4.よりよい人生

 高台公園に運ばれたシャトルのなかで、わたしたちは掛け声で確認しあった。

「エンジンよし!」

「食糧よし!」

「ハンモックと本、よし!」

 わたしが目覚めてから、二年間が過ぎた。そのあいだに、いろいろなことがあった。わたしの一人が怪獣に腹部をむしゃむしゃ食べられて死んでしまい、図書館で葬式をした。わたしたちは葬式のやり方をよく知らなかったので、適当にやってみることにした。なるべく立方体に近づけた穴を掘り、そのなかで死体になったわたしをハンモックで吊るし、わたしが好きだったCDや本などを等間隔になるように奥に並べた。それから草花などを入れ、台風で飛んできたブルーシートをちぎって土壁に散らしてみた。それからガソリンをかけ、火をつけた。鳥葬というものをやってみたかったが、鳥はつかまえるのが難しかったので、コンビニにぶら下がっていたサラダチキンを穴の周りに並べることにした。残されたわたしたちは、それらを焼いて食べた。

 やがて、海からもうひとりのわたしがやってきた。海底基地を脱走してから、長いこと漂流していたのだという。脱水症状になりかけていたが、しばらくすると元気になった。彼女は日焼けをしていたので、わたしたちのなかでよく目立った。わたしたちはまた、五人で暮らしはじめた。

 現在、公園の巨大なすべり台の上では、双眼鏡を首にぶら下げながら、わたしのひとりが寝ころんでいる。彼女はひとりだけ、宇宙に行くのに賛成しなかった。誰かひとりは残るべきだ、ということらしい。それもその通りかもしれない。シャトル操縦席にわたしのひとりが座った。

「行くぜ――」

 メインレバーに力をこめる。小高い丘のうえで、シャトル背部から青い燐光が炸裂しはじめた。ファラデー・エンジンがうなりを上げ、後部席にいたわたしたちの体重が背もたれに押し込まれる。窓から見下ろすと、眼下のすべり台を逆さまになだれ落ちていったわたしが、天に向かって親指をつきあげた。確認できたのは、一瞬のことにすぎなかった。異常な加速によって、シャトルは飛翔を開始した。球状層の大気を突き抜け、青いひかりを放つ地球が背後に抜き去られる。

 円環十字のスペースコロニーが、スクリーンで拡大していった。

 やがてわたしたちは、無重力を体感した。これはほんとに楽しいものだ! 磁力靴は人数分は残されていなかったので、ひとりがハンモックを使うことになったが、だんだん絡めとられてハムのようになった。〈NS‐EOTWトーラス〉の周囲を旋回していったシャトルは、十字スポークの重なるハブ・ハーバーに接近した。ここからの作戦は出たとこ勝負だったのだが、出入口の前にふわふわと漂っていたとき、コロニーの管理AIがシャトルの認識番号を読みとり、操縦席に『ヨウコソ』の声を伝えてきた。宇宙港の扉がひらいた。

 わたしたちは、スペースコロニーの内部に入った。

 巨大なスポーク内のエレベーターを降りるにつれ、人工重力が足元にどんどん漲ってきた。緑に覆われた広大な居住区に降りたったわたしたちは、食糧生産施設と隣接している〈岸崎未来科学研究所〉を探した。ここも地球と同様に、怪獣たちの排泄した黒い砂がいたるところに散らばって、予想以上に荒廃していた。岸崎博士は、こんな場所で生きていけるのだろうか。

 エントランス・ホールに入ると噴射音が鳴って、わたしたちの周囲を白煙の渦が埋め尽くした。金属質の足音が、かつかつと私たちのもとに近づいてきた。

 わたしはビーム銃を構えた。

 銃口の先にいた人影が、口を動かした。

「ようこそ、ここはNS‐EOTWトーラス……」彼女はヴェルヌ04、岸崎博士の助手をしているAIアンドロイドである。「なんの用ですか?」

「わたしたちは、岸崎博士を探しにきました」

「博士はここにはいません」

「どこにいますか?」

「言えません」

「なぜ?」

「倫理規定に反するからです。私はなるべく、他者に危害を加えないように設計されています。あなたたちは、博士がどこにいるのか、知るべきではありません。あなたたちは、よりよい人生を歩むことができます」

「岸崎博士は――死んでいるんですか?」

「いいえ」

「では、生きている? いまも?」

「はい。そして、はい」

「なら、どこに……」

「言えません。倫理規定に反する――」

 彼女はあおむけに、地面に倒れた。

 わたしのひとりが、背後から強制スリープのスイッチを押したのだ。ラップトップを開いたわたしが、ヴェルヌ04の背部パネルを開いて、配線を接続した。やがて、ヴェルヌ04の眼球表面を猛烈な勢いでソースコードが流れていった。

 ゆっくりと、彼女はうつろな瞳で背を起こした。

「ようこそ、ここはNS‐EOTWトーラス……」

「岸崎博士は、どこにいる?」わたしが聞いた。

「ここではありません」

「答えになってないよ」

「いいえ、これは答えです――あなたがたの望むものではないでしょうが。繰り返しますが、博士はここにいません。『ここ』とは、あなたがたの世界、すべてのことです。博士がいるのは、私のすぐ近くです」

「どういうことだ?」

「君はここにいるだろ」

「いいえ。私はここにいません」

「……では、どこにいる?」

「あなたがたより、高いところにいます」

「だから、それはどこなんだ?」

「〈岸崎未来科学研究所〉の世界探査室です。この研究所は、本当はここにはないんです」

 わたしたちは、顔を見合わせた。

 ヴェルヌ04は、続けた。「あなたたちは、よりよい人生を歩むことができます。あなたたちは、博士がどこにいるのか、知るべきではありません。それでも、質問を続けますか?」

 迷いなどあるはずもなかった。

 わたしたちは、博士に会うために、これまで生きてきたのだ。

「岸崎博士は、どこにいる?」

 一呼吸おいて、ヴェルヌ04は言った。「岸崎博士のいる場所は――」彼女は、カプセル・ニューロンの七色の感情領野のうち、悲しみの定義域を刺戟されていた。「実体のある真正の世界、本物の世界です。ここは、そうではありません。あなたたちのいる世界は、〈ネオ・シビュラクロン〉の内部……岸崎博士が世界を救うために作りだした、シミュレーションの模造世界です。あなたたちは、存在しません。あなたたちは、かつて一度も存在したことがありません」

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