第3話 初めての異世界交流と社畜の余裕

 街に着いた。

 石材や木材で造られた、いかにも中世ヨーロッパ風な建物。舗装された、石畳の道。そしてごった返す、多種多様な人種、種族。

 いかにも異世界ファンタジーな街並みが、そこには広がっていた。


「おぉー……なんか、まさに異世界に来たって感じだ!」


 そんな光景の真っただ中。人々が行き交う大通りに堂々立ち、弥生やよいは目を輝かせている。


「確かにこれは……すごいな」


 弥生の隣で、俺は同意する。


 このご時世、異世界やファンタジーをテーマにしたコンテンツがありふれているのは事実だ。

 俺自身、こんな世界観のゲームの開発に携わったことだってあるし。

 だから、どこかで見たことあるような気がする光景ではあるのだ。

 あるのだが、実際に目の当たりにしてみると、なんというか……格別だった。


「さて、ついに異世界の街に来ちゃったわけだけど……まずは、どうしよっか」


 ひとしきり感動し終えてから、弥生がそう切り出してくる。 


「そうだな……じゃあ、そこの露店で買い物してみるってのはどうだ?」


 そう言って俺が指さしたのは、通り沿いに構えられた屋台。

 少し離れたここまで、甘い匂いが漂ってきている。どうやら、菓子か何かを売っているらしい。


「ふーん、その心は?」

「このパスポートとやらを試してみるのに最適だと思ってな」

「あ。自動翻訳機能使って、異世界人とコミュニケーション取れるか実験ってこと?」

「ああ。それと電子マネーとかいう明らかに世界観からズレた機能もな」 

「でも……どうやって使うの、その機能」

「そこだよなあ。見た感じ、コンビニみたいに電子マネーをタッチする場所とか無さげだし」

「そもそもこれ電子機器っぽい要素無いよね。見た目は完全に文鎮だし」


 手にした文鎮もといパスポートを見て顔をしかめる弥生。


『ですから、文鎮ではありません』


 弥生の言葉に反応して、パスポートがおもむろに音声を発した。

 実際この声、どこから出ているんだろうか。


「うん、喋る文鎮だ」

『そうでもなく』


 笑顔で頷く弥生に、反論するパスポートの声。

 そこに俺は割って入る。


「どっちでもいいから、電子マネーとやらの使い方を教えてくれ」

『使い方は簡単、お店の人の掌にパスポートでタッチするだけです。それで自動的に支払いが完了します』 

「なるほど、確かに電子マネーと同じ要領だな」


 やっぱり電子的な要素はなく、むしろ魔法か何か使ってそうだけど。


『ともあれまずは、お試しください』

「百聞は一見に如かずってわけか」


 俺はそう結論付ける。

 と、そこで弥生が手を挙げた。


「じゃあ、それわたしがやってみていい?」

「ああ、別にいいぞ」

 

 そんなわけで、俺と弥生は露店の方に足を運んだ。

 すると、西洋人風の容貌をした見るからに日本語の通じなさそうな店主の中年男性が、景気の良い笑みを浮かべ。


「へい、らっしゃい! どうだいそこのお二人さん!」


 日本語にしか聞こえない言葉で客引きしてきた。


「おー、なんか頭良くなった気分」


 などと感想を口にする弥生。

 とりあえず、問題なく会話は成立するようだ。

 自動翻訳機能、ってのは伊達ではないらしい。


「これ、本当は異世界語? か何か話してるんだろうな」


 そんな風に、言葉を交わす。

 弥生は一歩露店の方に歩み寄ると、遠慮がちに話しかけた。


「えっと、これって何を売ってるんですか? 見たところ、お菓子っぽいですけど」


 俺に接する時と違い、丁寧な口調。こいつ、お店の人とかにちゃんと礼儀正しくするタイプなのか。なんか意外だ。


「この辺で採れた果物に、砂糖菓子をコーティングして串に刺してみたんだ。正式名称は今んとこ未定だな」


 一歩後ろで聞いていた俺は、なるほどチョコバナナに似ているなと感想を抱く。

 果物の形もそれっぽく細長いし。コーティングされている砂糖菓子も、フレーバーに合わせて何種類か色があるようだし。

 と、その一方で弥生は身も蓋もない提案をしていた。


「うーん、チョコバナナでいいんじゃないですか?」

「チョコバナナ……悪くねえかもな」


 割と乗り気っぽい素振りを見せる店主。


「ま、いいや。とりあえず二本ください。味はそれぞれ違うやつで」

「おっ、二本で800ゴルな!」


 調子の良い笑みでそう言いながら、店主は手を突き出して弥生にお代を要求する。

 対する弥生は、何食わぬ顔でパスポートをその手にかざした。


「じゃ、これで」

「はいよ! 毎度あり!」


 そう受け答えすると、店主の身体の周りが、薄いオーラのような光に包まれる。

 それが支払い完了、という意味だったらしい。

 すぐにその光が収まると、店主はチョコバナナ(仮称)を二本、弥生に手渡した。

 

 驚くほどあっけなく、取引が成立した。




「なんていうかさ、電子マネー機能にまったく違和感覚えてなかったよねあのおじさん」


 異世界人との初交流および初めての買い物を終えた直後。

 チョコバナナを食べ歩きながら、弥生がそんなことを言った。


「案外、この世界じゃ一般的なのかもな。ああいう支払い方法」


 その隣で同じくチョコバナナを食べ歩きつつ、俺はそんな推測をする。

 するとそこで、スーツの胸ポケットに入れていた俺のパスポートから音声が発せられた。


『いえ、一般的な手段ではありませんよ』


 弥生のものと同じ女性の声で、パスポートは俺の推測を否定する。

 S○riみたいに、同じAIが複数の端末に搭載されているような感覚だろうか。


「じゃあ、なんであんな平然と買い物できたの?」


 パスポートの声に、弥生がそう質問する。


『そこは、神が造りしチートアイテムのなせる業です。相手に違和感を与えない魔法……のようなものが働いていると考えていただければ』

「都合良いなあ。まさか神の御業でちょろまかしてるだけで、実際にはあのおっさんの手元にお代が行き渡ってない……ってことはないよな」


 だとしたら、自称神様公認とは言え無銭飲食していることになるので、若干の罪悪感が……と思いながら俺が確認すると。


『ご心配なく。あの店主の懐には、ちゃんと代金分の硬貨がいつの間にか収まっていますので』

「ああ、そうやって帳尻合わせてんのか」


 いちいちこっちの世界の通貨を持ち歩かなくて済むので、俺たちとしては確かに便利だ。

 これも異世界旅行を円滑に楽しむための一機能というわけか。


 ただ、それはそれとして。

 さっきの弥生と露天商とのやり取りだけでなく、この世界に来てからずっと抱いている違和感があるのだが……。


「そんなことよりさ、おにーさん」


 俺の思考を遮るようなタイミングで、弥生が声をかけてきた。


「せっかく違う味を買ってみたんだしさ、食べ比べ、してみない?」 


 にやにやと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、弥生は食べかけのチョコバナナを俺に向かって差し出してきた。


「お、じゃあ遠慮なく」


 俺は特に躊躇うことなく、差し出されたチョコバナナを一口頂く。

 ちなみに味と食感はほぼそのままチョコバナナだ。弥生が手にしている方のフレーバーは、イチゴっぽい味をしている。俺の方はなんか抹茶っぽいフレーバーだ。

 などと、俺が真面目に食べ比べしている中。


「な、な……」


 弥生は何やら動揺した様子で、口をぱくぱくさせていた。


「なにふつーに食べてんの!?」

「いや、お前が食べるかって言ってきたんだろ」

「そ、そうだけどさ、もっとこう……わたしはおにーさんに、別の反応を期待してたんだけどっ」


 そういう弥生の頬は、微かに紅く染まっている。


「……別の反応?」

「なんていうかさ、ほら。童貞っぽい反応? みたいなのを、からかってみようかなって思ったんだけど」


 ああ、そうか。こいつは俺で遊びたかったのか。


「と、言われてもな。俺童貞じゃないし」

「えっ!? そうなの!?」


 仰天した様子で目を見開く弥生。


「……いや、そこまで驚く程のことじゃないだろ」

「だって、かわいいJKと異世界旅行したいとかお願いする人なんて、いかにも彼女いない歴=年齢って感じするし」


 ぐっ。それを言われると、一理あるかもしれないが。


「……それでも、俺はお前より年上だしな。彼女くらいいたことあるぞ」

「……い、今はいないけど?」


 せめてもの抵抗とばかりにそう返してくる弥生だが。

 妙に落ち着きのない言動から、余裕がなくなっているのが見て取れる。


 基本的に明け透けな感じで振る舞ってはいるが……こういう一面が、弥生の本質なんだろう。

 流石は、周りの友達にどんどん男ができる中一人置いてきぼり食らう女子高生、と言ったところか。


 ……ここはひとつ、大人の余裕ってやつを見せつけておくとしよう。

 俺は自分のチョコバナナを弥生に向かって差し出して、試すように問いかけた。


「それで? 食べ比べ、するんだったか?」

「……え、っと、それは」


 戸惑いがちに、弥生は視線を右往左往させてから。


「……え、遠慮しとく」


 差し出されたチョコバナナを口にすることなく、そっぽを向いた。

 その表情は窺い知れなかったが……とりあえず、黒髪の間から覗く耳は紅く染まっていた。

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