Episode7

俺はしばらく彼女の笑顔に魅入ってしまっていた


「ど、どうしたんですか。早く行きますよ。そんなに時間ないんですから」

「お、おう。すまん」


彼女に注意されてやっと我に返り、前に進む

エミは魔法使いで、俺は短剣使いなので必然的に俺が前で彼女が後ろというフォーメーションになっているのだが、なんか後ろからくすくすと押し殺した笑い声が聞こえてくる

なんか面白いことでもあったのかな・・・

さっきから気になってしょうがないので、本人に直接聞いてみることにした


「なあ、さっきからずっと笑ってるけどなんか面白い事でもあったのか?」


エミは少しきょとんとした後、笑いをこらえながらこう言った


「口調ですよ、口調。ヒューガさん喋り方が素に戻ってるの気づいてないみたいだったから。・・・ふふ」

「あ、ほんとだ。たしかに気づいてなかったけど、そんな笑うようなことか?」


俺がそう返すとエミはなおも笑いながら「気づいてないのが面白かったんですよ~」と言ってくる

う~む、なるほどわからん(大嘘)

そして笑いながらこう続けた


「話しづらいんで素のままでいいですよ。というか素で話してください」


そう言われては俺も「お、おう」としか返すことができなかった



――――――――――――――――――



「きゃああああ!こっち来ないでーーー!」

「叫ぶな!余計にこっち来るぞ!」

「きゃああああ!」

「だから叫ぶなーーー!」


俺たちは今、大量のマッドスパイダーの群れに追いかけられている

なぜこんなことになったのかというと―――――


「ヒューガさん」

「ん、どうした?」

「これ、なんでしょうか?」


そう言ってエミが指さしたのは壁からぴょこんと出ているいかにも罠らしきもののスイッチだった


「十中八九罠だと思う。押しちゃだめだぞ。何が起こるかわかんないから」

「はーい」


彼女は間延びした返事をし、スイッチから離れた

そこから道なりに進んでいくと、足元にまたしても罠とおぼしきスイッチがあったので、彼女に注意を促そうとした・・・のだが


「エミ、足元のスイッチ・・・」


カチッ!

一足遅かった

音のしたほうを見るとエミの足がしっかりとスイッチを踏んでいる


「えっと、あたしやっちゃいました・・・?」


無言でコクリと頷く

彼女の顔がみるみる青くなっていく

とりあえず一旦ここから離れよう、そう言おうと彼女のほうを向いた瞬間、モンスターのポップするシュワン!という音がいくつも重なって聞こえたかと思うと、俺の<索敵>に大量のモンスターの反応が引っかかった

振り返ると俺たちの向かおうとしていた通路から、「シャアアアア!」と聞き覚えのある鳴き声が聞こえてくる

俺はあまりの数の多さに、エミはその聞き覚えのある鳴き声を聞いて、通路のほうを向いたままフリーズしていた

向こう側の通路からこちらに向かって来ていたのは、あの<マッドスパイダー>の群れだった

まだすこし距離があるが、あと1分もしないうちにここまで来るだろう

早く逃げよう、そう言おうと思ったが言えなかった

彼女は先ほどのあれとの戦闘がトラウマになってしまっていて、地面にぺたんとへたりこんだままがたがたと涙目で震えている

彼女が現実とほとんど容姿を変えていないのだとしたら、彼女の年齢は俺と同じか、それより下くらいだろう

もしそうだとしたら16、7歳の普通の女の子が仮想とはいえ死にかけた恐怖にそう簡単に打ち勝てないであろうことくらい容易に想像できる


「や、いや、来ないで・・・」


あのときのトラウマがよみがえってきているのであろう、エミは地面にへたりこんだままで、とても走って逃げられるような状況ではなさそうだった


「くそっ!舌噛むなよ!」

「ふぇ・・・?」


俺はそう言うなり彼女を横抱きに抱いて、一直線に来た方向に走り始めた

俺はいわゆるお姫様抱っこの状態で彼女を抱いたまま走っているわけだが、彼女はそれすらも理解できていないのか、俺の胸元にギュッと顔を押し付けている

しばらくの間ダンジョンの中を逃げ回っていると、エミも大分落ち着いてきたのか、今の状況が呑み込めてきたようで、顔が真っ赤になっていた


「ごめんなさい、迷惑ばっかりかけて・・・」

「気にすんな。それに、こういうときはありがとうでいいんだよ」


それを聞いたエミがまた泣きそうになっていたが、彼女はぐっとこらえ、泣き笑いの表情で「ありがとうございます」と俺の耳元で囁き、そしてまたダンジョンの中を逃げ回って今に至る


「しょうがない。エミ、行けるか?」

「はい、行けます!」

「よし、じゃあ<マッドスパイダー殲滅兼エミのトラウマ克服作戦>開始だ!」

「それ言わないでくださいよー!」


――戦いが始まった

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