第47話 献血

 エルバンテの自宅の寝室で目が覚めた俺たちは、階下の食堂で朝食を済ませた後、各自が仕事先に出ていった。

 エリスは病院とそれに併設された大学の医学部へ、エミリーは軍隊の道場へ、マリンは演劇場へ、ラピスは実家である公主邸と教会へ行く。

 ミュはシードラから砂トカゲを捕獲したので、誘惑の魔法をかけてほしいと言うメールが来たので、キバヤシ商事の支社がある砂漠に行く事になった。

 俺はネルを学院に臨時入学させるために、ネルを連れて、学院に顔を出す。

「おはようございます」

 学院の門を潜ると学生が元気良く挨拶してくれる。

「ああ、おはよう」

 だが、学生は俺の顔を知らないので、お客さまだと思っているのかもしれない。

 俺たちは、学院副長室の扉をノックする。

「トントン」

「どうぞ」

 学院副長の秘書が扉を開けてくれた。

「あら、陛下」

 机の向うから、エルザさんが言う。

「えっ、えっ、陛下?」

 秘書が俺を見て怪訝な顔をしている。

「『リリィ』こちらは、皇帝陛下よ」

 俺の顔はメディアに公開していないので、俺の顔を知っている国民は少ない。

「ええっ、皇帝陛下」

 リリィと言われた秘書が跪いた。

「ああ、立って貰っていいから、その代わり、この事は内緒な」

「は、はい」

 秘書は立ったが、部屋の隅でこちらを見ている。

「リリィ、何をしてるの、さっさとお茶を入れて来て」

 リリィと言われた秘書が慌てて出て行く。


「それで、ご用は何ですの?」

「実は、このネルを臨時に学院に入学させてほしいのです。そして、文字とそろばんを教えて欲しいのです」

「そんな事なら、お安い御用よ。ところで、ネルさんって?」

「えっと、6番目の妻になります」

「まっ!」

 エルザさんが絶句した。


 ネルは早速、1年生の教室に入って文字の勉強をする事になったが、昔からの知識があったので、ネルにとって文字はそんなに難しい事ではなかった。

 どうやら、500年前から文字はあったようだが、書体がちょっと違っているらしい。

 そろばんの方は手が不器用なため、なかなか苦労をしている。

 反対にコンピューターをやらせてみたところ、意外にも使いこなしている。

 こっちは携帯端末を渡していたので、その応用で使えているようだ。


 ネルを連れて街を歩いている時だ。

「ご主人さま、血の匂いがします」

 見ると献血センターがある。その匂いに反応したのだ。

「行ってみるか」

 俺がそう言うと、ネルの顔が輝いている。

「失礼します」

「いらっしゃいませ」

 献血所の職員が応対してくれた。

「献血ですか?」

「あ、ああ、そうだが、所長は居るだろうか?」

「はい、居りますが、しばらくお待ち下さい」

 職員が所長を呼びに行ってくれた。

 扉を開けて先ほどの職員と所長が出て来た。

「あっ、陛下」

「えっ、陛下」

「あっ、いや何でもない」

 俺は所長を連れて、所長室に行く。

「と、いう訳で、俺の血を抜いてほしいんだが、それは献血するんじゃなくて、ここに居るネルエディットに飲ませてやりたいんだ」

「……」

 所長が黙った。

「リドリミー、どうだろうか?」

「相変わらず、陛下は困った問題を持ち込んで来ますね。分かりました、下の部屋で採血すると問題となりますから、ここに用意させます。

 しばらく、お待ち下さい」

 リドリミーの指示で職員が献血の用意をし、俺の血をパックに抜いていく。

 ネルはそれを目を輝かせて見ている。

 規定いっぱいの400mLの献血が終了した。

 職員たちは機材を片付けると、献血パックだけを残して、所長室を出ていった。

「このグラスで良いですか?」

 リドリミーがワイングラスを持って来た。それに献血パックに採取した俺の血を注ぐ。

「ネル、飲んでいいぞ」

 それこそ、ネルは涎を垂らさんばかりの顔をしていたが、俺の許しが出たので、ワイングラスに注がれた俺の血を飲んだ。

「ゴク、ゴク、ゴク、ああ、うまい。もう一杯」

 女王だったんだから「うまい」なんて言うなよ。

 再び、ワイングラスに注がれた俺の血を飲む。そして、あっという間に400mL全てを飲み干した。

「ご主人さま、美味しゅうございました。また、連れて来て下さいませ」

「献血は6か月に1回しか出来ない。なので次に来るのは半年後だな」

「えっー」

 ネルが残念そうな顔をした。

「では、約束です。半年後は必ず連れて来て下さいませ」

 これで、俺の定期的な献血が決まった。

「ネル、俺の血でなくても、他の人の血でもいいんじゃないか?」

「私は貞淑な妻なのです。そんな浮気なんて出来ません」

 いや、それは浮気とは違うと思うが、見境なく、国民の血を吸われるのも困るので、そこは否定しないでおこう。

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