第2話 異世界旅行を満喫することに特化したチートアイテム
街道があり人の往来で賑わっているということは、近くに街がある筈。
そんなわけで俺たちは現在、人の流れに便乗する形で、街を目指して歩いている。
「遅くなったけど、わたしは
その道すがら。女子高生もとい水無白弥生は、そんな風に自己紹介した。
「お前、ゲーマーなのか。なんか意外だな」
「まあね。そういうおにーさんは? はいじゃあまずは名前から」
マイクを持つインタビュアーのように、弥生は右手を差し出してくる。
「
「下の名前は?」
「……謙信」
「『けんしん』って……あの上杉さん
なんだその近所のお子さんの噂話をするようなノリは。
「まあ……その謙信だな」
「そうなんだ……ぷっ」
「おい、なに人の名前聞いて噴き出してんだ」
「だっておにーさん、謙信って顔じゃないし」
人の顔を見て、にやにやと笑う弥生。
「……よく知ってるよ、名乗る度に似たような反応されるからな」
「はは、やっぱそうなんだ」
弥生は悪びれもせず、笑い飛ばす。どうもこいつは、本音と建前を使い分けるってことを知らないらしい。
「で、そんなおにーさんは、どうして異世界旅行したいなんて思ったわけ?」
「お察しの通り俺は社畜で、出かける機会とか基本ないからな。たまには遠出でも……と思ったのが、都合よく異世界だったってだけの話だ」
「へー。ちなみにおにーさん、社畜って言うけどどんな仕事してんの?」
「ゲーム作ってる」
「おおっ、ゲーム会社かー」
ゲーム、と聞いて食いついてくる弥生。
ゲーマーを自称するだけのことはあるらしい。
ここ最近会社の人間以外と話す機会すらあまりなかったので、なんだか新鮮な反応だ。
「やっぱ営業とか?」
「いや、どうしてそうなる。ゲーム作ってるって言っただろ」
「だって、スーツ着てるし」
「ああ、それなあ……」
ビシッと指をさされ、俺は納得しつつ肩を落とす。
ゲーム会社というのは、基本的に私服勤務のところが多い。それこそ、スーツ着てるのなんて営業くらいのもんだろう。
が、俺の勤めている会社は例外で、全員等しくスーツなのだ。クリエイティブな職業とは思えない程に、まったく無意味で非効率。就職する際は入れれば何でもいいと気にならなかったが、何年も勤めていると煩わしくてしょうがない。
なんか社畜の証みたいだし。
「営業じゃないなら、どんなことしてんの?」
「キャラクターのモデリングとか」
「ふーん。よく分かんないけど、すごいじゃん」
なんか適当に称賛された。
こういうの、女子高生らしいと受け取っておけばいいんだろうか。
「すごい、ねえ」
「うんうん、すごいすごい」
初対面の時より口調が柔らかい気がするのは、多分気のせいではない。
女子高生でも、作り手への敬意みたいなものを持っているんだろうか。コアなオタクみたいに。
「ま、確かにすごいかもな」
「おっ、自画自賛?」
「……主に、労働時間が」
「あ、そっちかー……」
おれの自虐に、囃し立てていた弥生の笑顔が引きつる。
……自分で言ったくせになんか気分が萎えてきた。
「……よし、現実の話はこの辺にしとくか」
「そ、そうだね! それより今は異世界旅行でしょ!」
そう言って、強引にテンションを上げる弥生。
「とは言え……実際問題、何をどうしたらいいかさっぱりだよな」
「ま、いきなり放り出されたようなもんだしねぇ」
弥生はしみじみと頷く。
「つーか俺、寝る時の服装からしてこんなのじゃなかったんだが」
「それわたしも。こっち来たら何故かパジャマから制服になっててさー」
社畜らしいスーツと女子高生らしい制服ってことだろうか。
間違いなく、あの自称神様の仕業だろう。
余計な気を回してくれるもんだ。
無難にこの世界の格好とかにしといてくれればいいのに。
……あ、待てよ。あの神様が用意したということは。
「もしかしたら、服のポケットとかに何か入ってたりするんじゃないか?」
「え、どうして」
「だってあの自称神様、なんでも願いを叶えるとか大口叩いてたんだぞ?」
「だから異世界旅行したいわたしたちの面倒を見なきゃ無責任、ってこと?」
「そういうことだ」
「そういうことか」
納得した様子の弥生だが。
すぐに、うーんと首を傾げた。
「でもあの神様、割といい加減だよね。こうしてわたしとおにーさんを引き合わせるような子だし」
要するにお前カッコよくないしと言っているようなもんなのだが、こいつは分かっているんだろうか。
我ながら、その評価が間違っているとは思わないからどうしようもないが。
それはさておき、急に不安になってきた。
まさか、本当に放り出して終わりなんてことは……。
「と、とりあえず、ポケットを漁ってみるくらいは良いだろ」
「ま、それだけならなんてことないしね」
そう言って俺と弥生は、それぞれ自分のポケットを漁る。
程なくして二人とも、同じものをポケットから発掘した。
「なんだこれ。とりあえず、何かの金属でできてるっぽいが」
「形はスマホみたいだけど、画面とかは……ないね」
俺たちはスマホ大の金属片を片手に、眉間にしわを寄せる。
「なんか、文鎮みたいかも?」
と、弥生が何気なく口にしたその時。
『文鎮ではありません』
弥生が手にしていた文鎮から、音声が発せられた。
「わっ、文鎮が喋った」
『ですから文鎮ではありません。言わば、パスポートです』
落ち着いた女性の声色で、文鎮もといパスポートはそう自称する。
「パスポートってまさか……旅券ってことか?」
『はい。お二人の願い通り、思う存分異世界旅行をして頂くことに特化した……所謂、チートアイテムです』
俺の問いかけに対し、パスポートはそう答えた。
それを聞いて、今度は弥生が質問をする。
「それって、具体的にはどんなことができるわけ?」
『神々の叡智を基にあらゆる疑問にお答えする音声ガイド、異世界人との会話の際の自動翻訳、どんな場所でも立ち入って観光できる強制鍵開け機能、好きなだけ買い物や飲食を楽しんでいただくための電子マネー機能、更には一日二回の無敵バリアなどなどです』
「おぉー」
次々と機能を紹介され、感嘆の声を漏らす弥生。
だがそれも、大袈裟ではない気がする。
聞いている限りだと、確かにすごそうだ。
異世界旅行を満喫することに特化したチートアイテム、パスポート。
異世界なのに電子マネーとか無敵バリアとかよく分からないところはいくつかあるが、思ったことは一つ。
「……とりあえず、使ってみてえ」
「うん」
年甲斐にもなくわくわくする社畜と、年相応にわくわくする女子高生。
「よーし……早く街行くよ、おにーさん!」
高らかにそう言って、弥生は駆け出した。
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