第八章 哀れな若者たち

第八章 哀れな若者たち

蘭の家。

テーブルを囲っている蘭たち。

蘭「本当に僕、どうかしてた。なんであの時彼女の顔をもう少し見てやれなかったのだろうか。それもやっぱり、あのすごい交響曲のせいかなあ。」

水穂「曲のせいにはするな。そんなこと言ったら、ベートーベンも何もみんな犯罪者になってしまう。」

蘭「でも、清華さんにとって、倒れるほどの衝撃だったんだろうか。」

懍「そういう事ですよ。事実そうだったんですから。」

蘭「と、いうと、交響詩桃の花は、彼女にとっては、本当に嫌な曲だったんだろうか。」

華岡「そうだなあ。というより、母親があれによって大絶賛されたのだから、嫌っていても仕方ないさ。」

水穂「ごめんね華岡さん。彼女が、椅子を叩き壊すほど暴れられたら、力のある人に来てもらうほかはない。なんとしてでも止めなきゃいけないからね。楽団員さんだって、お年を召した方が多いし、彼女を抑えるには難しいだろう。だから、呼び出したんだけど。」

華岡「いいってことよ!市民のトラブルを助けるのも警察の役目さあ!」

蘭「今回はお前が近くで警邏していたことが、唯一の救いだった。」

懍「華岡さん、お願いですが、今回の事は、報道機関にいくら詰問されても口にしてはなりませんよ。もし、報道機関に公開されたら、あの二人に対する偏見がさらに強まるばかりか、すべての精神障碍者がテロリストと同格であると誤解されてしまいます。そうなれば、うちの製鉄所も被害を被ることにもなりかねません。それでは、いけませんから。もし、報道陣が取材をしたいと言ってきても、硬く断ってくださいませね。それだけはお願いいたしますよ。」

華岡「わかりましたよ。青柳教授。決していたしません!」

蘭「お前は日ごろから口が軽いからな。気を付けてくれ。」

華岡「しかし、あの、水野清華という女はすごい女だな。たったそれだけの事実で、練習室の椅子を叩き壊してしまうほどの、怒りの感情がわいてしまうんだからな。あれだけ豹変して、半狂乱になって、止めに入った俺だって、怪獣相手と同じくらい怖かったよ。それだもん、てんやてんやの大騒ぎになるわけだ。」

懍「華岡さん、その感想こそ究極の偏見です。」

華岡「あ、すみません。でも、そう言われたらおしまいだぜ。びっくりしたと言っただけなのに、人権蹂躙になってしまうとはな。」

水穂「まあ、そうですよね。それが、理想と現実の世界のすれ違いかな。その部分が、ちゃんと一般の人には知れ渡っていないんですよね。日本の教育は、障碍者を大事にしようとは言いますが、具体的にどうすればいいのかは全く教えていないから、」

次に何か言おうとしたが、代わりにせき込んでしまう。

蘭「大丈夫か、水穂。」

水穂「ごめんね。何とかなると思うよ。」

と、言いつつ、さらにせき込む。

蘭「お前も疲れただろ?早く休んだほうがいいよ。」

水穂「大したことないよ。ほんとに、」

懍「水穂さんもかなり疲れていると言わざるを得ませんね。製鉄所に帰ったら、すぐに布団を敷いてくださいよ。でないと、惨事がさらに大きくなるだけの事ですからね。」

蘭「教授はやっぱり強いですね。やっぱり原住民と話したりしているからかなあ。」

懍「そんなことは関係ありません。人間は不可得であることと、抜苦与楽を理想として生きることだけを忠実に生きればいいのです。それ以外のものは皆余分なもの、飾りです。とらわれることはありません。」

水穂「で、杉ちゃんはどうしてる?」

蘭「当分帰ってこないんじゃないか、どうしても清華さんと一緒にいてやりたいんだって聞かないで、一緒に救急車に乗り込んでしまった。自分が歩けないのなんて、すっかり忘れてね。全く、なんで自分の事も何も考えないで、そういう人のそばにいてやるという考えが身についてしまったのだろうか。」

水穂「杉ちゃんだからこそ、できるんじゃないのか。僕たちでは絶対にできないよ。まあ、杉ちゃんの特権のようなところもあるからね。それに、清華さんのような人には、誰かがそばにいてくれることは、何よりの薬だし。」

蘭「でも、病院で迷惑が掛かるんじゃないかな。」

水穂「そういうところが杉ちゃんだよ。何かあったら、院長が何とかするだろう。教授の言葉を借りて言えば、そういう事こそ究極の抜苦与楽だよ。」

今一度、床のほうを向いてせき込む水穂。

蘭「ああ、またやる。この床、この前、掃除してもらったのにな。」

今度は止まらなくなってしまったらしい。血液が口に当てた手を染め、床の上に落ちる。

懍「しっかり!華岡さん、床拭いて。」

華岡「はい、持ってきます!蘭、ちょっと雑巾貸してくれ。なんだか申し訳ないことしてしまったぜ。」

蘭「はいよ。」

と、華岡に台拭き雑巾を手渡す。急いで華岡が汚れた床を拭く。懍は水穂の背を叩いて吐きやすくしてやる。

懍「水穂さん、止まったら製鉄所に帰りましょうね。」

幸い数分後に止まる。

蘭「この前、家政婦さんに来てもらって、綺麗にしてもらったと思ったら、またこれで汚い床に逆戻りか。いつも貧乏くじを引くのは僕なんだなあ。」

華岡「今の言葉、杉ちゃんが聞いたら、真っ赤になって怒るな。」

懍「そうですね。」

大きなため息をつく蘭。

一方池本クリニック、精神科の一室。

杉三「よかったねえ。とりあえず、保護室にはいかないことになったじゃないの。あそこへ入ったら、もう人間じゃなくなっちゃうよ。まあ、落ち着いたらすぐに帰れるさ。とりあえず、ゆっくりしろや。」

ベッドに体育すわりで座り込んでいる清華。

杉三「泣かなくてもいいんだよ。だって、君が悪いわけではないもの。」

清華「残酷だわ。」

杉三「何がだよ。」

清華「知らな過ぎたのね。私、母が書いたと言いふらしていたから、てっきり母が書いたのかと思ってた。」

杉三「だから、何を?」

清華「桃の花。」

杉三「お母さんは、自分が書いたと言いふらしていたの?」

清華「そうよ。だから、私、母のことが嫌いだったの。あれは、本当にひどい作品だと思っていて、あれをお箏で弾くことはまずありえないと思っていたので。」

杉三「うん。確かにあれはひどい。六段の調べなどを愛好する人から見たら、確かに怒るだろう。だからこそ、交響詩という形式に書き直すべきだったの!」

清華「でも私、友助さんがあれを書いたとは知らなかったから!」

杉三「作曲家だからねえ。そういうところもあるよねえ。まあそういっても確かに、桃の花はひどいよね。ショスタコが聞いたって、絶対首をかしげるだろうよ、あれはね。でも、それ以上に、君の好きな人がそれを書いていたと知ったら、本当にショックだよな。」

清華「そうなの。あの時は、何もわからなかったの。私、そういうときあるのよ。何か衝撃があると、頭で何も考えられなくなってしまう。そして、泣いたり叫んだりもの壊したりして、ああしてほかの人に迷惑かけてしまうのね。私自身もあの時、どうなっているかなんて、説明はできないわ。ただ、悲しかったしか言いようがない。なんでああして暴れて、椅子とか壊したのと言われても私はわからない。やっぱり私はだめね。自分のことなのに、自分で説明できないんだもの!」

杉三「うーんまあ、確かにそうだ。でも僕も、なんで文字が書けないのかと言われたら、理由なんて言えないしなあ。」

清華「手本を見てもかけないの?」

杉三「そうだよ。手本のとおりになぞっていくと、ずれてしまって変な形になっちゃって、文字になっていないって、母ちゃんに言われてた。」

清華「でもそうやってちゃんと説明できるからいいわ。私は、今日みたいになっても、どんな気持ちだったとか、なぜ椅子や机をたたき壊せるほどの怒りがあったかなんて、自分で説明できない。それなら、周りの人たちから、変な人と言われても、ある意味では当然の事よ。」

杉三「なんでもマニュアル的に説明できるのなら、人間ではないと考える民族もいるみたいだけどね。青柳教授の話では。」

清華「でも、そういう人は、おおよそ原住民でしょ。」

杉三「そうだねえ。鉄文化の普及していないところへ行くと、ごろごろいるようだけどね。」

清華「私、どうしたらいいのかしら。もう、何かここにずっといるほうがいいような気がするわ。せっかく、外の世界に帰れても、ああなればすぐ変な人になってしまうのよ。だから、もう、収容所みたいな生活をして、外の世界と一切かかわらないほうが安全なのかも。」

杉三「それだけはだめだぞ。人間だから、現世を否定するのは絶対にダメなんだ。そういう事が許されるのは、戦争をしているときだけにしろ。」

清華「でも、杉ちゃん、私、どこにも行くところはないわよ。」

杉三「そうだねえ。製鉄所では、現世というか、この時代に何とか適応しようとして一生懸命頑張っている若い人がいっぱいいるよ。あの曲を書いた友助さんだってね、その一人だったんだよ。あそこでは、鉄を作ることによって、何とか現世に戻ろうと努力しているんだ。こういう何も刺激のない白い建物よりはずっとましかなあ。」

清華「でも私、もう、他の人とかかわる自信もなくなってしまったわ。いつ、またおかしくなって迷惑をかけてしまわないか、自分でも怖くて仕方ないもの。」

杉三「いや、それだけは大丈夫。あそこはある意味、原住民と変わらない優しさを持っている人たちもいるから。青柳教授の言葉を借りれば、心を病むということは、どんな薬よりも、人間の力で治していくのが一番いいんだって。それを薬にすべて頼ろうとするから、おかしくなるんだって。」

清華「実現できることじゃないわよね。外の世界では偏見がいっぱいで、、、。」

杉三「ほんとだねえ。精神科がもうちょっと、本当に必要なものを用意してくれればいいのにねえ。」

と、ドアを叩く音がする。

杉三「なんだよ。今大事な話をしているんだから、邪魔しないでよ。」

看護師がドアを開けて、

看護師「杉様、いつまでいるんですか?あとは私たちがやりますから、帰ってくださいよ。」

杉三「嫌だよ。彼女が泣き止んでくれるまでここにいるよ。」

看護師「そんな事したら、治療の妨げになりますから、帰ってください。」

杉三「それはこっちのセリフだよ。あんたらにとって、患者さんなんて、どうせ商売道具の一つに過ぎないだろ。本当はそういうもんじゃないんだぜ。困っているから病院にくるんだらね。それよりも、困っている彼女を何とかしようともうちょっと頑張ってくれないと。ただ薬出してご飯くれて、と、いうやり方じゃ通用するもんじゃないんだから。そこらへんもうちょっと、考え直してもらいたいもんだなあといつも思っている。」

看護師「全く、そういう偉そうなことを平気で言うなんて、どういう立場なんですかね。」

杉三「立場なんて関係ないんだけどね。立場こそ、自由な発言とか、大事な伝言を邪魔する一番の悪壁だよな。いらないよ。そんなもの。」

看護師「全く、どういうわけでそんなこと平気で口に出せるようになったんですか。どういう教育されてきたんだか。」

杉三「教育なんていらないさ。馬鹿には必要ないんだ。馬鹿はいくら教育されても無駄なだけだもん。そういう馬鹿に投資しても仕方ない。馬鹿は放置しておいて、必要な時に使えばそれでいいの!」

看護師「あーあ全く。この人には、何を言っても無駄だわね。本当に常識のない人なんだから。」

杉三「常識なんて知らないよ。馬鹿はいつまでたっても馬鹿のまま。それでいいの。」

清華「本当に、杉ちゃんって面白いわ。あたしたちが言ってほしいこととか、本当にやってほしいこととかなんでも言っちゃうのね。」

杉三「当り前だ。誰かが言わないでどうする?」

清華「だって、言えないわよ。そういう事って。例え感じたとしても。」

杉三「さっきも言ったけど、言わなかったら何も変わっていかないのが、こういう人たちだぜ。」

清華「普通の人だったら、言わないで我慢してしまうかな。それかネットに書き込むか。」

杉三「そんなことしたって無駄なだけだい。直接言うのが、一番いいんだ。少なくとも僕は、普通の人じゃない、馬鹿だからな!」

清華「ほんとに、面白い人ね。」

杉三「馬鹿な人と言ってくれ。たぶんきっと他人がどんなに馬ではなく鹿であると言い続けたとしても、馬のほうがより真実に近いのだと思えば、僕は馬であると言い続けるだろう。」

清華「すごいたとえだわ。なんか、一昔前だったら、そういう人がいてもよかったのかしらね。まだ、そういう人を入れてあげられる、スペースがあったような気がするの。私たちだけではなく、普通の人にも。」

杉三「知らないよ。そんなこと。時代なんて関係ないよ。いつの時代にも言わなくちゃいけないことは言わないでどうするの。僕からしてみれば、昔はちゃんと言える人がいっぱいいたよ。だからこそ、名君という言葉があるんだろ。」

清華「そうね。なんか、あんまり平等すぎて、かえって大事なことが言えないのかもしれないわね。」

杉三「で、今は偉い人より、そうじゃないほうがこういう言葉を知っているから、おかしなもんだな!」

清華「ほんとね!」

看護師「もう二人とも!昔話なんかしている場合じゃないですよ。杉様はとにかくかえってもらわないと。」

杉三「じゃあ、あんたらは約束してくれるかい?彼女を商売道具ではなく、人間として見てやってくれよ。患者は、何もおかしな人ではないし、外の人より悩みも心の傷もずっと多い、哀れな人たちなんだってことを、頭の中に叩き込んで忘れないでいてくれよ。いいか、自分たちの境遇やら待遇やらを嘆く暇があったら、彼女を何とかして立ち直らせてやることの方に目を向けろ。心ってのは、単に抗生物質を出して、病原菌をやっつけるだけでは何も意味はないんだからね。」

看護師「杉様にお説教される筋合いはないわよ。」

杉三「そんなこと言うんだったら帰らない。信頼なんてできるもんか。」

看護師「本当に、常識のない人なんですね。何を考えているんですか。」

杉三「だったら、彼女を厄介者として見るのをやめろ。口で言わなくても、鏡を見てみろ、顔にしっかり出ているぞ。文字は読めないが、それくらいはわかる。」

清華「杉ちゃん、もういいわ。私、さっきの一言で笑わせてもらったから、今日はここにいられる。」

杉三「でも、大丈夫なのかい?」

清華「ええ。少なくとも、さっきの馬鹿の話を思い出せば、楽しい気分にはなれるわよ。」

杉三「馬鹿の話というか、それのほうが本来当たり前だと思うんだけど。それに、これからのことだって、まだ決定したわけじゃないでしょ。」

看護師「あんまり患者さんに刺激を与えないでくださいよ。また、苦しい思いをさせたらどうするんですか。」

杉三「それもなんだかおかしいな。少なくとも日常に帰らなきゃいけないのなら、それまで奪うというのもおかしい気がするけど?」

看護師「あのねえ。」

清華「いいえ、看護師さん。この人は間違ってはいません。私も、努力します。だから杉ちゃん、私もう大丈夫よ。しばらくここにいさせてもらって、ゆっくりとこれからの事を考えるわ。」

杉三「本当にか?間違っても、逝ってしまうことは絶対にダメだからな!」

清華「ええ、それだけはしないから。何とかして、生きていくほうを選ぶわよ。」

杉三「僕は、その場しのぎは絶対に認めないぜ。もし、それが本当なら、絶対に約束を破らないと誓いの言葉をたてて、その通りに行動してもらわないとな。人間、中途半端が一番いけないからな。」

清華「ええ、そうする!その通りにする!」

杉三「じゃあ、お約束。明日もまた来るから、清華さんも顔を見せてね。」

清華「はい!また会いましょう!」

杉三「よし!今の言葉、忘れるんじゃないよ。絶対だぜ!」

清華「はい!」

杉三「よろしい!」

笑顔の二人を見て、看護師がため息をつく。

翌日。製鉄所の応接室。書類を執筆している懍。

と、玄関の戸を叩く音。

懍「どちら様ですか。」

声「はい、市川です。」

懍「友助さん?今頃なんの用ですか?」

声「先生、水穂さんいますか?」

懍「水穂なら、今臥せております。」

声「そうですか、、、。清華さんだけでなく水穂さんまで、、、。僕、本当に悪いことをしてしまいましたね。お詫びしようと思ったんですが、臥せているときに入ったら、悪いですよね。じゃあ、出直してきます。すみませんでした。」

懍「具体的にいつですか。」

声「いつって、わかりませんよ。水穂さんが良くならないと。」

懍「いいえ、おはいりなさい。それがはっきりしていないのなら、永久に出直すことはないと思うので。」

声「え、、、。」

懍「誤魔化してもだめですよ。そのまま帰したら、きっと樹海にでも行くつもりだったでしょう。それだけは許しませんからね。おはいりなさい。」

声「はい、、、。わかりました。」

と、玄関の戸がガラガラと開き、しばらくして応接室のドアが開いて、友助が入ってくる。書類を書くのをやめて、入り口のほうを向く懍。

懍「その表情を見ると、やっぱり図星でしたね。」

友助「はい。申し訳ありません。」

懍「いいですか、どんなにつらくても生きることは放棄してはなりませんよ。それは最高のわがままですからね。どんな宗教でも、自殺をしてよいという教えは全く掲載されておりません。」

友助「しかし、僕のしでかした責任は、、、。」

懍「もうはっきりしているじゃないですか。謝罪が必要ならすればいいだけのことです。そして、改めて気を取り直して今一度、生き抜いてください。」

友助「そうだと思うんですが、先生。僕、何をしていいのかわかりませんよ。清華さんは、また精神科に逆戻りしてしまったし、水穂さんまで寝込んでしまわれて、すでに二人の人たちに迷惑をかけてしまったのですから、生きていても仕方ないのではないでしょうか。」

懍「しかし、やることは残っております。交響曲第二番を制作してもらわなければ。」

友助「それも、もう断ろうかと思っているのです。あの楽団の人たちだって、あそこまで大騒ぎになった原因を作ってしまったのであれば、もう、僕のような人間に用はないのではないでしょうか。」

懍「ああ、そういう通知がお宅に来たのですか?」

友助「来たとか来ないとかそういう問題ではなくて、その前に辞退しようかと。」

懍「僕は、その答えを聞きたいのではなく、指揮者の先生から、契約を破棄するという通知がお宅に来たのかどうかというのを聞いております。具体的に、葉書でもメールでも、電話でも来たのですか?」

友助「いえ、そのようなものはまだ受け取っておりませんが、いずれは来るのではないかと思います。だからその前に電話するなりして。」

懍「だったら答えははっきりしています。すぐに交響曲第二番を書いて提出なさい。通知が来ていないのなら、契約は破棄されておりません。それなのに、辞退するというのは、無責任というか、わがままにもほどがありますよ。」

友助「しかし、先生。」

懍「いいえ、世の中とはそういうものですよ。それに、そういう事をしていれば、交響曲のほうが、助けてくれるはずですからね。」

友助「でも、あれだけひどいことをしたわけですから、」

懍「水穂なら、自室で臥せていますから、謝罪したいのならどうぞ。」

友助「先生、、、。」

懍「鉄は待っていてくれないと、うちの村下がよく口にしていますが、時間というものは鉄以上に速いものですからね。」

友助「時間は鉄より速い?」

懍「そういうものですよ。それにもう一つ大事なことは、鉄は再生できますが、人間はそうはいかないという事です。鉄は火であぶればまた溶解できますが、人間は二度とできません。」

友助「わ、わかりました!ほ、本当にすみません!」

と、水穂の部屋へすっ飛んでいく。

その姿を見守ったのち、懍は再び書類を書き始めた。



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