第5話 悩めるJKと異世界の実情

 俺と弥生はパスポートの音声ガイドに従って、今いる街――オルトゥスと言うらしい――の中でも、飲食店が密集しているエリアに向かっている。


 そんな中、弥生がおもむろに話を持ち掛けてきた。


「ねえ、おにーさん」

「おう、どうした」

「この歳で彼氏いたことすらないって、やっぱ変かな」

「急に何の話だ」

「いいからさ、答えて」


 やけにかたくなだ。

 仕方がないので俺は、答える。


「……この歳って、高2だろお前。なら別に、そこまで変でもない……と言うか、まだまだこれからじゃないのか多分」


 女子高生の恋愛事情とかまったくの無知だが、俺は思ったことをそのまま告げる。


「でもさ、周りの友達はみんないるわけで」

「周りは周り、お前はお前だろ」

「なにその、ヨソはヨソ、ウチはウチみたいな屁理屈」

「屁理屈ってお前、こっちは真面目に話を聞いてやってるんだが」


 呆れながら、俺がそう返すと。

 弥生は何故か、驚いた様子で目をぱちぱちと瞬かせて。

 それから、小さく微笑んだ。


「そっか、真面目に聞いちゃってくれてるんだ」

「おい、なんだその言い草は。馬鹿にしてんのか」

「いや、そういうわけじゃなくて」


 否定しつつも、笑みは浮かべたままの弥生。心なしか、嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。 


「それよりさ」


 気を取り直すように、弥生はそう口にして。


「周りと違うって、つまり変ってことと同義じゃないの」

「……」 


 不覚にも、なるほどと納得してしまいそうになった。

 ……いやいや、そうじゃないだろ。

 俺はどうにか返す言葉を頭の中で見つけてから、それを口にする。 


「その、なんだ。別に生き急ぐ必要はないと思うぞ、俺は」


 すると弥生は笑うのを止め、少し考える素振りを見せてから。


「わたしは、行き遅れたくはないんだけど」


 その台詞を口にするのは、十年早いのではと思いつつも。


「……それはやっぱ、周りと比べての話か」

「うん、周りと比べての話」


 こくり、と弥生は頷く。

 そんなに気になるもんだろうか、周りの目ってものが。


「つーか、なんでそんな込み入った話を俺に振るんだよ」

「それは会ったばかりなのに、的な意味?」

「ああ」

「うーむ」


 弥生は唸り声をあげてから。


「会ったばかりだからじゃない」

「……いや、説明になってないぞ」

「ほら。余計なしがらみとか無いし」


 お互いのことをよく知らないからこそ、話せることもあると、そういうことか。

 と、俺が納得しかけたところに。


「あとおにーさんって気遣いとかしなさそうだから、ぶっちゃけた相談をするには最適かなって」

「やっぱお前、生意気だな」

「あはは」


 俺の言葉に対し、弥生は言い返してくることもなく。

 やはり何故か、嬉しそうに笑うのだった。




 話している内に、飲食街に到着した。

 ちょうど昼時ということもあり、どこの店も賑わっている様子だ。


「ところで、オススメの店とかあるのか」


 改めて、俺はパスポートに案内を求める。


『そうですね。マック、ヨシノヤ、ジロー辺りでしょうか』

「は?」「うん?」


 何か、とんでもない答えが返ってきた気がした。

 俺と弥生は同時に、間抜けな声を発する。


「……なんか聞き馴染みのある店名が聞こえた気がしたんだが」

「い、いや、たまたま似た響きってだけ……でしょ?」

「そ、そりゃそうだよな」


 二人して、戸惑う。

 俺はまさか、と思いつつも、パスポートに確認した。


「ちなみに……それらは何屋だ?」

『それぞれ、ハンバーガー、ギュードン、ラーメンを扱っています』


 俺は開いた口が塞がらなかった。

 弥生の方も同様だ。

 そして、一瞬の間の後。


「思いっきり現代日本と同じじゃねーか!」

「な、なんで異世界にそんなお店があるのさっ!?」


 俺たちは口々に叫んだ。


『その由来はあなた方……お二人と同じ境遇にある、こことは別世界の人間たちにあります』


 対するパスポートは、淡々とそう告げてくる。

 同じ境遇とは、つまり。


「……あの自称神様に異世界転移させられた、って意味か」

『はい。そんな方々……いわゆる現代人が、元いた世界の食文化を異世界に持ち込んで大成功……という物語を真似してみた結果が、これです』

「……これか」


 俺はげんなりしながら、周囲を見渡す。


「まさに大繁盛、って感じだね……はぁ」


 悲嘆混じりにそう言って、俺の感想を代弁する弥生。

 そこにパスポートが、補足を付け加えてくる。


『ちなみに今挙げた店はどれもチェーン店化しており、今やこの世界の至る所に点在しています。店をオープンした現代人は、フランチャイズ料で莫大な富を築くことに成功しました』

「現代知識で無双ってわけか……旅行しに来た身からすれば、いい迷惑だな」


 俺がそう言うと、弥生は頷いて同意する。


「しかも当然、わたしたちの世界にある本家には無許可……なんだよね? アリのかなそれって」

「まあ、異世界だからなここ。その辺りに関しては治外法権ってことなんだろ」


 弥生の素朴なつぶやきに、俺は肩を竦めてそう応じた。

 ……それにしても。 


「俺たち以外にもいるんだったなあ……現代人」 

「よく考えたら、あの神様も前例があるっぽいこと言ってたしねぇ……」


 その事実を改めて俺たちは認識する。

 同時に俺は、異世界に来て以来ずっと引っかかっていた違和感の答えに思い当たった。


 俺たちの服装や肌の色など外見に対して、すれ違う異世界人たちが何ら疑念を抱く様子がなかったのは、そういうことか、と。

 要するに彼らは、見慣れているのだ。


 そう結論付けた横で、弥生が声を発した。


「でもさ……そんなことして満足できるのかなぁ」

「まあ、異世界で金持ちになったところで、こっちにいられるのは週末だけだもんな。条件が俺たちと同じなら」


 だからこそ、俺は異世界でただ旅行することを望んだのだ。


『そこはゲーム感覚、とのことです』


 俺たちの疑問に、パスポートはそう答える。

 ……なんか、この世界に来る時に聞いたような言葉だ。


「あー。確かにあるよね、お店経営するシミュレーションゲーム。わたしはそういうの、あんまりやらないけど」


 そう言う弥生の声色は、一応の理解は示しつつも納得はしていないように聞こえる。


「そんな軽いノリで異世界の景観損ねるなよ、って感じだけどな……」


 俺はそう、愚痴を漏らす。

 ……まあその辺は、異世界と現実を切り離して考えられるからこそなんだろう。価値観の違いってやつだ。


『そう言えば飲食以外の分野でも、現代のお店や道具、仕組みなどを持ち込んで成功している方がいるんですよ? 人材派遣やネズミ講などはその最たる例で……』

「「その話はもうやめろ(やめて)」」


 俺と弥生は同時に、うんざりしながらそう言った。


 つまるところ俺たちが憧れていた異世界は、遊び半分で週末だけやってくる現代人たちに浸食されていた。




 なんだか精神的に疲れてしまった俺と弥生は、先に宿を確保することにした。

 週末……つまりは土日の間だけ異世界にいられるということは、この旅行は一泊二日。必然的に寝泊りする場所が必要になる。

 

 そんなわけで俺たちはパスポートの案内のもと、宿屋が並ぶエリアにやってきた。

 その中の内、適当な一件を選んで入る。

 が。


「あれ、誰もいない」


 弥生の言う通り、宿のロビーは無人だった。

 加えて、殺風景だ。


 ファンタジーに登場するこの手の宿屋は、一階に酒場が併設されている……みたいなイメージを持っていたのだが。ロビーには、そんなものがありそうな気配はない。

 受付にすら誰もおらず、カウンターの上には謎の木箱が一つ置かれているだけだ。


「もしかして、今日は休みか?」


 そう呟きながら、俺が受付の方に足を運ぶと。


『ようこそいらっしゃいました、お客様』


 カウンターに置かれた箱から、そんな音声が聞こえてきた。


「おお? 箱が喋った」


 弥生が隣にやってきて、物珍しそうに箱を眺める。

 もしやこれも、喋る文鎮と似たような類だろうか。それよりもいくらか機械的で無機質な声だが。


「これが主人の代わり、ってことなんだろうな」


 自動で接客とか、便利なもんだ。

 一緒になって箱を眺めながら、俺がそう呟くと。


『休憩ですか? 宿泊ですか?』


 俺の声に反応して、箱がそんな音声を発した。


「あ?」「え?」


 そして、その内容に、俺たちは違和感を覚えた。

 何かがおかしい。

 嫌な予感がした、その時。


 背後から足音が二人分、聞こえてきた。

 振り向けば、仲睦まじい様子の男女が、腕を組んで宿を出ていくところだった。

 一瞬、目が合う。


「……」

「……」


 男女は微妙に気まずそうな顔をしつつ、そのまま通り過ぎて出ていった。

 そして俺は――恐らく弥生も――全てを理解した。


 受付が無人なのは、客への配慮というわけだ。

 だがそれなら、客同士が鉢合わせない配慮をすると、もっと良いと思う。

 この辺り、異世界にこうした文化が持ち込まれてから間もない証拠か。

 これもまた、画期的なシステムとして現代人が輸入してきたんだろう。


 つまるところここは、ラブホだった。

 他の宿も外観は似たような感じだったから、ここだけではないかもしれない。じゃあラブホ街か。


「なんて場所に案内しやがるこの文鎮が!」


 俺は胸ポケットからパスポートを取り出し、怒鳴りつけた。


『ここも宿です』


 パスポートは短く、しれっとそう答える。


「いや、確かにそうかもしれないけどな……」


 だからって、ラブホはないだろう。

 もしかしてこいつ、わざとやってるんじゃないだろうか。

 ともあれ、これ以上ここに長居する理由はない。


「さっきから散々な目に遭ってる気がするが……とりあえず、出るか」


 弥生にそう、声をかけると。

 すぐには返事が返ってこなかった。

 どうしたのかと思い目を向けてみると。


「べ、別にわたしはいいけど」


 俯き加減に、そんなことを言われた。


「は?」

「だからさ、してもいいよ?」


 今度は顔を上げて、真っすぐ視線を交わしながら、言われた。

 何を、とは聞けまい。と言うか、状況を考えれば聞くまでもない。


「どうして急にそうなる」

「急でもないでしょ。おにーさんだってさ。こういう展開、少しくらいは期待してたんじゃないの?」 


 弥生はそう言って、一歩近寄ってくる。

 期待、していたんだろうか。

 異世界に来た際の俺の願望を聞けば、そう取られるのはまあ当然と言えば当然なんだけど。


 こいつはどこまで本気なのか。

 それが分からない。

 ただし、どうしてこいつが、こんな誘いを仕掛けてきたのか。

 それはまあ、想像がつく。


「だからさ、お前」


 今度は俺の方から、一歩間合いを詰める。

 ぴくり、と弥生の肩が小さく跳ねた。


「……生き急ぎすぎだっての」


 俺はそう言って、弥生の額を指で小突いた。


「あたっ」


 軽い悲鳴が、弥生の口から漏れる。

 そして、弥生は睨みつけてきた後、その表情を微かに緩めて。


「……手、出さないんだ。意外」


 別の意味でと言うか、より物理的な意味では今出したけどそれはさておき。


「まあ……不器用だからな、俺」

「なにそれ、意味わかんない」


 率直な感想に合わせ、顔をしかめる弥生。


「うるせえよ。つーかお前こそ、くたびれた社畜は微妙なんじゃなかったのか」

「そうだった。おにーさん微妙なんだった」


 そんな台詞に合わせ、にししと笑われた。


「……やっぱお前、生意気だわ」

「そう言うおにーさんは案外、いい人かもね」


 微笑みながら、謎の評価をしてくる弥生。


「……案外は余計だ」

「あはは」


 弥生はここでも言い返さずに、ただ楽しそうに笑うのだった。




 そう、俺は。

 こんな調子で笑ったり悩んだりする女子高生が、思い詰めた末に勢いで誘惑してきたからと言って。

 ちょうどいいやとそれに付け込める程、器用ではないだけなのだ。

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