第60話 振動盗聴器
人質になっていた者に大皇后について聞いてみる。
「大皇后についての情報で、知っていることは?」
「いえ、知りません。見た事もありません」
アリストテレスさんも、その話を聞いていた。
「大皇后自ら指揮をしているのか、それともその大皇后の裏に誰かいるのか、分かりませんね」
アリストテレスさんが言うが、俺も同意見だ。今まで、表に出てこなかった人物がいきなり国政を操れるとは思えない。
「宰相が裏に居る可能性は、どうでしょうか?」
「それなら宰相が実権を握った方が早いでしょう。もしかしたら、既に宰相はこの世にいないかもしれませんよ」
「そういう事でしたら、益々、王宮の中の情報が欲しいですね」
情報は欲しいが、入手する手段がない。
「だが、入手する手段がない」
俺がアリストテレスさんの問いに答える。
「えーと、どうにかできるかもしれません」
そう言ったのは、ミュだ。
「ミュ、どういう事だ」
「私が行って、盗聴器を仕掛けてきます。夜なら私の姿は見つかり難いですし、見つかってもどうにかなると思います」
たしかに、ミュの魔法は強力だ。ミュならこの役は適任だろう。
「だが、盗聴器は玉座の間か、王の私室に取り付けないといけない。そこに取り付けると今度は衛星への電波が遮断されるので、電波が届かない」
「キューリットさん、聞こえてましたか?」
アリストテレスさんが、研究者のキューリットに衛星電話回線を接続していてくれたみたいだ。
「聞こえていました。それでは、こういうのはどうでしょうか?話し声は空気の振動によって伝わります。その空気は建物に当たり、建物に振動が伝わりますので、建物の振動を測る事で音声解析をします」
「何?そんな事が出来るのか?」
「ええ、会話程度なら可能です。建物に密着させれば風の音とかも気になりませんが、反対に靴の音なども拾いますので、そこはAIアルゴリズムでカットします」
これが、10年前までガラスが無かった世界の人の答えなのか。
俺が居た世界よりも高度になっている。
「さすが、キューリットだな、それでいつ完成する?」
「既に完成していますので、エリスさまが来られれば直ぐにお渡し出来ます。それとこの仕組みを考えたのはタケルさまでございます」
どこに、そんな仕組みを考える小学院生が居るというのか。我が息子ながら信じられない。
早速、エリスの転移魔法で、その振動検知盗聴器を取りに行って貰う。
「取付位置はやはり、盗聴する部屋に近い方がいいよな?」
衛星電話でキューリットと話をする。
「その通りですね、近ければ近いほどノイズが少なくなります」
盗聴装置をカイモノブクロに入れ、ミュが夜の闇に舞い上がった。今日は丁度、月が出ていない暗闇だが、暗視モードがあるミュには問題となる事はないだろう。
1時間程すると、衛星電話の着信が鳴った。
「ミュです、今、装置を取り付けました。確認をお願いします」
ミュからの連絡を受け、装置からの電波を受信してみる。
「ガー、ガガガ、ガッ、…クレア将軍はどうなるんだ?」
「それは我々の伺い知らぬ事だ。大皇后さまは前のヨークハイト王とは比べ者にならない程、非情なお方だからな」
監視の兵士がそんな話をしているのが聞こえた。
「ミュ、聞こえたぞ。成功だ。直ちにそこを離れろ」
「了解」
ミュからの電話が切れた。無事ならまた1時間程で、こちらに着くだろう。
「GPSでミュの軌跡を追ってくれ」
ディスプレイにミュの軌跡が現れ、真っすぐこちらに向かって来るのが見て取れた。
「ネル、大丈夫だと思うが、念のため迎えに行って貰えないか?」
ヤマトの甲板から箒に乗ったネルが、空に向かうのが見えた。
ネルのGPSの軌跡は真っすぐにミュの所へ向かっている。
二人が落ち合った軌跡がディスプレイに出たと思った瞬間、そのGPSの軌跡が乱れ始めた。
「ミュとネルに何かあったようだ。アスカ、ホエに1個師団を乗せて、救援に向かってくれ」
「「「お父さま、了解です」」」
アスカと言ったが、三姉妹で行くようだ。
「フェニも連れて行ってくれ」
ヤマトにビビを呼んで、ホエに乗り移るために三姉妹が乗るが、既に身体は大人なのでビビも苦しそうだ。
陸亀ホエールにはウォルフ隊が乗ったようだ。空中での戦いが中心になると思われるので、飛び道具を持っている方が有利との判断だろう。
その点、ウォルフ隊は弓と長距離射程のライフルの扱いに慣れている。
「ウォルフ、頼むぞ」
「おお、会長まかせてくれ」
ウォルフではなく、ゼルゲイさんの声がした。セルゲイさんも乗ったのか。
「まさか、ご隠居さままで居るなんて事はないだろうな」
「婿殿、儂も居るぞい」
やっぱり居た。ラピスが額に手を充て、下を向いて頭を振っている。
「アスカ、それじゃ、なるべく急いでくれ。二人のGPSの軌跡は未だ乱れたままだ」
陸亀ホエールが、今までにないぐらいの速度で遠ざかって行った。
陸亀ホエールの軌跡が、ミュとネルの所に交わった。
「お父さま、聞こえますか?ミュとネルさんが大きな鳥に乗った獣人たちと戦っています。暗視カメラで確認しました」
暗視カメラは以前は赤色のみだったが、最近カラー化に成功したので、暗闇でも昼間のように見える。
恐らくそれは、イーガルに乗った獣人たちだろう。イーガルは見た目以上に素早いので、ミュとネルといえど手こずっているのだろう。
「ライフル隊、イーガルに乗っている獣人を狙え」
アリストテレスさんの指示が、ライフル隊のイヤーマフを通して伝えられる。
「魔石ライフルの射程は2000mだ。射程に入るまで、撃ってはならない。射程に入ったら、一斉射撃」
ライフルのスコープには赤外線の距離計がついている。ライフル隊はそれを見て、発射のタイミングを図っている。
「撃て」
ウォルフの発砲命令が出た。
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