第120話 カモフラージュ

 イリシーゲル行の路線は砂漠の中を走る。このため、地面にじかに線路を引くと砂で、線路が埋まってしまい、脱線の危険があることから、イリシーゲルまで高架になっている。

 高架になっているということは踏切が無いので、高速化が出来たために新幹線がまだ走っていないこの世界でも180kmぐらいのスピードで走る事が可能だ。

 従って、列車の形も流線形をしている。

 白い車体の列車は、砂漠の日差しの中を真っすぐに引かれた一本の線の上を突き進んで行く。

 だが、中に乗っていると景色が変わらないので、つまらない。行けども行けども砂の海しかない。

 1日走っても砂だけしかないが、その砂の地平線に沈む夕日は、鮮やかなオレンジ色をしていて、心がほっかりしてくる。

 そして、その列車に1泊すると、翌朝、目的地であるイリシーゲルの駅に到着した。

 エマンチック国が完全に領地に組み込まれた暁には、この線路もエマンチックまで延伸される事になるだろうが、現在はここイリシーゲルが終着駅である。


 ここには、極地探検車とクラウディアを残していたが、クラウディアには連絡を取らないでいた。

 恐らく、クラウディアは監視されているだろうから、俺たちと接触すると、俺たちがこの街に来たのが相手に分かってしまう。

 なので、今回は別行動とすることにした。もちろん、連絡も取っていない。

 俺たちは別人と思われるように駅から別々にタクシーを呼び、予約してあったホテルに入った。

 ホテルに入ると早速、盗聴器の有無を確認すると、電気スタンドの裏に盗聴器が仕掛けてある。

 電気スタンド以外には盗聴器は無さそうだ。

 盗聴器を廃棄すると相手も不審に思うので、ここは取り付けられたままにしておき、名前も偽名を使って対応する。

 俺はアロンカッチリアさんと一緒の部屋だが、重要な事は全て紙に書いて話す。

 それは他の部屋も同じだ。ただ、心配なのはご隠居さまとポセイドン王の部屋だ。うっかりと話してしまわないかと気を遣う。

 なので、ご隠居さまとポセイドン王の部屋だけは盗聴器を外した。

 一つだけなら、相手も故障と思うに違いない。


 このホテルはキバヤシリゾートが運営するホテルではない。キバヤシリゾートは駅前にあるが、そこを利用するとキバヤシと関係があると思われるので、今回はあえて利用しないでおく。

 そして、そのホテルから少し歩いた所に、キバヤシグループが運営するキバヤシトラベルがあり、現地ツアーを提供してくれている。

 俺たちは、キバヤシトラベルに行き、現地ツアーを申し込んだ。これはあくまでも観光客に見せるためのカモフラージュだ。

 しかし、キバヤシトラベルには既に情報収集の極秘指令が入っており、俺たちの行動をサポートするようになっている。

 だが、それは店長しか知らない情報でもある。

「いらっしゃいませ」

 自動ドアを開けて入ると、フロントに座っていた女性が声をかけてきた。

「どのような、ご用件でしょうか?」

「こちらでの現地ツアーに参加したいのですが、どのようなコースがありますか?」

「半日コースから3泊4日コースまでございます。3泊4日コースは隣国のエマンチック国まで行くコースとなります。半日コースはイリシーゲル街とその周辺の観光です」

「では、半日コースを頼めますか」

「はい、承りました」

 俺たちは午後出発の半日コースに応募した。

 見ると、俺たち以外にも列車で来た観光客が、何組もここで現地ツアーを申し込んでいる。

 これも個人の所得が増え、自由になる時間が増えた事から、このような観光が伸びて来たのだろう。

 午後、指定された時間に再びキバヤシトラベルの前に行くと、大型バスが停車している。

 俺たち以外にも同様のコースに申し込んだ客がいるようで、大型バスはほぼ満席だった。

 バスは市内を一通り回った後、市の周辺に出て来た。この街自体、そんなに大きくないし、金の採掘しか産業がないところだ。観光する場所が、そんなに多くある訳ではない。

 バスはキバヤシ商事が行っている金鉱山を紹介し、さらに移動する。

 すると、例の建物が見えて来た。

「ガイドさん、あの大きな建物は何でしょうか?」

「はい、あれは官公庁の建物と聞いていますが、詳しくは私ども市民には分かりません」

「あそこで働いている人は、どれくらいいるんですか?」

「それもはっきりとは分かりません。何せ、お国の機関なので、機密情報は我々にも知らされません」

 恐らくガイドの言っている事に嘘はないだろう。

 しかし、国があのような建物を中央に知らせずに作ったというのはおかしいし、そのような予算も出ていない。

 国の建物というのは嘘で、実は誰かが作ったに違いない。そして、あのような建物を建設できるだけの財力がある者だろう。

 当然、東部方面代官である「ナルディ・キロル」が、それを知らなかったというのも変だ。

 一度、ナルディ・キロルを洗ってみる必要がある。

 観光ツアーを終えた俺たちは、一度ホテルに戻ってから、ご隠居さまの部屋に行き、再び盗聴器が仕掛けられていない事を確認してから、エリスの転移魔法で、キバヤシ商事の所長室に転移した。


「ああっ、びっくりした。会長はどうして、いつも急に来るんですか?」

 社長兼所長のシードラが、文句を言って来る。

「悪い、悪い、実は話があって来たんだ。アリストテレスさんを呼んで貰えないか?」

 シードラが電話でアリストテレスさんを呼ぶと、アリストテレスさん以外にも、ルルミとゴウが来た。

 俺の方から代官の「ナルディ・キロル」について聞いてみた。

「既に『ナルディ・キロル』」は調査してあります。彼は第1回の官僚試験でトップで合格しており、かなり優秀な人材です。そこから、問題なく昇進し、官僚出身の初めての代官としてここ東部方面に着任しました。

 そして彼は元貴族ですが、エルバンテの貴族ではありません。ワンレイン国の貴族キロル家の次男です」

 アリストテレスさんは、そこまで言って一息ついた。

 俺たちは黙ってその続きを促す。

「ご存じのとおり、帝国建国の際に最後まで抵抗したのはワンレイン国です。しかし、住民のクーデターで当時の領主は倒され、住民の意思により、帝国になりました。

 しかし、その時に貴族だったいくつかの家が私財を運び出したと言われ、未だに行方は知れません」

「だが、ナルディは官僚として仕えている」

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