第113話 老人のプライド

「これは陛下、今日は態々お越し下さってありがとうございます」

「アールさん、今日はお忍びなんだ。なので、丁寧な気遣いは不要です」

「はは、やはりそうですか。陛下の事だから、そうじゃないかと思っていましたよ」

 アールさんの横には、長い耳を出したエルフ族のフェイユさんも居る。フェイユさんはかなりの年齢のはずだが、年齢を感じさせない美しさがある。

「フェイユさん、表に出て大丈夫ですか?」

「はい、絶滅したと思われていたエルフ族が生存していると分かって、それがこの地で生活するようになったので、私も外を出歩けるようになりました。これも陛下のおかげです」

 エルフ族は昔の大戦の際に絶滅したと思われていた。それが、生存していたとなると、貴族連中が奪い合うほどの美貌があった。

 そのため、表に出られなかったが、生存が確認されたことと、貴族がほとんどいなくなった事で、エルフ族も普通の人と同じように外を歩けるようになった。

 そういうような話をポセイドン王にしてやると、ポセイドン王は憤っていた。

「なんと、鑑賞のために人をやり取りするなんて、人の風上にも置けぬ」

「だが、それも昔の事じゃ。今では、この婿殿が全て変えてしまったからのう」

 ご隠居の言う事は俺を非難した事なのか、それとも肯定した事なのか、俺が察することは出来ないが、昔を懐かしむ気持ちを分からない訳ではない。


 俺たちは、アールさんたちと2,3言葉を交わしただけで、市場の方へ行く事にした。

 中央広場から緩い坂を下り、左に曲がったところに市場はある。

 長らく来ていないが、今もまだあるだろう。

 坂を下りて、左に曲がると、さほど大きくない道路の両側に移動式の店舗が店を並べていた。

 昔は馬車や荷車で売っていた食材も今では、車での販売に変わっている。

 その中を、買い食いしながら店を廻って行くが、さっき、朝食を食べたばかりだというのに、老人二人はかなりの食欲で、あちらの店から買っては食べ、こちらの店から買っては食べ、している。

「義父上、そんなに食べなくてもいいですよ」

「いや、国民が折角出している店じゃ、食べなくては悪い気がしてのう」

 だからといって、全ての店の物を食べるのは無理だと思うぞ。

「我もご隠居さまに負けてはなるまいと、食べておる。ここで、人魚族の方が少食だと思われてはいかん」

「なんと、ポセイドン殿、儂と勝負するつもりかの?そうまで言われたら、受けて立とうではないか」

「ご隠居さまは、さすがにご高齢であれば、ご自愛さなれよ」

「いや、今の言葉聞き捨てには出来ん。こうなれば、どちらが先に参ったというか勝負じゃ」

「おお、そこまで言うなら受けて立とうではないか」

「義父上、そんなことで勝負しなくとも良いではありませんか?」

「婿殿は黙っておれ。これは、男としての勝負じゃ」

「そこは我もご隠居殿に同意じゃ、これは男と男の勝負。婿殿は下がっておられよ」

 俺と嫁たち4人は顔を見合わせ、溜息をついた。

 二人は、焼き鳥、串カツ、てんぷら、ソーセージ、じゃがいも、ジュース、ソフトクリームなど、出ている店の商品を注文しては、食べて行く。

「おいおい、あの爺さんたち、どちらが沢山食べれるか競争しているんだってよ」

「あの白い髭のご隠居さまに似た爺さんの方が、勝ちそうだな」

「いや、あっちの方が歳が若そうなので、勝つんじゃないか?」

 市場に来ている人たちも注目し出した。

「もう、恥ずかしい」

「ほんとに、お父さまたちって、なんて子供っぽいのかしら」

 ラピスとマリンが言うが、たしかにここでの行動はちょっと恥ずかしい。

「親爺、その串カツを貰おう」

「ほい、2本な」

「いくらじゃ」

「ああ、お代はいいよ。それより爺さん、俺はあんたを応援しているんだ。若いやつに負けてほしくはねぇ、ここはなんとしても勝ってくれ」

「親爺、悪いのう、どうじゃな、ポセイドン殿、そろそろ参ったと言っては?」

 ご隠居さまはポセイドン王に串カツを1本手渡しながら言う。

「なんの、なんの、まだまだ、勝負はこれから。ご隠居さまも、そろそろお腹がきついのでは?」

「なんの、なんの、ははは」

「ははははは」

 二人とも顔は笑っていないぞ。


「こら、待て、泥棒!」

 ただならぬ声が響いた。

 声のする方を見ると、男が手に焼肉を持って走っている。

 それを追いかけて、ミュが走り出した。

 ネルは箒を探すが、箒がない。

「えっと、箒、箒、箒がない!」

 ネルだって箒がなくても飛べるだろう。サイコキネキスなんだから。

 そんな事をやっていたが、ミュが泥棒を捕まえて、地面に押し倒している。

 ミュの腕力は600kgもあるので、人族ではどうにもならない。

 そこへ憲兵隊がやって来た。

 憲兵隊は、俺たちに敬礼すると、

「この度は犯人逮捕に協力頂き、ありがとうございます」

 と、言って泥棒に手錠をかけた。

「ほら、立て」

 憲兵隊が泥棒を立たせた。見るとそんなに歳を取っている感じはしない。

 しかし、その顔を見た、ご隠居さまが言った。

「うぬ、お主は、コルネリスではないか?コルネリス・アットマン」

 その人物の名を聞いた俺たちは固まった。

 昔、このエルバンテが攻められた時に国を売ろうとした将軍の息子、それがコルネリスだ。父親のシミラーは、その時に亡くなった。

「ご存じの者ですか?」

「ああ、昔、この国の将軍だったシミラー・アットマンの息子じゃ」

 昔、この国が他国に侵略されようとした時に、この国を守った者たちの話はひとつの物語として語り継がれている。その物語の中に出てくる悪者がシミラー将軍であり、その名前は子供でも知っている。

「違う、俺はコルネリス・アットマンなんかじゃない」

「では、何者だ?」

「……」

 憲兵隊に聞かれたコルネリスは黙ってしまう。今、シミラーの息子だという事が分かると、それこそ、共犯として死刑になる可能性もある。共犯にならなくても、世間の風当たりは相当のものだろう。

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