第70話 ホーゲンVSノンデイル

 二人は向かい合って、動かない。

 その様子はヤマトのモニターやミズホの甲板からも見て捕れるので、兵士や隊員はその様子を固唾を飲んで見守っている。

「ノンデイル将軍、何故あなたは鼠族に従っていたのか、それが不思議だ。あなた程の人物なら鼠族と戦う事も可能だっただろうに」

「私には妻が居た。私の妻は私が出かけている時に鼠族に攫われたのだ。その時、妻のお腹の中には子供がいた。私と妻にとって初めての子供だ」

「それなら、何故、妻を取り返すために鼠族と戦わなかったのだ?」

「私の強さを恐れた鼠族は妻を連れ去り、石に変えてしまった。元に戻すには鼠族の兵士として戦えという事だった。だが、鼠族は一兵士ではなく、私に将軍の位を用意してくれた。

 私は鼠族の将軍として、戦う事になったのだ」

「だが、それで、奥さんを取り戻せたという訳ではないだろう」

「その通りだ。だが、私は鼠族の将軍として戦えばいつかは妻と子供が帰ってくると信じていた。そう、メドゥーサ大皇后は約束してくれたからだ。

 しかし、大皇后が亡くなった今では、その望みもなくなった」

「石になった人間は再び元に戻る事はない。それは知っていたのだろう?」

「ああ、だが、一縷の望みは持っていた。石にした大皇后自身が、そう言ったのだからな」

「それは嘘だと知っていたはずだ」

「ああ、だが、私はそれに掛けるしかなかった。だが、その望みも無くなった今、望みはシンヤ殿の剣士と戦い、勝つこと。それが今までの自分の人生の糧となる気がするのだ」

「分かった。それでは、こちらも心行くまで相手をしよう」


 ホーゲンとノンデイル将軍が再び無言になり、向かい合っている。

 二人の間には物凄い気が流れているのが、ここからでも分かる。

 ノンデイル将軍の毛が逆立ち始めた。もう獲物を狙う虎のようだ。

 ホーゲンも金髪が逆立っている。こちらも獲物を狙うライオンになってきた。

「ホーゲン兄さんのあの姿を見るのは、二度目です。ああなったホーゲン兄さんは強い」

 ウォルフが目を二人から離さずに言う。

 ウォルフの言葉は耳に入ってくるが、俺も目は二人から離す事が出来ない。

 それは他の隊員も同じで、ヤマトのCICに居る全員もモニターを注視している。

 どれくらいの時間が流れたのだろう。気が最大に張ったと思ったら、二人が同時に走り出し、擦れ違いざまに「キーン」とした音がした。

 もちろん、この音は集音機で拾った音だ。

 そして、いつ抜いたのか、背中に背負っていた長剣が二人の手に握られている。

 二人は両手でその長剣を持ったまま、再び微動だにしない。

 二人の間に風が流れたと思った瞬間、二人が近寄った。

 ホーゲンが右から横に薙ぎ払うとノンデイル将軍は剣を垂直に立てて防いだ。ホーゲンが剣を引くと、今度はノンデイル将軍が上段から剣を振り下ろすが、ホーゲンは頭の上で剣を横にして防いだ。

 そのような攻防が何度か続いたが、再び二人は距離を取った。


「はあ、はあ」

「ぜい、ぜい」

 二人とも荒い息をしている。

 二人の息が整ったと思った瞬間、再び二人が討ち合う。

「キン、キン」

「チン、チン」

 今度は、幾度となく剣が交わる音がする。

 だが、それも長くはなかった。

 二人が距離を取ると、ノンデイル将軍の剣は刃毀れが目立つ。

 ノンデイル将軍の剣は青銅製でホーゲンの剣は鉄製だ。強度は鉄製の方が断然強い。

 ノンデイル将軍も鉄製の剣は持っていたが、それは俺が贈った剣でもあるので、正々堂々と戦うつもりで、鉄の剣を使っていないのだろう。

 それにノンデイル将軍の鉄の剣は短い。力が拮抗しているなら、長い剣の方が有利だ。

 今度は息を整える時間が長い。恐らく次の立ち合いが最後だろう。

「エリス、いつでも行けるように準備しておいてくれ」

 俺は携帯端末で、エリスに連絡をする。

「ホーゲンがやられた場合は、直ぐに治療するのね」

「ホーゲンだけじゃない。ノンデイル将軍の時も治療を頼む」

「シンヤさまってお人好しね。でも、そんなところが好き」

 俺はエリスの大胆発言に顔を真っ赤にしてしまった。

「エリス母さまって大胆」

 この会話は携帯端末のグループ機能を使っていたため、携帯端末を持っている全員が聞くことができているので、それを聞いたホノカが言ったのだ。

 また、ホノカの言葉は同じ携帯端末で全員が聞いている。

「ま、まあ、夫婦だからいいじゃないか」

 俺がこれまた携帯端末で言うが、それもまた全員が聞いている。

 俺は言わなくても良い事を言ったと思い、後悔した。


 二人の息が整ったようだ。

 ノンデイル将軍とホーゲンの逆立った髪は、更に逆立ったような気がする。

 二人が地を蹴ったと思った瞬間、二人の影が交差する。

「キーン」

 擦れ違った二人は止まったまま、微動だにしない。

 ホーゲンの左腕から血が滴り、手の甲から地面に落ちている。

 ノンデイル将軍はと見ると、こちらも同じように左手から血が落ちていた。

 どちらも筋を斬られたようで、左手に力が入らないようだ。

「エリス」

「合点承知!」

 だがら、お前は神なんだから、もっとこう神らしい言葉を使えよ。

 エリスが翼を出して、陸亀ホエールから飛び立ち、ホーゲンとノンデイル将軍の所に向かう。

 その間にも二人の腕から流れ出る血は少しずつ増えているような気がする。

 二人が再び向かい合った。

 剣を構えるが、それは両手ではなく、右手でしか剣を持てない。

「くっ、強いなホーゲンとやら」

「そちらこそ、ノンデイル将軍」

「いや、もう私は将軍ではない。負けを認めよう。この腕とこの剣ではもう限界だ。次は剣が折れるだろう。潔く、首を撥ねられよう」

「待ちなさい、ヒール」

 エリスが現れ、治療魔法をかけると二人の傷が治って行く。

「死にゆく者に、治療など不要だ」

「皇帝が話があるそうです。こちらに来られます」

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