、は、はい!」
水穂「まあ、悪いのはあなたではないですから、これ以上責めることはしませんよ。教えるほうが、それを偉いと思っているのが問題なんですから。早く反省してもらいたいところですが、それをしようとする気配は一向にないですからね。本当に、若い人が大事なことから、遠ざかってしまって、実相を知ったらその衝撃が大きすぎて耐えられなくなるのが問題だ。実相を教えていくって、そんなにいけないというか、格好悪いことではないと思うのですが。」
友助「水穂さんの言う実相とは何でしょう。」
水穂「実相はただ一つですよ。とにかく、事例と言いますのは、存在するだけの事であって、それを吉とするのも凶とするのも人間の勝手であるわけですから、それを何とか解決しようと考えればいい。これだけの事ですよ。」
友助「でもどうやって解決したらいいのでしょう。」
水穂「若い人は、とにかく全部を解決しようとして焦るけど、そんなことはまずできることはないので、どこから手を出したらいいのか、考えることでは?」
友助「わ、わかりました!何をしたらいいのかわかりませんが、そういう風に考えてみます!」
水穂「そうしてくださいませね。」
と、いいつつ、再びせき込む。
友助「だ、大丈夫なのですか。」
水穂「気にしないでくださいませ。寝てれば何とかなりますから。それより、やることはあるでしょうに。」
友助「はい、、、。やることって。」
水穂「教授からも言われているじゃないですか。」
友助「交響曲第二番、ですか。でも、無理ですよ。かける材料も何もないですよ。イメージも何もわかないですし。」
水穂「そんなもの目の前に転がっていますよ。音楽というものはそういうものです。」
友助「目の前に転がっている?」
水穂「その、絶望的な気持ちを曲にしてみるとか。」
友助「ど、どうすればいいんですか。」
水穂「そんなことは、本人ではないとわからないですけど、絶望を表現するのだって、絶好の道具になりますよ。事実、それを基にした交響曲もたくさんあるでしょ。シューベルトの未完成交響曲とか。僕も経験しているからわかるけど、音楽って書いていると、なんとも言えない慰めにもなるんですよね。」
友助「は、はい。すみません。も、申し訳ないです。」
水穂「余分なことが多すぎますね。それを全部取り払って、素直に書いてみてはどうですか。あと、思い人への謝罪もね。」
友助「わかりました。とにかく書きますよ。書きます!とにかく、この間の一連は、本当にすみません!」
水穂「あんまり謝りすぎないでくださいね。」
友助「は、はい!」
すごすごと、軽く頭を下げて、ふすまを閉める。
道路を歩いている友助。
友助「第二番か、、、。素直に書いてもいいものだろうか。」
精神科の一室。杉三は、清華の下を毎日のように訪れた。必ず何か食べ物を持っていくので、看護師に迷惑がられたこともあったが、それでも毎日訪問にやってきた。看護師はくだらない話をされて非常に困ると苦情を漏らしたが、彼女はとても嬉しそうだった。時折杉三と一緒に庭を散歩したり、病院の中をあるきまわることもあった。そのほうが、薬ばかり飲んで閉じ込められているよりも、ずっと楽だと彼女は言った。でも、杉三は友助のことを口にしなかった。
麗華は、桃の花で大衆的な人気を獲得し、様々なところで演奏していた。特に、若い人には人気が出て、入門者も増えていた。これで少し金銭的に余裕ができ、彼女は少しだけ、自分の時間を持てるようになっていた。家は、たった一人で暮らしていたけれど、そのような寂しさはどこかに行ってしまった。もう、あの怪獣みたいな娘と暮らすこともないだろう。あの子がいなくなってくれて、やっとほっとしたような気がする。これで安定した自分の生活も得られた。
でも、何だろう。なんとなく不快な感情が彼女にやってくる。なんだかわからないけれど、体も疲れやすいし、一日の稽古を終えると、もうご飯を作るのも面倒である。はじめのうちは、カップ麺だけでもよかったが、次第にそれも飽きてきて、本物のご飯が食べたくなってくる。そこで、外食チェーンに行って、食事をしてみたが、出されたものはまるでうまいとは感じない。なぜか毎日が憂鬱で、とてもつまらなく感じられた。だからこそ、彼女はあの曲に没頭した。あの派手な曲をやった団体という名声をとっていれば、少なくとも、箏曲界では、すごい曲をやれる人として、賞賛だけは得られた。邦楽を知らない人たちから、すごいとかかっこいいとかそういう言葉を得ることができた。それを得ているんだから自分はまだまだやれる。そう思い込んで彼女は、今日も厳しい先生として、稽古を続けていた。
ところがである。
毎日ポストを開けていても、彼女に慰問を依頼する老人施設はどこにもないし、教育施設もどこにもない。依頼の葉書も、メールも、電話も何もない。麗華はコンビニへ行って岳南朝日新聞を買ってみた。新聞などは全く読んでいなかったから、何が話題になっているかなんてなにも知らなかったけれど。
しかし、そのトップ記事を読んで目を見張るほど驚いてしまう。
なんでこの曲が?と思われるこの曲。
それが平気で演奏されている。
演奏しているのは無限の会で、市民会館のステージで、大拍手をもらっている写真が掲載されている。
タイトルは、六段の調べ。
麗華が最も嫌っていたこの曲が、なぜ演奏されているんだろう。
思わず凍り付いてしまった。
でも、なぜ?理由がわからない。だってあの時、私たちは、あれほど拍手をもらえたのに。
古典なんて、もう過去のものとしてあきらめるべきとして、それでよかったんじゃないの?それなのに、なんでこれほどの人数を動員し、新聞のトップに掲載されるほど大規模な演奏会を開催できるまでなったのか。なぜ!
思いっきり叫びたかった。
麗華は、家に帰り、無限の会をパソコンで調べてみた。
すると、今までなかったと考えられた、無限の会のホームページがいきなり現れたので、さらに驚いた。
恐る恐るそれを開いてみると、こんなことが書いてある。麗華は声に出して読んでみた。
麗華「私たちは、日本の長き伝統である古典箏曲を大切に、その曲の保存と継承に力を入れていく会です。古典を通して、皆さんの心に何か感じ取れるものを掴んで頂けたらと思っております。」
そして、定期的に行われる演奏会についても記述があったので、それを開いてみると、プログラムには六段の調べから始まって、萩の露、松竹梅、新青柳、八重衣など、麗華が毛嫌いしている古典箏曲が並んでいる。それらの曲を演奏した映像もあり、それを流してみると伝統の着物を身に着けて、きちんと演奏されていて、とてもへたくそとは言えない。
いったいなぜ、あそこまで下手だと思っていた社中が、ああなってしまったのだろうか。
いくら考えても麗華にはわからなかった。
呆然として、さらにホームページの組織概要の欄を開いてみる。
麗華「あれ!家元の名が変わっている!」
麗華の知っている家元は確か高齢の女性だったはずだ。それがなぜか若い男性に変わっていた。しかも彼は、家元と血縁関係はないようで、その証拠に姓が全く違うものになっている。
麗華は、無限の会の家元には子供がないと聞いたことがある。と、いうことは芸養子でももらったのだろうか?さらにそのページを読み進めてみると、それも違うということがわかった。単に門下生の一人が、家元を継いだだけらしいのだ。なんともラジオで流れてきた古典箏曲を偶然聞いてしまい、飛び入りで入門させてもらっただけとのこと。なんともありえない話である。それに、写真で見る限り、家元を名乗るには相当な若造である。
しかし、もし、あの演奏会の成功が事実なら、きっと、彼の力は大きかっただろう。
ホームページを作ったのも、彼の指示なのかもしれない。
若い人というのはそういうものであるから。そういうことができる人材なのだから。
パソコンの操作なんて私にはできないよ。という人が、箏の世界では当たり前のようになっている。誰かに代理でやってもらっている、程度しか知識のない人が大勢いるから、そんなものは作らなくていい。そう信じてきた。それに、社中の幹部クラスになる人は、基本的にパソコンのできる年齢の人は少ないはずだった。演奏の動画なんて、作れる人もまずいない。それで当たり前だと思ってきた。そんな宣伝の仕方は伝統の世界ではルール違反であるはずである。
しかし、無限の会は、そういう事を平気で成し遂げた。
その宣伝力によって、今回、岳南朝日新聞に載ってしまうまでなってしまった。
そういう事だ。驚愕の極みとしか言いようがなかった。
翌日。
清華が入院している病院に、水野麗華がいきなり現れたので、玄関でおしゃべりをしていた患者や看護師はさっと散った。
それもかまわずに、麗華は受付に向かった。
麗華「すみません、うちの清華は?」
受付「今、庭を散歩しています。」
麗華「会うことはできませんか?」
受付「たぶんかまわないと思いますが、ちょっとお待ちくださいね。」
麗華「なるべく早くお願いしますね。」
受付「はい。」
受付係は急いで中庭に向かった。
数分後。
受付係が戻ってきた。
受付「大丈夫だそうです。こちらにいらしてください。」
麗華「ありがとうございます。」
受付係に従って、中庭に歩いて行った。その歩き方は、非常に威圧的でつかつかとしていた。
清華は中庭のベンチに座っていた。まるで怖いことを言われるのがわかっているように、うつむいていた。
清華「お母さん。」
麗華「ごめんなさいね。お母さんどうかしてた。」
清華には意外なセリフで、一瞬目を回した。
麗華「もう、あんたのことを厄介とか、もういらないとか、そんなことは一切言わないことにするから、お願い聞いてくれないかな。」
今までにない優しいセリフに、清華は耳を疑った。
清華「お願いってなに?」
麗華「お母さんと一緒に、やってくれないかな。」
清華「何を?」
麗華「お箏教室。」
清華はギョッとした顔をする。
清華「でも、せっかくバイオリンも始めて、、、。」
麗華「それは、もうやめたほうがいいわよ。だって、ここに来たいきさつをよく考えなさいよ。あなた、弦楽アンサンブルに参加して、そこで大暴れして、他の人たちや、指揮者の先生にどれだけ迷惑かけたか想像したことある?」
清華「ないわけじゃないわよ。」
麗華「じゃあ、具体的にどうしたら、あの人たちと仲直りできると思う?」
清華「わからない、、、。」
麗華「弦楽アンサンブルには戻りたいの?」
清華「できればそうしたいけど、理解してくれない人もきっといると思う。」
麗華「そう。それがわかっているなら分別はあるわね。あなたも、大人なんだから、精神障害とはそういうものであると理解しなさい。外へ出るということは、よほど慈悲心があって、同じ苦労を経験している人が必ずいるものじゃないと、できないのよ。現に、そういう人を受け入れて成功している組織なんて聞いたことある?」
首をかしげる清華。
清華「私の友達の杉ちゃんが、そういう人を受け入れて鉄を作っている場所があると教えてくれたわ。でも、彼も言っていたけど、鉄を作るということが、悪行とみなされていて、あまり評価は高くないみたい。」
麗華「そうでしょう。結局ね、そういう人を入れると組織の評価は落ちるのよ。これはね、他の地域でも同じことよ。だって、ほら、どこかの地域では、そういう人を狙った大量殺人があったでしょ。そういう標的になりやすくなったりするのよ。だから、一般的な組織では、そういう人が加われないのはそういう事なのよね。」
清華「そういうものなのかしら。」
麗華「それで当たり前であると思うことが大人なの。」
清華「じゃあ、私はどうしたら。」
麗華「だから言ったでしょう。そういう障害のある人は、理解してくれる人の中だけでしか生きていけないのよ。そして、それを一番わかっているのは、やっぱり家族というか、血縁者しかいないのよ。世間体を恐れて、当事者を殺害する事件だって後を絶たないでしょ。それを一緒に乗り越えようとしてくれる人がいるのは、どんなにありがたいことなのか、よく考えてごらんなさいな。」
清華「そうね。やっぱり私は、そういうところしかいくことができないのかもしれない。」
麗華「よく言った。事実そうなのよ。せいぜいここの病院と、その関連する施設ぐらいしか、親身になってくれる人などいないと考えなさい。そして、そういうところへ入らせてあげているということに感謝しなさい。」
清華「ええ、それができるのはやっぱりお母さんしかいないわね。」
麗華「そうよ。それに、一緒にやっていれば、いつか一人で生きていかなきゃならなくなった時に、面倒なことをしなくて済むようになれるわ。一般的な人はそういう事が全くなくて、自殺する人だってあとを絶たないんだから。だから、親の後をとるのが一番いいの。本当はそれだって嫌がることが多いのに、親がわざわざそうさせてあげているんだから、これ以上の幸運はないと考えることにしなさい。」
清華「そうね。」
従順な娘はそういった。
清華「私、やっぱりそうすることにするわ。」
麗華「偉い、それこそ自分を受け入れて、成長したことになるのよ。」
母親はほっとしたと同時にほくそ笑んだ。
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